今できる精一杯のあがき

「えいっ! やあっ! たあっ!」


「いっけー、ウォーターボルト!」


 五匹のプニョイム集団に対し、俺とリナの先制攻撃が炸裂する。これで残りは三匹。更にもうひと削りしたいところだが……


「ごめん、今ので最後!」


「わかってる! 後は任せろ!」


 リナの魔法は、残念ながら今ので打ち止め。魔力回復ポーションは序盤だと大分高いのでこんなところじゃ使えない……というかそもそも持ってねーし、魔力は寝ないと回復しない。つまりリナは明日までただ杖を振り回すだけの存在に成り下がったわけだ。


ぷにょーん! ぷにょーん! ぷにょーーーん!


「こっちだプニプニ共!」


 ならばここは、俺が主人公の力を見せつけてやらねばなるまい。飛び跳ねてくる三匹のプニプニを、俺は華麗な体捌きで……体捌きで…………


「ぐはっ!? うおっ!?」


「ちょっ!? アンタ何やってんのよ!?」


「いやこれ、割と馬鹿にできねーって! 三匹一緒は……あっぶね!?」


「あーもう! えいっ!」


 思ったよりも危険な状況に、リナが見かねて杖を振りかぶる。そうしてぶっ叩かれた一匹の注意がそれたことで、俺はようやく体勢を立て直すことができた。こうならこっちのもんだ。まずは一匹!


「お返しだこの野郎! えいっ! やあっ! たあっ!」


ぷにょーん!


「おいおい、一対一になったらもう食らわねーよ! えいっ! やあっ! たあっ!」


「シュヤク! 早く! 早くこっち!」


「今行く! えいっ! やあっ! たあっ!」


 華麗な三連続三連コンボに、プニョイム達が光になって消える。そうして敵の全滅を確認すると、俺達は大きく息を吐いて緊張を解いた。


「はーっ、何とかなったな」


「だから五匹は危ないって言ったじゃない!」


「悪い悪い。でも三匹のを探すのが面倒だって言ったのはそっちだろ?」


「うぐっ!? まあそうだけど……」


 ここは初心者ダンジョン三階。出てくる魔物は相変わらずプニョイムだが、ここでは三匹から五匹の集団とエンカウントするようになっている。


 ちなみに、一階が一~二匹で、二階が二~三匹だ。そう考えると一気に数が増えているわけだが、本来の五人パーティであればむしろこれくらいからが丁度いいと言える。一階二階は本当に「実戦を体験するための場所」って感じだからな。


「やっぱ人数が少ないと、数で押されるのはキツいな。ダメージモーションを重ねられるとどうしようもねーし」


「アンタの場合、それがネックね。ゲームと違ってノックバックモーション後に判定が消えたりしないみたいだし」


「だな。そういうところまで完全再現してくれりゃ……てのは無理な話か」


 ゲームだと、敵の攻撃を連続で食らいすぎないように、倒れ込んだりすると一時的に敵の攻撃が当たらなくなる。が、ここは現実なので、暢気に床で寝っ転がっていたらそのまま攻撃を食らって殺されてしまう。


 まあそれは敵も同じなので、上手く利用できれば一方的に攻め続ける事も可能なんだろうが、それはもっとずっと先の話だな。


「で? 今日で五日目だけど、そろそろどうにかなりそう?」


「うーん……わからん。レベルはあがってると思うんだが……」


 この五日、俺達は毎日放課後に初心者ダンジョンに行って、魔物を倒し続けてきた。ゲームとして考えるなら、その過程で確実にレベルがあがっているはずなんだが、今の俺達にはそれを確かめる術がない。


「リナの方はどうなんだ?」


「アタシは何も変わらないわね。多分だけど、地元のちっちゃいダンジョンで稼いでたから、元から三か四レベルくらいあったんだと思う」


「あー、それじゃ初心者ダンジョンじゃレベルあがんねーよなぁ。ちなみにどうやって稼いでたんだ? 魔法士のソロじゃ相当厳しいだろ?」


 俺の問いに、リナが小さく肩をすくめてみせる。


「まあね。だから毎日入り口からちょっと入ったところで、出てきたジャイアントラットに魔法を全ブッパして逃げる、ってのを繰り返してたのよ。それを三年やって今の強さだから効率は最悪だったと思うけど、その分安全に経験値が稼げたから」


