メインの半分で既に一杯一杯なんですが

「おーい、そろそろいいかー? 今後の事を相談したいんだが」


「今後!? アンタまた別のヒロインを毒牙にかけるわけ!?」


「なわけねーだろ! 普通に今後のダンジョン探索に関してだよ!」


 ジロリと睨んできたリナに、俺はそう言い返す。まだ入学して半月ほどだが、現状は既に当初の想定からは大きくズレてしまっている。


「俺とリナにロネット、アリサ、クロエで五人パーティができちまっただろ? それならもう初心者ダンジョンでちまちまレベルを上げるより、さっさとメインダンジョンに行った方がいいんじゃねーかって思うんだよ」


「あー、なるほど。それは確かにそうかもね」


 本来のゲームでなら、この時期に動けるのは主人公とロネットの二人だけだ。流石に二人だけでメインダンジョン攻略に乗り出すのは、やり込みとか縛りプレイの部類になる。


 だが今は五人だ。リナがこの先どの程度の戦力になれるのかは不明だが、少なくともそれ以外は俺も含めてメインキャラなので、一般的な生徒達とは一線を画す成長をしていくことになる。


 なら、さっさとレベルをあげてしまうのは選択肢としてかなりありだろう。強いというのはそれだけで選択肢の幅が広がるからな。


「なら早速週明けにでも…………あー」


「ん? どうかしたか?」


「いえ、初心者ダンジョンをどうやってクリアしようかと思って」


「? どうも何も、このメンバーならごり押しで十分だろ?」


 初心者ダンジョンの魔物はプニョイムとジャイアントラット、それにゴブリンの三種類だけだ。最奥のボスはゴブリンリーダーで、そのレベルは五。


 対してこっちのメンバーは、レベル一〇のアリサとレベル六のクロエがいる。特にアリサにはゴブリンリーダーの攻撃などほぼ通らないので、意図的に負けようとしなければ雑にボタン連打してるだけで勝てるくらいだ。


 勿論現実化したので油断して急所に一撃食らう、とかすれば死ぬんだろうが、そんなレベルのクリティカルヒットを警戒しても――


「違うわよ! ゲーム的な意味ならこうしてアンタのショートカットから入ってボスを倒せばいいんでしょうけど、現実ならアタシ達がダンジョンをクリアしたことを学園側が・・・・認めないといけないわけでしょ?


 ここの封鎖っていつとけるの? それが終わらないと、正規の手段でここには入れないのよ?」


「あっ…………」


「……アンタ、また何にも考えてなかったでしょ?」


「すまん。未だにゲームと現実の折り合いがついてないかも知れん」


 リナのまっとうな指摘に、俺は素直に頭を下げる。そうか、そうだよな。ボスを倒せばフラグが立つ、じゃなく、ボスを倒した事を教師が認識して始めて、メインダンジョンの探索許可が下りる、だよな。考えてみりゃ当たり前なのに、俺はまたゲームの方の常識に引きずられていたようだ。


「ま、アンタはまだ前世に目覚めたばっかりだもんね。いいわ、そこはアタシがロネット様に聞いてみるから」


「悪い、頼む。じゃあその答えが出たら……いや、出なかったとしても、一度全員で集まって顔合わせくらいはしといた方がいいか?」


「そうね。なら明後日の休息日でどう? アタシの方でロネット様とアリサ様には声かけとくから、アンタはクロちゃんを頼むわ」


「わかった……って、ロネットはともかく、いつの間にアリサと知り合ったんだ?」


「フフーン、女の子ネットワークがあれば、そのくらいチョチョイのチョイよ!」


「そうなのか? まあいいや。じゃ、明後日の……」


「昼よ。女の子だけならパジャマパーティを開きたいところだけど、アンタがいるから妥協して鈴猫亭に集合ってことで」


「了解」


 頷いて了承し、その日はそれで解散となった。そうして二日後。俺は王都にある人気の定食屋「鈴猫亭」にやってきていた。


「おおー、リアルだとこんな感じなのか……」


 ゲームにおいて、ここは有料ながらも軽いバフのつく食事が食べられる場所であると同時に、モブ客の会話がちょっとした豆知識みたいになっている場所であった。


 だが現実の鈴猫亭は、紛うことなき定食屋だ。安息日……五日平日一日休日がこの世界の一週間……ということもあってか、店内は割と賑わっており、入り口に立つ俺に猫耳の店員さんが声をかけてくる。


