興味があると、学校の勉強も面白いよな

「おはよう、シュヤク君」


「おっす、シュヤク!」


「ああ、おはよー」


 模擬戦から数日。朝の教室にやってきた俺に、クラスメイトが挨拶をしてくれる。あの日以来、彼らは俺に話しかけてくれるようになった。その理由は俺の奇妙な戦い方に興味があったとか、アリサとの関係はどうなんだなんてゴシップめいた好奇心であるが、それでもボッチとして距離を置かれるよりはずっといい。


 ということで、現在の俺の立ち位置はおおよそ理想通りな感じだ。過度に持ち上げられたりはせず、かといって疎外されているわけでもない適度な距離感は俺的にも心地よく、このまま平穏無事な学園生活を送れればいいのだが……


「はーい、皆さん! 授業を始めますよ! 席についてー!」


 と、そんなことを考えている間にも、本日の授業が開始された。今から始まるのは最近ちょっと興味を引かれている、この国の歴史の授業である。


「それじゃ、昨日の続きから始めます。一〇〇〇年前、この大陸には『邪神』と呼ばれる強大な存在が君臨していたことまでは説明しましたね? その力によって大陸には魔物が蔓延り、人間はそれらの目を盗んで洞窟に隠れ住んだり、必死に小さな集落を維持するのがやっとなくらい追い詰められていたそうです。


 ですが、そんな我等の存在を救ってくれたのが、偉大なる勇者リベルタ・アーランドです。ある日虐げられる人間の中から現れた勇者リベルタは仲間と共に邪神やその眷属と戦い、それを追い詰めることに成功しますが……」


 ここで一旦話を切ると、教師がカカッと黒板にチョークを滑らせる。描かれたのは一本線の大地と、その下に落ちていく邪神の姿だ。


「如何な勇者の力であっても、邪神を完全に倒しきることはできませんでした。力を失った邪神が大地の底に逃げ込むと、勇者達は邪神を封じ、二度と外に出られないようにしました。


 それにより邪神の加護を失った魔物は隣にある『夜の大陸』に逃げ去り、こうしてこの大陸は平和になった、というわけですね。ここまでで何か質問はありますか?」


 教師がそう問うと、生徒の一人が声と共に手を上げる。


「はーい! 隣の大陸に逃げたはずなのに、どうしてこの大陸にはまだ魔物がいるんですかー?」


「いい質問ですね。それはこの地に『ダンジョン』が出現し続けているからです。ダンジョンというのは、地の底に封じられた邪神が外の世界の魔力を吸うための、いわば空気穴のようなものです。


 当然その穴には邪神の力が満ちているので、魔物はそこから生まれます。加えてごく稀にダンジョンから外に出る魔物もいて、そういうものが地上で繁殖してしまったのが、いわゆる野良魔物というやつですね。


 政府や冒険者の方がそれらを定期的に駆逐していますが、完全駆除は難しいというのが現状です」


「なら、その穴を全部塞いじゃえば邪神は窒息しちゃうんじゃないですか?」


「ふふ、それもいい質問です。過去にもそういう風に考えた人達がいて、実際実行に移されたこともあります。ですが……はい、質問! キール君、もし君が口と鼻をギュッと手で塞がれたら、どうなりますか?」


「え、俺!? えーっと、そりゃ息が詰まって苦しくなるけど……」


 指名された同級生が、やや戸惑いながらもそう答える。だが教師は笑顔のままで、まだ質問は終わらない。


「そうですね。それが続くとどうなりますか?」


「どうなるって……し、死ぬ?」


「ははは、ずっと我慢できるなら、いずれはそうでしょうね。でも実際には、途中で苦しくなって『ブハッ!』っと大きく息を吐いてしまうと思います。


 そしてそれは、邪神も同じでした。あらゆるダンジョンを閉鎖した結果、外の魔力を取り込めなくなった邪神は大きく息を吐きます。その衝撃によってできたのが、大陸西部にあるダンジョン『絶望の逆塔』です。


 他とは比べものにならない凶悪な魔物が蔓延っているあのダンジョンは禁忌領域として立入制限されており、あの穴の底は邪神のいる場所に通じていると言われているんですが……そんなものが沢山増えたら大変ですよね?


