初めてのダンジョン(俺以外)
開けて翌日。準備万端の俺達が連れてこられたのは、学園の敷地内にあるギリシャ神殿みたいな場所だった。白くてでかい建物を前に、俺達は引率の教師から最後の注意を受ける。
「はーい、それではこれから、各班に分かれてダンジョンに入ってもらいます。引率の先生の指示に従って、慌てず順番に門をくぐってください。いいですか?」
「「「はーい!」」」
「では、出発!」
その言葉と共に、一班五人に引率の教師が一人という六人パーティが、次々にダンジョンの中に入っていく。一クラスは三〇人なので、全部で六班だ。
そして俺は第四班。前半組が入り終え、いよいよとばかりに奥の見えない黒い空間に足を踏み入れると……そこはもう何度も見てきた、いつもの石造りの通路であった。
「うわー、これがダンジョンの中なのか!」
「明かりとかないのに、本当に暗くないんだね」
「ふしぎー」
「はいはい皆、興奮するのはわかるけど、まずは落ち着いて先に進みましょう。じゃないと後がつっかえちゃいますからね」
「「「はーい」」」
引率のヴァネッサ先生の言葉に、俺達は少し奥へと進んでいく。しかし、後がつっかえる、か……何か不思議な気分だな。
というのも、ゲームにおいては主人公がダンジョン探索中、イベント以外で他のパーティに出会うことなんてなかったからだ。まあ汎用NPCをリアルタイムに活動させる処理なんて糞ほど複雑なことやるわけないので、当たり前ではあるが。
しかし、現実であれば当然違う。俺しか使えない学園内のショートカットの出入り口はここから少し離れているし、いちいち通りすがりの相手の顔なんて覚えてないだろうから、知り合いにさえ会わないように気をつければ今後も大丈夫だとは思うが……
「おいシュヤク! 何でお前、そんなに落ち着いてるんだよ!」
「ん? 何だよキール。落ち着いてたら駄目なのか?」
と、そんな考え事をしていると、クラスメイトのキールが声を話しかけてきた。男なので勿論ヒロインじゃないし、そもそもゲーム内では顔グラどころか名前すらなかったモブなので、絶対に何かのフラグが立つ心配のない素敵な友人である。
「駄目って事はないけど……てっきりお前なら、もっとはしゃぐかと思ったからさ」
「馬鹿だなキール。シュヤクはアリサ様に勝ったんだぜ? きっと地元でダンジョンに入ったこととかあるんだよ。だよなシュヤク?」
「あー、まあ、そうだな。ちょっとだけだけど、実戦経験はあるぜ?」
「シュヤク君、すごーい! ねえねえ、今度私にも戦い方教えてよー!」
「うっ……ま、まあ、機会があったら、前向きに検討しておくよ……」
男子はともかく女子に話しかけられると、俺は少しだけ怯んでしまう。この子も
(はー、参ったな。もう前世だってのに、まだ引きずってんのか)
日本にいた頃の俺は、年齢に見合った人付き合いがあった。あと二年孤独に過ごしても魔法使いにはなれなかったし、何なら軽く同棲していた経験すらある。
が、あれは俺にとって苦い思い出だ。リナみたいに馬鹿話をする悪友みたいな感じなら何の問題もないんだが、今みたいに女の顔が見えると、その裏にある打算を感じてどうしても身構えてしまうのだ。
いやまあ、自意識過剰だとは思うぜ? この子も別に俺を利用してやろうとか考えるわけじゃなく、単に見た目がイケメンだからちょっと興味がある、くらいだと思うけど、これがなかなか……むぅ、難しいな。
「ほーら、いい加減静かにしなさい! 確かにここは初心者ダンジョンで、出てくる魔物も弱いものだけですけど、それでも安全な場所ではないんですよ!」
「あっ、すみません。ヴァネッサ先生」
「固いこと言うなよせんせー!」
「そうそう。プニョイムなんてラクショーだって!」
怒るヴァネッサ先生に俺は素直に謝罪したものの、
「あ! 先生、あれ!」
「おっと、早速いましたね。それじゃ先生が見てますから、順番に戦ってみましょうか」
「何だよ、やっぱ楽勝じゃん!」
「これならうちのかーちゃんの方がよっぽど強いぜ!」
「確かに楽勝だったね。魔法で一発だったし」
「エマちゃんはすごいねー。私はちょっと疲れちゃった」
予想通りというか何と言うか、プニョイムと一対一では完全な初心者でも楽勝だった。唯一杖でバシバシ叩いていた
故にクラスメイト達にあるのは、初めての実戦を終えた自信ではなく、魔物なんて大したことないという過信、増長。うーん、これはよくない流れだと思うんだが……
「はい、皆さんの感想はわかりました。それじゃ次は二階に降りて、同じように戦ってもらいます。でも今度は遭遇したプニョイムは、
あ、ヴァネッサ先生がスゲー悪い顔してる。なるほど、上げて落とすのがいつものやり方なのか。そりゃこの学園って創立何百年とかだったはずだし、そういうノウハウはあるよなぁ。
「へっへー、プニョイムなんて何匹きたって楽勝だぜ! なあシュヤク?」
「んー? まあ、そうだな」
「何ならエマとミリカの分まで俺が倒してやるよ!」
「フーンだ! ハンスに助けて貰う必要なんてないわよ! ねえミーちゃん?」
「そ、そうだね。でも、シュヤク君にならちょっと助けてもらいたいかも……」
「アハハハハー! そこはほら、ヴァネッサ先生がいるし」
そんな会話をしつつ、俺達は二階に降りる。そこにはまたプニョイムがいるわけだが……
「うわっ!? 何だよこいつ、横からとかヒキョーだぞ!?」
「ちょっ、待って!? こんなはずじゃ……うわぁ!?」
「えいっ! やあっ! たあっ! えいっ! やあっ! たあっ!」
「うわー! シュヤク君、すごーい! かっこいいー!」
「キールとハンスは格好悪ーい! あんだけ大口叩いといて何やってるのよ、プッ」
覚えたばかりのバックステップで距離をあけ、一対一を三回繰り返した俺と違い、プニョイムを侮って突っ込んでいったキールとハンスは、同時攻撃を受けてボコボコに……否、プニョプニョにされた。
その後エマとミリカも戦ったが、二人は先生に申し出て一緒に戦うことにしたらしく、エマが最後の魔法で一匹を素早く仕留めると、俺を真似していい感じに残る二匹を一匹ずつに誘導したうえ、二人がかりでボコボコにすることで勝利した。
「お前らズリーぞ! 何で二人一緒なんだよ!」
「何よ、先生がいいって言ったんだからいいでしょ!」
「はいはい、静かに! いいですかハンス君。そもそもダンジョンは一人で潜る場所じゃないんです。だから仲間と協力することはズルでもなんでもないですし、むしろそれに気づかず一人で魔物の群れに突っ込んだ方が駄目なんです。
今回は先生も一緒だったから大丈夫でしたけど、もし本当に自分一人だったら、どうなったか……わかりますよね?」
「うっ…………」
ヴァネッサ先生に言われ、ハンスが口籠もる。その視線が前屈みになったヴァネッサ先生の揺れる胸に吸い寄せられていたのに気づいたのか、エマとミリカが冷たい目を向けていたが、俺にとっては他人事だ。俺はちゃんと目を反らしていたからな。
「それじゃ、最後は三階まで降りて、全員一緒に戦ってみましょう。皆さん、いいですか?」
「「「はーい」」」
「よろしい。では行きましょう」
全員の返事が揃ったところで、俺達は本日の締めくくりとばかりに、初心者ダンジョン三階へと降りていった。
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