言い訳をさせていただきたい

「あー……」


「何よ、随分お疲れじゃない?」


 開けて翌日の放課後。喧騒から逃れるためにいつものショートカットを使い、絶賛閉鎖中の初心者ダンジョンに逃げ込んでへたり込む俺を、ニヤニヤした笑みを浮かべたリナが見下ろしてくる。


「知ってて言ってんだろ? クソが」


「何だ、悪態を吐けるくらいには元気なのね」


「チッ」


 隣に腰を下ろすリナに、俺は思わず舌打ちをする。


 昨日はあの後、俺とクロエは教師陣からの質問攻めにあった。どうやら安全なはずの初心者ダンジョンで二人も生徒が消えたというのは大問題になったらしく、事件発生から間もなくしてダンジョンは完全閉鎖。その後は教師のみならず国の騎士団が調査に動き出すという大事に発展していた。


 そんななか、消えた時と同じくらい唐突に俺とクロエがダンジョンから出てきたわけだから、騒ぎにならないはずがない。今まで何処にいたのか、どうやって戻ってきたのかなど、そりゃあもう根掘り葉掘り聞かれたわけだ。


 しかも、それだけで問題は終わらない。翌日……つまり今日学園に登校すれば、当然クラスメイトからも同じように質問攻めにされることになる。特に隠す必要のあることはなかったので教師にもクラスメイトにもほぼありのままを伝えたのだが、機転を利かせ激闘の果てにダンジョンからの脱出というのはある種の武勇伝と言えなくもないので、そこに新たな問題が生じる。


 というのも、教師的には「よくわからない場所に転移されたら、ジッと動かず救出を待つ」のが正解だと教えているからだ。俺のやったことは学園の教えに真っ向から反抗する形なのだが、それで無事に生還してしまった俺の体験は、他の生徒に悪影響になる恐れがあるってことだな。


 だがまあ、そう言われても正直知らん。俺はあくまで聞かれたから答えてるだけだし、何一つ嘘は言っていない。そのうえで「基本的には救助を待つ方が正解じゃねーかなぁ」という風にほのめかすくらいの気配りもしているのだから、真似する生徒がでるかもと言われても困る。


 そこは教師側がどうにかすべき問題だろう。その分の給料もらってるわけだしな。


「はぁ。ゲームならこんなこと誰も気にしなかったのに、まさかこんな影響があるとはなぁ……もうヘトヘトだぜ」


「はいはい、お疲れ様。で、そんなアンタに言うのは酷かも知れないけど……」


 スッと立ち上がったリナが、俺の顔の横にガッと足を押しつける。


「おいこの下半身直結野郎。何でアタシのクロちゃんとしれっと仲良くなってんのよ?」


「知らんがな。こんなの完全に不可抗力じゃん」


 鬼の形相で睨んでくるリナに、俺は疲れた声で告げる。


「まさかクラスメイトでクロエイベントの条件が達成されるなんて思わねーだろ? いや、知ってたとしてもロネットと仲良くなってなかったら回避できねーんだし」


「それはまあ、そうね」


「で、イベントダンジョンを生きて抜けるためには、そりゃ協力する必要があるんだから、最低限打ち解けるくらいはするだろ。完全にゲームなんだったらワンチャン死んでみるってのもあったんだろうが、その結果本当に死んだら嫌だし」


「それもまあ、そうね。アタシだってアンタに死んで欲しいわけじゃないし……あとアンタが死ぬと、多分クロちゃんも死ぬわよね?」


「どうだろ? サバ缶の罠にかかったら誰も助けに来ないってことだから、そのまま死ぬ……のか?」


 隔離空間であるイベントダンジョンで柵に閉じ込められ、周囲に大量の魔物が湧き出して囲まれる……うん、普通なら間違いなく死ぬな。「主人公やヒロインは絶対に死なない」というゲーム世界補正が最高に仕事をしたらどうにかなるのかも知れんが、それに期待するのは違うしな。


