これが「プレイヤー」の勝ち方だぜ!

 満を持しての戦闘開始……だが互いに動かない。すると何より先に動いたのは、目の前に悠然と立つアリサの口であった。


「意外だな。てっきり試合開始と同時に先制攻撃してくると思っていたのだが」


「ハッハッハ、そんな不意打ちまがいの一撃を決めても、アリサ様は納得しないでしょう?」


「そんなことはないぞ? 戦場に不運はない。不意打ちは卑怯だとか今のは運が悪かったなどという言葉は、身に迫る危機に対応できなかった弱者の戯れ言に過ぎん」


「おおー、流石はアリサ様。でもそういう割には、盾を装備してないですよね?」


 俺の前に立つアリサは、その体にこそしっかりした鎧を纏っているものの、手には剣しか持っていない。でかい盾を構える重騎士スタイルがアリサの真骨頂なので、これは単純な手加減だ。


 だがそんな俺の皮肉のような台詞に、アリサは不敵な笑みで応える。


「フフフ、残念ながら今の貴様の評価は、私が盾を使うほどではないということだ。悔しかったら勝ってみろ。そうすれば次は、本当の本気で相手をしてやろう」


「へへへ、そりゃどーも」


 正直そんな勝負はしたくないし、そもそも現段階で本気なんて出されたら俺の勝ち目が完全になくなるわけだが……うーん、どうしよう。経験値稼ぎで戦闘しまくった影響か、ちょっとだけそっちもやってみたい気がしている。


 とはいえ、それはこの模擬戦に勝てればこその話だ。俺は背筋をまっすぐに伸ばし、大きく踏み込みながら脳内でボタンを押す。


「えいっ! やあっ! たあっ!」


「むっ、相変わらず素晴らしく完成された動きだ。だが虚実もない剣に降されるほど、私も弱くないぞ!」


 こちらの攻撃を綺麗にいなされ、代わりにアリサが打ち込んでくる。だがそこで、俺はまず一枚目の札を切る。


「フッ!」


「おおっ!? これをかわすか!」


 レベルがあがって可能になった基本行動の一つ、バックステップ。本来の俺の反射神経だと回避はとても間に合わないのだが、脳内でボタンを押すだけならば何とか反応できる。


「えいっ! やあっ!」


「だから……む?」


「…………たあっ!」


 続く連撃、俺はコンボの三撃目をやや送らせて発動させる。ディレイによる技の変化は今の俺のレベルではないが、それでも単調な三連撃のみから、多少の緩急がある三連撃への進化は、アリサの不意を突くことができた。


 故にここは攻めの一手。間髪入れず攻めて攻めて攻めまくるのみ!


「えいっ! ……やあっ! たあっ! えいっ! やあっ! フッ! たあっ!」


「緩急自在の三段攻撃に、後方への飛び退きも含むわけか。なかなか悪くはないが……」


「えいっ!? や……ぐはっ!?」


「太刀筋が毎回完全に同じでは、防いでくれと言っているようなものだぞ?」


 初撃を完全に防がれ、二撃目の斬り上げのために開いた胴体に、アリサの強烈な一撃が打ち込まれる。目には涙が浮かび、肺から空気が絞り出され、素の俺なら即座にうずくまってるところだが……脳内ボタンくらいなら押せる!


「や……あっ! げほっ、えほっ」


「おっと、素晴らしい胆力だ!」


 何とか二撃目を発動させて距離を開けると、俺はその場で激しく咳き込む。明らかに隙だらけだが、アリサは追撃してこない。なので俺は数秒かけて呼吸を整えると、改めて剣を構えた。


「ふむ、思ったより根性もあるようだ。だが同じ事しかしないなら、結果は見えているぞ?」


「ふぅ、ふぅ…………申し訳ないですけど、今の俺にあるのはこれだけなんですよ」


「そうか。それは残念だ」


 まるでもう勝負が終わったかのように、アリサの目から情熱が消える。隙こそない……多分ないが、それはいわゆる「残心」ってやつなんだろう。


「いきます……え――」


「もう通さん!」


 もっとも力の籠もる上段からの振り降ろしを、アリサの剣が跳ね飛ばす。通常攻撃にスーパーアーマーの効果なんてないので、体が後ろに仰け反りかけている今の俺は完全に無防備。


 そこに冷めた目になったアリサが、とどめの一撃を入れようとしてくる。だがこの瞬間こそ、俺が狙っていた唯一の勝機。俺は剣から離した左手をまっすぐにアリサに向け、その力を解き放つ!


「……マナボルト!」


「何っ!?」


 これぞ器用万能である主人公がレベル三で覚える無属性攻撃魔法、マナボルト。おそらく昨日の段階でギリギリレベルがあがって覚えていたのが、一晩出て魔力が回復したことで発動できるようになったのだろう。朝に一発試しに撃ったので、今の俺の魔力だとこの一発で魔力切れだが、一発あれば十分。


「攻撃魔法!? だがそれしき……っ!」


 完全な不意打ちで俺の魔法を食らったことで、アリサの目に再び炎が宿る。体勢は崩したものの剣の勢いは落ちておらず、このままなら横薙ぎの一撃が俺の体を吹き飛ばすことだろう。


 万策尽きた? いや違う。本当のとっておきは、いつだって隙を生じぬ二段構えだ!


