関係者だからって何でも知ってると思うなよ

 模擬戦が終わって、しばし後。華々しい勝者の立場から一転、俺はいつもの初心者ダンジョンにて正座させられていた。そんな俺の正面に立つのは、当然怒り心頭のリナだ。


「でー? 約束も守れない下半身直結型主人公様は、何か言いたいことがあるのかしら?」


「いや、違うんすよ。俺もまさか、あんなことになるなんて思わなくて……」


「ハッ! 『あんなことになるなんて思わなかった』!? まさに『ヤればデキる』を理解してない発情猿に相応しい台詞ね! 反吐が出るわ、ペッ!」


 道ばたに落ちている犬の糞を見るような目で睨み付け、リナがそう吐き捨てる。実際に唾を吐かれたわけではないが、俺の心のダメージは似たようなものだ。


 だが俺とて黙ってばかりはいられない。確かに俺が悪いところもあっただろうが、言うべきことは言わねばならんのだ。


「だ、だっておかしいだろ!? 五……いや、六日か? 出会ってからたった六日で、しかもアリサと顔を合わせた時間なんて、模擬戦を入れても正味二時間とかだぞ!? それで結婚を申し込まれるなんて思わねーだろ!」


「そうね、それはその通りだわ」


「なら――」


「でもそれ、現実の話よね? ゲームのヒロインキャラがアホみたいにコロっと主人公に惚れるなんて、ありがちすぎてツッコミすら入らないわよね?」


「うぐっ……で、でもそれなら、何でリナは俺のレベル上げ手伝ってくれたんだよ? 負けた方がよかったなら、俺が強くならない方が都合がよかっただろ?」


「……まさか勝つと思ってなかったからよ」


 俺の言葉に、今度はリナが渋い表情を浮かべる。


「だって、今朝マナボルトが使えるようになったってことは、アンタ精々レベル三でしょ? それで何でレベル一〇のアリサ様に勝てるのよ!? ゲームだったら絶対無理でしょ!」


「それはまあ……」


 もし同じ状況をゲームで再現した場合、俺の勝ち目はほぼゼロだ。今の俺の体力や防御力だとアリサの攻撃を二回食らえば終わりだし、逆にこっちの攻撃は基本一ダメージしか通らない。


 つまり、勝利するには被弾猶予一回のみでアリサの攻撃を完璧にかわしながら、こっちの攻撃を一〇〇回以上当てないといけないということだ。理論上可能ではあるが、俺のテクニックではどうやっても無理だろう。


「てか、本当に何で勝てたの? 見てはいたけど、だからこそ意味わかんないんだけど」


「あー、それこそゲームと現実の違いだな。俺の攻撃ってさ、ゲームと同じでアリサにほとんどダメージは通ってなかったと思うんだよ。でも攻撃が当たる以上、ノックバックは発動するわけだ。


 で、ゲームならこう、ビビッと体をすくませるエフェクトが一秒くらいあって終わりだけど、アリサは現実の存在だから、衝撃を受ければ体が倒れるだろ? だからそこにすかさず剣を突きつけて、勝ちを拾ったって感じだな」


「ふーん? それってつまり、ゲーム的にはアリサ様はたった一回ノックバックしただけなのに、アンタに負けたってこと?」


「そうそう。俺はゲームの仕様を強引に現実に上書きすることで勝ったけど、アリサはそうできなかった。現実だけでもゲームだけでもなく、両方を上手く活用できた俺が、あの瞬間だけは一枚上手だったってことだな」


「うっわ、ズル! それが主人公様のやること?」


「……勝てばいいんだよ、勝てば」


「いやだから、勝ったら駄目だったって言ってるでしょ!」


 そっと顔を逸らして言う俺に、リナが追撃のツッコミを入れてくる。まあそれはその通りだと思わなくもないが、俺の方にも気になっていることがある。


「確かに勝ったのはマズかったかも知れねーけど、それにしたってあの反応はおかしくねーか? 少なくともゲームの時は、勝ったからってあそこまで好感度が爆増することはなかっただろ?」


「…………え、嘘。アンタひょっとして、知らなかったの?」


「へ? な、何が?」


「だから特殊勝利よ! アリサ様との模擬戦イベント! 主人公側が五レベル以上低い状態で勝つと、アリサ様の好感度が一気に四段階目に入るの!」


「はぁ!?」


 プロエタにおける好感度は、よくある五段階表記だ。一段階目で顔見知り、二段階目で友人、三段階目が親友で、四段階目が恋慕。そして最後の五段階目までいくと、唯一無二……互いに命を預け合えるようなかけがえのない存在として認識していることになる。


 それがいきなり四段階目!? 何だそりゃ!?


