苦労の後にはご褒美がないとな
「クロエ、今からダンジョン脱出作戦の最終段階を説明する。失敗すると割とサクッと死ぬから、しっかり聞いてくれ」
「うぅ、わかったニャ……」
未だ金のサバ缶に惹かれつつも、クロエが俺に視線を戻して言う。そしてそんなクロエに、俺は軽く苦笑しながら話を続ける。
「そんなしょぼくれた顔するなって! この作戦はクロエが頼りだし、頑張ってやりとげれば、きっといいことだってあるさ」
「……わかったニャ。それでクロは何をしたらいいニャ?」
「やること事態は単純だ。まずは――」
そうして俺は、クロエに作戦を説明していく。そこから更に一時間かけて準備を終えると、俺達は部屋の外から中を見つめる。
「んじゃ、いくぞ? 覚悟はいいか?」
「オッケーだニャ!」
「よし。ならピッチャー第一球……投げましたっ!」
気合いと共に、俺は握っていた小石を思い切り投擲する。するとその小石は狙い違わず、台座の上の金のサバ缶に命中した。
カーンッ! ガラガラ、ガシャーン!
「おっしゃ、命中!」
横から強い衝撃が加わったことで、サバ缶が天井に吸い込まれることなく室内に転がる。それと同時に誰もいない場所に鉄の柵が出現し、次いで魔物が現れるわけだが……
ドドドドドドドドドカーン!!!!!!
「うっひゃー!? こりゃヒデーな」
「ヒニャー!?」
何十もの爆発音が重なり、俺とクロエは耳を押さえて顔をしかめる。あらかじめ魔物が出現するとわかっていたので、解除した地雷っぽい罠を再び活性化させ、小部屋の床に敷き詰めておいたのだ。
おかげで出現したサギハン……サハギン? 全身鱗の半魚人共は出現と同時に大爆発に巻き込まれる。しかし爆発が収まると、そこにはまだ大量のサハギンが残っていて、その濁った目で俺達の方を見つめてきた。
「ギギギギギギギギギ……」
「チッ、やっぱり倒しきれないか。クロエ、撤退だ!」
「うぅ、まだ耳がキーンってなってるニャー」
ぺたりと耳を伏せるクロエの手を引き、俺は一本道の通路を戻っていく。すると大量の魔物が背後から追いかけてきたが、俺達がひょいとジャンプしたところを奴らが踏むと、再び小さな爆発が起こる。こうなることは予想していたので、通路の方にも罠を設置しなおしておいたのだ。
ドカーン! ドカーン!
「ハッハー! 爆発罠はまだまだ残ってるぜ? 最後まで耐えられるかな?」
俺とクロエはどこぞの配管工の兄弟のように、通路をジャンプしながら引き返していく。追いすがってくる魔物の数は徐々に減っていき、突き当たり……一番最初に俺達が出現したところまで辿り着いた時には、その数は三匹まで減っていた。
「ギギギギギ……」
「うわ、最後まで耐えきられたか……まあクロエの能力を解説するチュートリアル用の罠だから、威力はそれほどでもねーしなぁ」
「シュヤク、どうするニャ?」
「どうもこうも、ここまできたら戦うしかねーだろ。相手は手負いで満身創痍、俺達でも十分勝ち目はある! だろ?」
「ニャフフ、当然ニャ! クロのナイフ捌きを見せてやるニャ!」
俺は腰の剣を引き抜き、クロエもまた腰の左右につけていた短剣を抜いて構える。さあ、ここからはガチ勝負だ。
「えいっ! やあっ! たあっ!」
「ギギーッ!」
まずは基本の三連撃。ボロボロのサハギンはそれを回避できずに腕で受け止めたが、致命傷にはまだ遠い。やはり推定一〇レベル離れていると、その防御力を突破するのは簡単ではないようだ。
だが、それでいい。今この場の本命は、剣よりもナイフなのだ。
「ニャー! 疾風切り!」
「ギーッ!?」
俺の攻撃を受け止めた隙を突いて、クロエが深い前傾姿勢となり、風のような速さで突っ込んでサハギンの足を切りつける。それはうっすらとサハギンの鱗に傷を付けただけだったが、次の瞬間その傷口からブシュッと血が噴き出し、サハギンの姿が光になって消える。
「よっしゃ、流石クロエだ!」
短剣の初期技である「疾風切り」は、ダメージ倍率こそ一・一五倍と低いものの、確率で敵に「出血」の状態異常を与えることができる。そして「出血」の効果は、一秒ごとに最大HPの三%の固定ダメージを、最長で五秒間与え続けるるというもの。
そう、固定ダメージだ。俺もクロエもサハギンにまともなダメージを与えられるほどの攻撃力は持ってないが、出血のダメージならレベル差は関係ない。加えてボスのような出方をしたものの、サハギンはメインダンジョン六階で無限に出会うただの雑魚だ。状態異常耐性など持っていないので、最初の一回は七割くらいの確率で通る。
確か今のクロエのレベルだと「疾風切り」は五回使えたはずなので、五回の間に三回七割を退けばこっちの勝ち。イレギュラーで跳ばされたにしては、悪くない勝率の賭けだろう。
「次いくぞクロエ!」
「ガッテン承知ニャー!」
