「痛い」ってのは、大事なことだからさ

 ということで、その日の放課後。まだまだ当たり障りのない内容しかない授業をサクッと終えると、俺とリナは準備を整え、ショートカットの前に集まっていた。俺の腰には馬車でオッサン剣士からもらった剣が佩かれ、リナの手には青くて丸い玉が先っちょにくっついた杖が握られている。


「んじゃ、行くぞ?」


「これ、本当に大丈夫なのよね? いきなり裏ダンに跳んだりしない?」


「しねーよ! ほら、さっさと来いって」


「何よ、ガッカリイケメンのくせに強引じゃない」


「残念イケメンだよ! って、何言わせんだ糞が!」


 不名誉な二つ名でダンジョンに入る前からダメージを受けつつ、俺は青い渦のなかに足を踏み入れる。すると頭の中に選択肢が浮かび……あー、こういう感じ? ならフラグを立てなくても、名前と場所さえわかってればマジでいきなり裏ダンにも……あ、駄目っすか、そうっすか。


「……ねえ、行かないの?」


「あ、うん。行く行く。んじゃ、ポチッとな」


「うっわ、オッサンくさ」


「ぐはっ!?」


 心のダメージがレッドゾーンに突入するなか、俺達の体が淡い光に包まれ、突然ぐにゃりと視界が歪む。そうして次の瞬間には、周囲の景色が石造りの通路へと変わっていた。


「うわ、マジで初心者ダンジョンの一階ね。これバレたら便利な移動屋扱いにされない?」


「どうだろ? 基本的には学園内のダンジョンにしか跳べねーし、あそこで行列作って待つくらいなら、普通に歩いて行った方が早いんじゃねーか?」


「うーん、それもそうね。アタシも延々とエレベーターを待つくらいなら階段登るし」


「うわ、若いなぁ。俺は時間かかってもエレベーター待つ派だわ」


「むしろアンタがどんだけオッサンなのよ……向こうの話だけど、アタシと四つしか違わなかったんでしょ?」


「キラキラのOLとくたびれ果てたオッサンは違うんだよ……まあいいや、行こうぜ。ここからは魔物も出るはずだから、慎重にな」


「わかってるわよ。てか、そっちはアタシの方が経験者なんだし?」


「へいへい、頼りにしてますぜ姉御」


 軽口を叩きながら、俺達は通路を進む。すると程なくして、その先に緑のプニョプニョの姿を見つけた。幅五〇センチ、高さ三〇センチくらいの楕円形のゴムまりというか、艶のある水まんじゅうというか……とにかく色んな方面に怒られないように配慮しつつ、だがひと目で最弱モンスターとわかるようにデザインされた魔物である。


「プニョイムか……間違いなく初心者ダンジョンだな」


「みたいね。どうする? 戦う前に、一応もう一回確認しとく?」


「……そうだな、やっとこう」


 リナの言葉に、俺達は少しだけ来た道を戻ると、お互い正面を向いて立つ。


「俺の武器はこの剣だ。攻撃方法は通常攻撃のみ。剣を装備……てか手に持っていること、足の裏が地面についていること、最後の攻撃から一秒以上経過していること、の条件が整えば、いつでも通常攻撃モーションを出せる。こんな感じだな」


 言って、俺は剣を振ってみせる。もう何度も繰り返したが、我ながら美しい太刀筋だ。


 逆に言うと自分の意志では一切そこからずらせないということでもあるが、プニョイム相手にフェイントも何もないので、とりあえず今はいいだろう。


「現実として見ると、同じ動き過ぎて逆にちょっとキモいわね……アタシの方は、水魔法よ。今使えるのはウォーターボルトだけで、直径五センチ、長さ三〇センチくらいの太い水の矢っていうか、棒みたいなのを撃ち出せるわ。