「だから確かに、アンタがクロちゃんのイベントを起こしたことも、クロちゃんと一緒に脱出したことも不可抗力ってことでセーフにしてもいいわ。でも……」


 リナの瞳がギラりと光り、その口元が邪悪に歪む。


「何でクロちゃんの好感度をあげまくってんのよ!」


「それこそ知らねーよ! お前の教えてくれた『隠し条件』ってのは達成してねーだろうが!」


 怒鳴るリナに、俺も負けじと怒鳴り返す。


 先日リナが教えてくれた、各ヒロインの好感度が最初から高くなる秘密の条件。クロエのそれは、「強制イベントで仲間になる前に、クロエにサバ缶を渡して仲間にする」というものらしい。


 そしてその条件の達成は、アリサの時より更に難しい。何せ四人以上のパーティでダンジョンに入ったら勝手にイベントが発動してしまうので、仲間にできるのは強制加入のロネットとアリサの二人だけ。


 その状態でメインダンジョンに入り、少ない人数で苦労しながらレベルをあげて探索を進め、昨日倒したサハギンのレアドロップであるノーマルの「サバ缶」を入手し、かつ学園内の何処かにいるクロエに出会って渡さなければならないのだ。


 そりゃ事前に知らなければ達成できない条件だろう。そして当然俺はそれを達成していないわけだが……


「アンタ本当に馬鹿なの!? そんな面倒な条件とか関係なく、ヒロインに『贈り物』したら好感度があがるのは基本システムでしょ!?


 しかも『金のサバ缶』って……あれクロエの好感度が一番あがるアイテムよ? それ贈ったら好かれるに決まってるじゃない!」


「…………いや、違うんスよ」


 呆れたような目を向けてくるリナから、俺はそっと顔を逸らす。確かに冷静に考えるとそうだったなぁと思い出せるが、あの時はそんなことこれっぽっちも考えていなかったのだ。


「あれは……ほら。ある意味俺のせいでクロエが巻き込まれたみたいなもんだし? なら頑張ったご褒美はあってもいいかなーって……」


「だからって何で『金のサバ缶』なのよ! てか、あれ手に入るものなの? 絶対天井に吸い込まれるって思ってたのに」


「あー、石投げたらいけたぜ? 俺も正直場所が動いただけで消えるかなーとか思ってたけど……ゲームでも同じ事すりゃ確保できんじゃね?」


「同じ事ができればね! で? コマンドもないのに、どうやって足下の石を拾って投げるのかしら?」


「…………PGプログラマーの佐藤さんにお願いして、専用コードを書いてもらう?」


「それがありなら何でもありじゃボケェ!」


「悪かった悪かった! 今のは俺が悪かった!」


 自棄になったリナが腕を振り回す駄々っ子パンチを連打してきたので、俺は必死に頭をガードしながら謝る。確かに今のは反則だ。プログラマーかみ金を積めいのれば、そりゃどんな願いも叶うからな。


「でもほら! 今回は求婚とかされてないから! あれは野良猫に餌付けしたみたいなもんだから!」


「それでも羨ましいのよチクショー! アタシだってクロちゃんの尻尾をシュルンと足に巻き付けられたり、あの可愛いお鼻でクンクン匂いを嗅いで欲しいのよ!」


「おぉぅ……わかってたけど、お前、大分こじらせてるな」


「このゲームのヒロイン達が大好き過ぎて、モブに転生してる女がこじらせてないとでも?」


「あー、そりゃまあ、ごもっともで」


 平然とそう言ってのけるリナに、俺は苦笑を通り越して草も生やせない。しかしその基準でいくなら、果たして自分はどうして主人公に転生などしたのだろうか?


(どうせイベントがあるっていうなら、そういうのを全部説明してくれるイベントとか起きねーかなぁ……)


 そんな益体もないことを考えるも、ゲームの主人公はゲーム内転生などしていないのでそんなイベントはない。というか、仮にあったとしてもそこで語られるのはシナリオライターの妄想設定であり、世界の真実ってことはないのだろう。


「あー羨ましい羨ましい羨ましい! アタシもクロちゃんにマタタビとかあげてみようかしら?」


「マタタビなんてアイテム、ゲームにあったか?」


「知らないわ! でもアイテムとしてなかったからって、この世界に存在しないとは限らないでしょ? 探せ! この世の全てはそこに置かれてるのよ!」


「世界せめーなぁ……」


 心底どうでもいいリナの語りを聞き流しながら、俺はくたびれ果てた心と体を、たまに通り過ぎるプニョイムのプニョプニョ具合で癒やしていった。

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