「そりゃあ……気の長い話だな」


 遠距離攻撃ができ、かつ自分の魔力しか消費しない魔法型だからこそできる稼ぎ方だ。近づかなきゃ戦えない俺が同じ事をしたら確実に殺されるし、弓士とかだと矢が回収できなくてアホほど金がかかるだろうからな。


「って、アタシのことはいいのよ。アンタ、これで駄目だったらどうすんの?」


「んー、そうだな。その時は……」


「その時は?」


「フフフ、社畜時代に鍛え上げた土下座スキルが炸裂することになるぜ」


「……ハッ! ま、頑張んなさい」


 不敵な笑みを浮かべる俺に、リナが心底どうでもよさそうな顔をして言う。まあでも、実際俺にできることはもう全部やったのだ。これで全く歯が立たず、無様に負けで見限られるっていうなら、それはもう運命だったと受け入れるしかないだろう。





 ということで、翌日。模擬戦の行われる第一演習場には、当事者である俺とアリサの他に、強くて格好いいアリサを応援するファンクラブ的な存在や、俺の醜態を見たい野次馬などなど、そこそこの人数が集まっていた。


「キャー! アリサ様、頑張ってー!」


「残念イケメンなんてやっつけちゃってー!」


(お前もそっち側かよ!?)


 アリサに声援を送る女子生徒のなかにリナの姿を見つけ、俺は内心で思いきりツッコミを入れる。だがそんな俺の内情に気づくはずもなく、アリサがニッコリと笑って俺に声をかけてきた。


「ようやくだな、シュヤク。この日を待ちわびたぞ」


「そうっすね。俺もそれなりに待ってましたよ」


「ほぅ? つまりあの日の発言を撤回する気はない、と?」


「ええ、まあ」


「面白い。ならばそれが大言でないことを期待しよう。審判!」


「あの、アリサさん? 私教師ですからね? ちゃんと敬意を払ってください」


「む、むぅ。申し訳なかった、ヴァネッサ先生。では勝負の取り仕切りをお願いします」


 茶色い髪を後頭部にお団子で丸めた、地味目な……だが縦線の入ったセーターっぽい服が体の一部をとても強調しているヴァネッサ先生に軽く叱られ、アリサが少しだけしょんぼりする。


 その様子に小さくため息を吐くと、ヴァネッサ先生が言葉を続けた。


「まったくもう……では、これより模擬戦を始めます。勝負の形式は一対一。お互い武器は学園から貸し出した模造剣を使ってもらいます。


 勝敗はどちらかが負けを認めるか、私が危険と判断したらそこで決着です。あと、これはあくまでも模擬戦ですから、勝つことではなく互いの技術を確認し合い、高め合うことが目的です。その辺、ちゃんとわかってますか?」


「無論だ! さあ、早く始めてくれ!」


「……絶対わかってないですよね? シュヤク君の方はどうですか? 準備できてますか?」


「あ、はい。大丈夫です」


 確認され、俺は頷く。だが俺の目には獲物を見つけた肉食獣のように怪しく瞳を輝かせるアリサの顔しか入っていない。それはおそらく向こうも同じで、ヴァネッサ先生がもう一度ため息を吐く。


「まったく、二人共……まあ入学五日で模擬戦をやってしまうような生徒は、そうですよね。ならせめて、学生らしく勝負の結果に遺恨を残さないこと! いいですか?」


「「はい!」」


「それじゃ、只今よりアリサさん対シュヤク君の模擬戦を始めます。試合……開始!」


 ヴァネッサ先生が、まっすぐ上に伸ばしていた手を振り下ろす。本来ならばほぼ勝てる……だが大幅にスケジュールを前倒しされたことで行方のわからなくなった主人公シュヤクメインヒロインアリサの模擬戦の火蓋が、今切られた。

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