 なのでその一件以来、ダンジョンを故意に塞ぐのは重罪という法律が定められ、ここの皆さんの大半がなるであろう、中の魔物を倒してその影響力を薄める『討魔士』という仕事が生まれたわけです。


 若い人の間では何故か『冒険者』と呼ぶ人が多いですが、あくまでも『討魔士』が正解ですからね? テストで『冒険者』と書くとバツがつきますから、気をつけるように……本当に、何で『冒険者』なんでしょうね?」


(へー、そういう感じになってるのか。上手くできてんなぁ)


 教師の説明に、俺は内心で感心する。ゲーム時代、その辺の設定はもっと適当というか、詳しく説明されてはいなかった。何故なら世界の成り立ちだの国の歴史だのはあくまでもフレーバーであって、ゲームを遊ぶうえで必須の設定ではなかったからだ。


 だが現実となれば、その辺に整合性がないとそもそも世界が成り立たない。「魔物が出てくる穴なんて全部塞げよ」というツッコミに「それだとゲームにならないだろ」じゃなく、「そうするともっと大きな被害が出るのでやれません」というもっともらしい理由付けがされているなど、その最たる例だ。


 あ、ちなみに「絶望の逆塔」とは、プロエタにおけるエンドコンテンツだ。全六六六層のダンジョンの最下層には、確かに邪神が……いたんだっけ? あれ、分体とか化身とかだったか? まあとにかく裏ボスがいたのは間違いない。


 だた裏ボスも糞強かった気がするんだが、俺としては六六六層というダンジョンの長さしか印象に残っていない。何だよ六六六層って。その数字にしたかった気持ちはわかるけど、どう考えても長すぎるだろ。


 やってもやらなくてもいいクリア後のエンドコンテンツだからギリ許されてるけど、あれ本編だったら確実に糞ゲー判定になってただろうな……


「――以上がこの国の建国史となります。わかりましたか?」


「「「はーい!」」」


(あっ、ヤベ。聞き逃した)


 俺がぼんやりと考え事をしている間にも、授業は進んでしまっていたらしい。学校の授業は好きじゃなかったが、この世界の授業は割と面白いからしっかり聞こうと思ってたんだが……


(ま、後でクラスの誰かに聞けばいいか。教科書読んでもいいしな)


 幸いにして、ここは学園。一緒に授業を受けている奴は沢山いるし、知識の源泉たる教科書も俺の手元にある。軽い聞き逃しくらいいくらでもリカバリーが聞くので、ショックを受けるほどのことではない。それに……


「では明日から、皆さんにもダンジョンに潜ってもらいます」


「「「わぁぁぁぁ!」」」


 教師の宣言に、教室内が沸き立つ。ここに集められているのは国に才能があると認められた者達ばかりなので、やはりみんなダンジョンで戦いたいのだろう。


「武器や防具に関しては、自分で用意してもいいですし、学園からレンタルしても構いません。むしろ皆さんはまだ若く未熟なのですから、これと一つに絞る前に色々試してみるのがいいでしょうね。


 他に準備するものとしては、体力回復ポーションは学園でも一本支給しますが、予備は自分で準備してください。魔力回復ポーションに関しては配布はありませんので、必要ならば自分で持ってくること。


 あと、万が一まだ同意書を出していない場合は、今日中に提出してください。同意書がない場合はダンジョンには入れませんので、気をつけるように」


 教師の言う同意書とは、いわゆる「死んでも自己責任です」というやつだ。教師が引率する初心者ダンジョンなんて、むしろどうやったら死ねるのかわからないレベルだが、それでもダンジョンはダンジョン。最大限の注意はしてくれても、絶対に死なないなんて保証はあり得ないのだから当然だろう。


 無論、俺もとっくに署名して出してある。昔は親の署名も必要で面倒くさかったらしいが、今は学園に来るのを承諾した時点で親からの許可は得ている扱いらいし。


 うーん、こういうゲームでは描写されなかった部分にこそ進歩を感じるのは、何か不思議な気分だな。ま、それはともかく……


「では、明日はしっかり体調を整えて来て下さいね」


「「「はーい!!!」」」


 さっきよりも元気な返事に、俺の声も混じる。俺とリナだけはちょいと先取りしてしまっているが……いよいよ正式にダンジョン突入だ。

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