「いらっしゃいませー。お食事ですか?」


「はい。あ、友人と待ち合わせなんですけど……」


「おーい、シュヤク! こっちこっち!」


 と、その時店内から俺を呼ぶ声が聞こえる。見ればそこにはリナを含めた全員が座っており、どうやら俺が一番最後のようだ。


「あそこみたいです。すみません」


「わかりました。ではご注文が決まりましたらお呼びください」


 店員のお嬢さんが去っていくのを見送ると、俺はリナ達の待つテーブルに近づいていく。そうして席につくと、リナがいきなりその口を開いた。


「おっそいわよシュヤク! アタシ達を待たせるなんて、いい度胸じゃない!」


「お、おぅ、悪い。そんな遅かったか?」


「フフ、そんなことありませんよ。モブリナさんの声かけで、私達が少し早めに集まっただけです」


 謝る俺に笑いかけてくれたのは、金目金髪でおかっぱ頭のお嬢様。誰よりも先に出会ったのに、今日まで全く話す機会のなかったヒロインキャラだ。


「お久しぶりです……と言うべきでしょうか? あの時は助けに来ていただいて、ありがとうございました」


「いやいや、気にしないでください。結局俺は何もしてないわけですし」


「それは違います! 危険な魔物がいるかも知れないという状況に、我が身を省みず駆けつけてくれたというその事実こそが尊いのです。改めてお礼を言わせてください」


「それは……まあ、はい」


 丁寧に頭を下げられ、俺は曖昧な笑みを浮かべてその感謝を受け取っておく。実は助けに行くか迷ったことは、口が裂けても言えなくなった。


「では、改めて自己紹介をさせていただきます。私はロネット・アンデルセンです」


「ほう? アンデルセンというのは、あのアンデルセン商会のことか?」


「ええ、そうです。存じていただけておりましたか?」


 アリサの言葉に、ロネットが柔らかく微笑みながら問い返す。するとアリサは大きく頷きながらそれに答えた。


「無論だ。アンデルセン商会といえば、この国でも一、二を争う大商会ではないか。我がガーランド家とも何度も商談を行っているはず……そのご息女と知り合う機会があるとはな。世の中広いようで狭いものだ。


 っと、この流れなら次は私が名乗るべきか。私はアリス・ガーランド。言った通り、ここより南西の地を治めるガーランド伯爵家の娘だ。そしてそこにいる男、シュヤクの婚約者でもある。よろしく頼む」


「まあ、そうなのですか!?」


「いやいやいやいや、違うから! ちょっとアリサ様、何でそんな嘘言うんですか!?」


 驚きの表情を浮かべるロネットを前に、俺は慌ててアリサの言葉を否定する。だが当のアリサは何故かキョトンとした表情で俺の方を見てくる。


「嘘? 私は嘘など言わんぞ? ああ、そういえば友達からという話だったな。だが大差はあるまい」


「大ありですから! 本当に勘弁してくださいよ……」


「じゃあ次はクロだニャー! クロはクロエ・ニャムケットだニャ。そこのシュヤクとは金のサバ缶をもらった仲だニャ」


「金のサバ缶!? あれはかなり入手が難しいとの話でしたが……?」


「そうだニャ! とってもレアだニャ! つまりそれをくれるシュヤクは、きっとクロにメロメロなんだニャ!」


「いや、別にメロメロってわけじゃ……」


「ほほう? シュヤク貴様、私の誘いを断っておきながら、この娘には手を出したということか?」


「違いますから! てか、俺とクロエがダンジョンの異変に巻き込まれたこと、アリサ様も知ってますよね?」


「そうだな。危機的状況こそが二人の絆を強くするのだ。私も早く貴様とダンジョンに潜りたいものだ。ダンジョンでできた・・・子供は潜在魔力に恵まれやすいというし――」


「だーっ! 俺! 次は俺! 俺はベルン男爵領、クロテナ村出身のシュヤクです! 恋人とかは一切募集してないんで、その辺宜しくお願いします!」


 会話の流れをぶった切るべく、俺は軽く叫ぶように自己紹介をする。それから必死の視線を送ると、リナがため息を吐いてから続いてくれた。


「まったく……アタシはハールス子爵領イル村出身のモブリナよ。気軽にリナって呼んでね。


 ということで、まずは乾杯でもして、せっかくだから料理を食べましょ。ほらシュヤク、店員さん呼んで!」


「任せろ! すみませーん! オーダーお願いしまーす!」


 一つ貸しだと言わんばかりの視線を向けながら促され、俺は店員さんを呼ぶ。にしても、たった三人と自己紹介をしただけでこれなのに、一六人って……スゲーな主人公、マジスゲーよ。


「お待たせ致しましたー。ご注文をどうぞ」


「えーっと……」


 我が身の奥底に眠りし狂気に内心で戦慄を覚えつつ、俺は店員さんに料理と飲み物をオーダーしていった。

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