これも「仕様の穴」ではある、のか?

「いきなり変なのに吸い込まれたニャ!? 一体ここは何処なのニャー!?」


「……………………」


 俺のすぐ側でわめき散らしているのは、一五〇センチほどの小柄な身長と艶やかな黒い毛並みを持つ、同い年の少女。大分平らな胸にギュッと布を巻き付けた上から丈の短いジャケットを羽織り、下は細目の太ももを惜しげもなく晒したホットパンツという露出過多な服装をしているが、それらより目を引くのは頭頂部にある猫耳と、ホットパンツに開けられた穴からにょろりと伸びた黒い尻尾。いわゆる獣人の女の子というやつである。


 ちなみに、猫耳と猫尻尾がついているだけで、基本的にはほぼ人間だ。サブキャラならともかく、メインヒロインにケモ度が高いキャラは一般ウケしないと主任に怒られ、キャラデザの担当者が血の涙を流しながら妥協したという逸話があるのだが、まあそれは今はいいとして。


「クロエ・ニャムケット!? 何でここに……!?」


「ニャ? 何でオマエがクロのことを知ってるニャ? オマエは何者ニャ?」


「えっ!? あっ…………」


 訝しげな目を向けてくるクロエに、俺は思わず声を詰まらせる。ああ、やっちまった。あまりに予想外だったので、つい口に出してしまったのだ。


 クロエ・ニャムケットは、この「プロエタ」におけるヒロインの一人だ。そんな彼女との出会い方は、二通りある。


 一つはクロエと面識のない状態で、三ヶ月が経過すること。そうするとミニクエスト「優秀な斥候が欲しい」が発生し、ロネットが何処からかクロエを見つけて連れてくる、という流れだ。


 だが、大抵の場合そちらにはならない。何故なら普通はもう一つの条件……主人公を含む四人以上でダンジョンに潜る、という方を先にクリアするからである。


 ここでのポイントは、「四人以上」というところだ。主人公とロネットは最初から固定だとしても、アリサと知り合うのは通常なら一ヶ月後の五月。そこから更に一人追加となると、六月の期末試験……日本人の作ったゲームなので、日本の学校と同じ四月入学である……後に知り合う別のヒロインの加入が最速となる。


 まあそれを前倒しする手段もあるらしいが、俺は当然そんなことしていない。つまり、どうやってもメインキャラは・・・・・・・四人揃わない……その認識があったせいで、このイベントが発生するという可能性を俺は一切考慮していなかった。


(くそっ、失敗した! 四人以上って、まさかクラスメイトモブでも条件達成になるのかよ!?)


 本来のゲームでは、主人公はロネットと二人で初心者ダンジョンに入ることになる。というか、主人公のクラスメイトは存在しているし関係も良好らしいという軽い描写こそあるものの、一緒に何かをするというイベントは何もない。


 故に俺はヒロイン達とダンジョンに入ることは気にしていても、クラスメイトと一緒にダンジョンに入ることには何の疑問も懸念も抱かなかったのだが、まさかそれがこんなことになるとは……


「オマエ、どうしたニャ? さっさとクロの質問に答えるニャ」


「あっ、うっ、えーっと…………な、何言ってるんだよクロエ、さん。同い年の同級生なんだから、名前を知ってても普通だろ?」


「えー? そうかニャー? そんなことないと思うニャー。実際クロはオマエのことなんてなーんにも……」


「知らない? 本当に? ちょっと前に、アリサ様と模擬戦やって勝った俺のこと、本当に知らないのか?」


「え? あー、それはちょっと知ってる気がするニャ?」


「ほら知ってる! 知ってるじゃん! クロエさんが俺のこと知ってるんだから、俺だってクロエさんのこと知っててもおかしくないじゃん! イーブン! イーブンだから!」


「ニャニャニャ……そう言われるとそんな気がしてきたニャ」


(セーフ!)


 首と尻尾をクイッと傾げるクロエの態度に、俺は内心でガッツポーズを決める。流石はゲーム屈指のチョロイン、クロエさんだぜ! 痺れも憧れもしねーけど、俺にとっての都合は抜群にイイ!