ということで、残るは二匹。どちらも全身から血を流しており、動きが悪い……ふむ? あの見た目と「出血」の状態異常は違うもんなんだろうか? これもいずれ先生に効いてみたら面白いかもな。
「えいっ! やあっ! たあっ!」
「疾風切り!」
さっきと同じように俺が斬りかかり、それを防御している間にクロエが短剣技を決める。どうやら乱数の女神はご機嫌だったようで、きっちり三回、七割の確率を勝ち取ることで、俺達は無事にサハギンの大群を倒しきることに成功した。
「ふーっ、終わったか」
「これで本当に、さっきの場所に出口が出るニャ?」
「多分な。ほら、ダンジョンって絶対出られない部屋、みたいなのはないだろ? あくまでも予想でしかねーけど、これだけ大がかりな罠を突破したなら、流石に出口があると思うぜ」
まさかゲームで知っているからとは言えず、俺は適当な理由をクロエに説明しつつ、再び通路を進んでいく。するとさっきの小部屋の壁面に、如何にも外に通じてそうな黄色い光の渦巻く穴がぽっかりと開いていた。
「おおー、確かにそれっぽいのがあるニャ! ならさっさと出るニャ!」
「待て待て! そう焦るなって」
「ニャー? クロはもう疲れたニャ。さっさとお部屋に帰って丸くなりたいニャ」
「それは俺も同じだけどな……お、あったあった」
不満げな顔をするクロエをそのままに、俺は小部屋の中を軽く探す。すると爆発で吹き飛ばされていたはずなのに、傷一つない金色の缶詰が部屋の片隅に転がっているのを見つけることができた。
「ニャニャニャニャニャー!? そ、それは『金のサバ缶』ニャ!? あんな大爆発に巻き込まれたのに、どうして傷一つついてないニャ!?」
「さあ? ま、運が良かったんじゃねーの?」
ゲームでは素材アイテムが破損するなんてシステムはなかったから……というのは無粋か。実際現実化したなら「不壊」なんてのが再現されてるかは怪しいしな。ただただ幸運だった……今はそれで十分だ。
「ほら、クロエ」
「…………え? く、くれるのニャ?」
俺が差し出したサバ缶に、クロエが驚きの表情を浮かべる。確かにこれ、売るとそこそこ高いんだよな。今のレベルを考えれば破格といってもいいくらいにはなるんだが……
「クロエも俺にポーションくれただろ? それに『手に入ったらやる』って約束したしな」
これがゲームのシナリオだと知っている俺は、この扱いにもある程度納得できるが、クロエからすれば俺の都合に巻き込まれ、いきなり訳のわからないところに跳ばされた挙げ句、大量の罠を解除したり設置したりし、しょぼい宝箱の中身にガッカリし、最後は魔物の群れを命がけで蹴散らしたということになる。
理不尽な運命に巻き込まれつつそれだけ頑張ったなら、ご褒美くらいはあったっていい。ましてやそれが本来なら手に入らないはずの単なる素材アイテムというのなら尚更だ。
「手伝ってくれてありがとな。クロエがいなかったら脱出できなかったぜ」
「お、おぉぉ……本当に、本当に『金のサバ缶』だニャ……やったニャー! クロは今、人生に勝利したニャー!」
「いや、それは流石に大げさだろ。来年くらいまで頑張れば、そのくらいはちょこちょこ手に入れられるようになるしな」
サバ缶を高々と掲げ、嬉しそうに跳ね回るクロエの姿に、俺は笑いながらそう告げる。するとクロエの動きがピタッと止まり、金色の瞳がスッと縦に細くなる。
「……どういうことニャ? シュヤクは金のサバ缶を安定供給できる伝手があるニャ?」
「伝手っていうか、俺はこの『久遠の約束』を攻略するつもりだからさ。ダンジョンに潜ってれば、それを手に入れる機会も――」
「クロもいくニャ!」
俺が言い終わるより先に、クロエがグイッと顔を近づけて言う。
「クロもシュヤクと一緒にダンジョンに潜るニャ! そして大量のサバ缶を手に入れて、悠々自適な日々を送るニャー!」
「お、おぅ。よろしく……?」
拳を握って力説するクロエに、俺は若干引きながらそう告げる。あれ? ここでクロエが仲間になるのは既定路線だが、こんな感じだったか? そういう話は学園に戻ってからで、反応ももっとあっさりだったような気がするんだが……
「……ま、いいか」
「サバ缶、サバ缶、夢のようー♪ サバ缶御殿でお昼寝ニャー♪」
楽しげに歌って踊るクロエの姿に、俺の顔からも自然と笑みが零れる。そうして勝利の余韻に浸りながら脱出用のゲートをくぐると……
「っ!? おい、誰か出てきたぞ!?」
「君達、一体どうやって……いや、まさか行方不明だった生徒か!?」
「各員に通達! 要救助者の無事を確認!」
「おぉぅ……!?」
「フニャー!? 一体何事ニャー!?」
教師のみならず完全武装の騎士にまで囲まれ……俺達の休養は、どうやらもう少し先になりそうだった。
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