「――ぇぇぇぇぇぇぇいっ!」


「馬鹿なっ!?」


 俺の体は完全に後ろに仰け反っていた。だが右手は剣を離していなかったし、足もまだ地面についていたし、攻撃魔法の発動から一秒経過していた。その条件を満たしているなら、俺の体はあらゆる物理法則を無視して、攻撃モーションを発生させることができる!


「やあっ! たぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


「ぐっ、はっ!?」


 あり得ない体制からグリンと体が持ち上がり、すかさず放たれる完璧な一撃に、アリサは対応しきれなかった。二撃、三撃と続けて打ち込まれ、よろけたアリサが尻餅をついてしまう。


 つまり、勝負はついた。俺は素早くアリサの眼前に剣を突きつけ、ニヤリと笑って宣言する。


「この勝負、俺の勝ちです」


「……ああ、認めよう。私の負けだ」


「…………あっ!? しょ、勝負あり! 勝者、シュヤク君!」


「「「ウォォォォォォォォ!!!」」」


 ヴァネッサ先生の裁定が下り、驚き、賞賛、罵倒、その場のノリ……様々な思いのこもった歓声が周囲から沸き上がる。単なる模擬戦だというのに、まるで何かでかい大会に優勝でもしたような気分だ。


「おいおい、あいつ勝ちやがったぜ!?」


「マジか、見た目はいいのに妙にオドオドした感じの陰キャだと思ったのに、強いのかよ!」


「そんなー、アリサ様が負けるなんて!」


「何でアンタが勝ってるのよ!? 馬鹿! 禿げ! もげろ!」


(何でお前が罵倒する側に回るんだよ……)


 目的を同じくする無二の相棒からの誹謗中傷に苦笑してから、俺はアリサの方に向き直る。剣を収めて代わりに手を伸ばすと、アリサは柔らかく笑ってそれを掴むと、グッと引っ張って立ち上がった。


「お疲れ様でした、アリサ様」


「うむ、素晴らしい勝負だった。まさか本当に私が負かされるとはな……」


「ははは、偶然……とは言いませんけど、不意打ちの隠し球が聞いた感じですね。次に勝負したら、もう俺に勝ち目はないですよ」


「それでも勝ちは勝ちだ。他の誰でもなくこの私が、アリサ・ガーランドの名に賭けて貴様の強さを認めよう! なあ、貴様……シュヤクだったな? 一つ提案があるのだが」


「ん? 何ですか?」


 気持ちのいい勝利の余韻に浸っていた俺は、その時すっぽり頭から抜けていた。アリサはプロエタのヒロイン候補。そして俺は主人公であることを。


「私の婿になる気はないか? 貴様ならば我が伴侶に相応しい」


「ブハッ!?」


 その言葉に、俺は思わず吹き出してしまう。できたのは辛うじて顔を背け、アリサの顔に唾を吹きかけないようにすることだけだ。


「ちょっ、突然何を言い出すんですか!? 冗談はやめてくださいよ!」


「うん? 冗談ではないぞ。確かに私や貴様より強い男は幾らでもいるが、同い年となるとなかなか貴重でな。それに貴様にはまだまだ伸びしろがありそうだ。共に鍛えて最強となり、いずれはその強さを子供にも引き継がせたいものだ」


「こどっ!? だから、それは……そんな、流石に気が早すぎるというか……」


「ハハハ、そう照れるな。私とて貴族の娘。それなりの教育は受けているから、そちらの方でも貴様を導いてやろう。心配しなくても大丈夫だぞ?」


「心配は全くしてないですけど! あーもう、何だこれ!?」


「テメーコラ、明! ハーレム拒否るんじゃなかったんかワレ! 調子こいてんじゃねーぞクソカスヤリチン野郎がぁ!」


「モブリナちゃん!? 急にどうしたの!?」


 戸惑う俺に、知り合いのまっすぐな罵倒が飛んでくる。その隣では友人らしき女性がリナの豹変ぶりに驚いていたが、俺の方はそれどころではない。


「勿論すぐにとは言わん。まあゆっくり考えてみるがいいさ」


「いや、そういうの本当にいいんで。できればお友達で留めていただければ……」


「まずは友達からということだな!」


「あっ、うぅぅ…………」


 恋人にはなりたくないが、友達ではいたい。そんな俺の気持ちが伝わることなく、アリサは楽しそうに笑っている。


 あー、そうだよな。ゲームのヒロインキャラって、大体こんな感じで唐突に惚れてくるよなぁ……


「ほら切れ! 今すぐちょん切るのよ! ハリーハリーハリー!」


「モブリナちゃん! 落ち着いて! どうしちゃったの!?」


 頼れる味方は何処にもいない。せめて現実から目を背けるために、俺はぼんやりと空を見上げるのだった。

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