「とはいえこうして実際に話すのは初めてだし、自己紹介はしてもいいかもな。俺はシュヤク。クラスは1-Aだ」


「クロはクロだニャ。クラスは1-Cだニャ」


「了解。えっと、じゃあ何て呼べばいい?」


「別に好きに呼べばいいニャ。それよりここは一体どこだニャ?」


 自己紹介なんだからちゃんと名乗れよ、というツッコミを飲み込み、俺は改めて周囲を確認する。さっきまでの石造りの通路と違い、ちょっと広めの天然洞窟っぽい空間……うん、やっぱりそうだな。


「多分だけど、メイ……『久遠くおんの約束』じゃねーかな?」


「ニャニャ!? クロ達は『石の初月ういげつ』にいたはずニャ!? それが何でそんなところにいるニャ!?」


 ちなみにだが、「石の初月」は初心者ダンジョンの正式名称だ。で、「久遠の約束」は、メインダンジョンの正式名称である。つまりここは本来ならまだ入れない、メインダンジョンの地下六階……に見せかけた、イベント専用空間である。


 これ、実はとても重要なところだ。何故ならゲーム的にはここは別マップ……つまりイベント以外で外部と繋がらない。現実の場合その辺の処理がどうなってるのかは不明だが、今の俺達が簡単に脱出できるような場所でないのはほぼ間違いないと思われる。


 あー、これはヒロインフラグがどうとか考える以前の問題として、ちゃんとシナリオ通りに脱出しなきゃ駄目ってことか……またリナに怒られそうだが、それでもここで野垂れ死ぬよりはマシだろう。


「てか、ヤバいニャ! 『久遠の約束』の魔物は、『石の初月』の魔物よりずっと強いはずニャ! もし襲われたらあっという間にやられちゃうニャ!」


「そうだな。じゃあさっさとここを出ようぜ」


 ゲームと同じであれば、ここはイベントダンジョンなので通常エンカウントはしない……つまり魔物は特定の条件以外では出会わないはずだが、とはいえそれを何処まで信じられるかもわからないし、何よりここに長居する理由がない。


 それにとある事情により、最初だけは俺が先行する必要がある。なので俺が歩き出すと、背後から慌ててクロエもついてくる。


「ちょっ、ちょっと待つニャ! クロを置いていったら駄目なのニャ!」


「ハッハッハ、早く来ないと……んがっ!?」


カチッ、ボバーン!


 足裏に感じる固い感触に一瞬後れ、俺の体を派手な爆発が包み込む。その煙が晴れると、俺は全身を真っ黒にして、黒い煙を吐きながらクロエに告げた。


「ケホッ……どうやら罠があるみたいだな」


「シュヤクが尊い犠牲になってくれて助かったニャ。でもそういうことなら、凄腕の斥候であるクロが片っ端から罠を解除してやるニャ!」


「お、そりゃ頼もしいな。じゃあ頼む」


「ガッテン承知ニャー!」


(……よし、とりあえず乗り切った)


 ギャグ補正、あるいはイベント補正で罠をノーダメージで乗り切れたことに、俺はホッと胸を撫で下ろす。俺の知っている火薬式の爆弾とは違うもののはずなのに何故全身が黒くなるのか? そして一瞬で綺麗になったのはどういう理屈なのか? 突っ込みたいところは色々あるが、重要なのはイベントがちゃんと進んだということである。


 正直、最初からクロエを先に歩かせるとか、あるいは「罠がありそうな気配がする」みたいなことを言えば、こんな間抜けを晒す必要はなかったかも知れない。


 だがもしイベント補正のないクロエが罠で怪我をしたりした場合、俺にはこの先に山ほどある「ちゃんと解除しないと普通にダメージを食らう罠」をどうにかする手段がないので、その場合ここで死ぬ未来がほぼ確定する。


 極めて低確率だが自分が怪我をしたり死んだりする可能性と引き換えに、かなり高い確率でここを無事に出られるようになるというのなら、そりゃやるしかないだろう。


 故に「よく頑張ったぞ」と自画自賛する俺の前で、クロエが身を伏せるようにして視線を下げ、地面に埋められているであろう罠をしっかりたっぷり観察してく。


「うわー、よく見たらメッチャ罠があるニャ! これは面倒……にゃふん、腕の振るい甲斐があるニャー」


 その際、クロエの姿勢は獲物を狙う猫のようなポーズになる。上半身は地面にくっつく寸前みたいな感じなのに、何故か尻だけが高くあげられ、目の前でプリプリ揺れている感じだな。


 ゲームではそれを見た主人公が顔を赤くして視線を逸らすというイベントスチルが表示されたりもしたのだが、残念ながら今の主人公は中身がオッサンなので、そんな初々しい反応はしない……しない…………


(そ、そう言えばこのモーション、羽柴さんがスゲー気合い入れて作ってたんだよなぁ。いいか、尻はプリプリだ! ブリンブリンでは揺れすぎる。プリップリでは勢いが強すぎて堪能できない。絶妙なプリプリ具合が肝心なんだ! とか力説して……懐かしいなぁ)


 社畜時代の思い出で無理矢理現実から目を反らし、俺は静かに罠が解除されるのを待ち続けた。

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