「いやいやいやいや、知らねーよ!? 何だよそれ!」


「いわゆるやり込み要素よ。普通のプレイヤーが偶然達成できるような条件じゃないから、このゲームを何周もしてるプレイヤー向けに、どのヒロインも最初から好感度が高くなるような隠し条件があるの! 何で開発者のアンタが知らないのよ!」


「俺は関係者ではあるけど、直接ゲームを作ったわけじゃねーから……えぇ、マジか?」


 そんなもんがあることを、俺は今初めて知った。デバッグの手伝いで五回ほどクリアしてるが、俺の担当は普通に遊んでクリアすることだったので、見えない壁の隙間を探して体をグリグリねじ込んだり、登れそうな段差を見つけては無理矢理ジャンプを繰り返すなんて特殊なプレイはしていないのだ。


「はーっ、失敗した……アタシはてっきり、即死しないためだと思ってたのよ。一撃で負けちゃったらアリサ様からの印象が悪すぎるってのは理解できてたから、そうならないようにギリギリ食いしばるためって考えてたの。


 でもまさか、何も知らないうえに勝っちゃうとか……アンタこれ、どうすんの? このゲーム、好感度下げるのは結構難しいのよ?」


「だよなぁ。どうすっか…………」


 アリサの問いに、俺も口をへの字にして考え込む。「プロミスオブエタニティ」というゲームは、アクションRPGである。つまりギャルゲーではない。好感度の概念はあるものの、気を遣ってデートに誘わないと機嫌を損ねるとか、他のキャラと仲良くしてるとアイコンに爆弾マークが発生するとかはないのだ。


 そりゃそうだろう。メインで育ててたキャラがいきなり拗ねてパーティから抜けたりしたら、ゲームにならない。故に好感度はあがりこそすれ、基本的には下がらないのだ。


 そしてだからこそ、俺達は「フラグを立てない」ことに気を遣っていたのだ。普通に好感度が上下するなら、そもそも主人公っぽいイケメンムーブができない俺なんて、一時的に好かれたとしてもヒロインの方がすぐに離れていくだろうからな。


「現実補正……現実補正でいけるか? 現実なら、俺は女に好かれない自信があるぞ」


「すっごい悲しい自信ね……まあでも、とりあえずそれに賭けて様子を見るしかないかな? アンタならすぐ嫌われると思うけど、アタシの方でもさりげなくアンタの評価を落としとくわ」


「おお、ありがとう……ありがとう? これ、俺がお礼を言っていいやつか?」


「何よ、じゃあアンタ、アリサ様と恋人になりたいの? もしもアンタが本気でアリサ様を好きで、ハーレムとかじゃなくアリサ様だけを幸せにしてくれるっていうなら、それはそれで応援するわよ?」


「え、いいのか?」


 思わぬリナの言葉に、俺は軽く驚いて問う。するとリナは腕組みをして、青髪ポニテを揺らしながら頷く。


「いいわよ。アタシが許せないのは、あくまでもハーレムメンバーなんて不毛な扱いだもの。ちゃんと幸せにしてくれそうな人とヒロイン達が付き合うのは全然いいの。


 痛い毒オタでもあるまいし、好きなヒロインに喪女になれなんて言うわけないでしょ?」


「なるほど……まあ俺にその気はねーから、今回は遠慮させていただくけれども」


「それはよかった! ならさっき言った通り、ひとまずはアンタの評価を落とす方向で動いてみるわ。大丈夫、あの状況ですらヴァネッサ先生の胸をチラ見するアンタなら、簡単に評価を落とせるはずだから」


「なっ!? ぐぅぅ……」


 見てない、とは言えなかった。女はそういう視線に敏感ですぐ気づくと言われたことを覚えていてもなお、見ずにはいられなかった。だって縦セタ巨乳は反則だろ! むしろ見ない方が失礼というものではないかね?


「これもいきもののサガか……」


「何? チェーンソーでバラバラにされたいの? これだからスケベ男は、まったく!」


「……………………」


 こうしてどこぞの神様ほど開き直れない俺は、勝利おたから好感度のろいをそれぞれに手に掴みながら、猛烈にしょっぱい表情で今日という日を締めくくるのだった。

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