 射程は……プニョイムだったら五メートルくらい離れてても当てられるかな? まだレベルが低いから、全快状態からでも一〇発撃つと魔力切れね」


「なら当初の予定通り、最初は俺が一人で戦ってみるから、ヤバそうなら援護してくれ」


「りょーかい。ま、背中から撃ったりしないから、安心しなさい」


「マジで頼むぜ? 今の俺のステータスで誤射されたら、冗談じゃなく死ぬからな?」


「わかってるって! それじゃ行きましょ」


 気楽に笑うリナに一瞬猛烈にしょっぱい顔を向けてから、俺は改めてプニョイムの方へと歩き出す。そうして相対距離が五メートルほどになると向こうもこっちに気づいたのは、そのプニョプニョの体を弾ませながらこっちに移動してきた。


「来たか……行くぞ! えいっ! やあっ! たあっ!」


 相手との距離を目算で計り、俺はタイミングよく脳内でボタンをポチる。するとバシッバシッバシッと気持ちよく攻撃が当たり、すぐにプニョイムが淡い光となって消えてしまった。


「…………え? これで終わりか?」


「はーい、お疲れ。どう? 初めての経験は?」


「うーん……正直、スゲー拍子抜けしてる」


 俺は実戦、命のやりとりというものに、随分と過剰な反応をしていたのではないだろうか? そんな風に考えていると、リナが優しい、だが何処か寂しげな目をして話を続けてくる。


「うん、そうね。アタシも自分の魔法で初めて魔物を倒した時、そう思った。でもね、簡単に倒せたってことは、簡単に倒されるってことでもある。実際アタシの生まれた村では、はぐれのゴブリンにやられて近所のおじさんが死んじゃってるし」


「っ…………」


「アンタは主人公だから、きっとアタシなんかじゃ比較にならないくらい強くなって、どんな魔物もサクサク倒せるようになるんだろうけど……でも、忘れないで。ここはゲームの世界だけど、アタシ達はゲームのキャラクターじゃないし、ここに生きてるのはNPCじゃないの。


 死んだら終わり。シナリオに必要だからって都合良く生き残ったり生き返ったりしない。だからいつか、アンタが誰より強くなっても……奪うことや奪われることに、鈍感にならないで。


 だってアタシ達は、そういう大事なものをなくしてここにいるんだから」


 リナの……楓のその言葉が、深く深く俺の胸に突き刺さる。それは思い返す度に痛みを与えてくるだろうが、決して抜いてはいけない棘だ。


 ああ、そうだ。俺達はおそらく、日本で死んでここに転生した。そして今、俺は単なる経験値稼ぎとして、魔物の命をあっさりと奪った。それがいいとか悪いとかではなく、ただ「そうである」ということだけは、決して忘れてはいけないのだ。


「そう、だな。確かに――」


「ま、だからって魔物が『生きてる』って言えるかどうかはわかんないけどねー。倒したら光になって消えちゃうくらいだし」


「……お前なぁ」


 いいことを言った端から自分でひっくり返していくリナに、俺は思わず苦笑を浮かべる。だがリナはイーッと歯を見せ、その場でクルリと身を翻す。


「いいのよ。経験値稼ぎに罪悪感を持てとか、そういう話じゃないんだし! ただ頭の隅っこに、そういう思いを置いておいた方がいいかなってだけなんだから。


 さ、それよりさっさと次に行きましょ? 次はアタシが倒すんだから!」


「はぁ……ははは、わかった。それじゃ次の獲物を探しに行くか」


 明るく笑うリナに、俺は苦笑してそう答える。


「ねえシュヤク、ふと思ったんだけど、これって経験値配分はどうなるの?」


「んー? いや、わかんねーな。パーティを組んだって扱いになってるなら等分だろうけど、特にそういう仕組み? 申請とかねーし」


「そっか。じゃあその辺は、明日からの授業でやるのかもね」


「だな。先人の知恵に期待しとこうぜ」


 経験値という名の命を奪って、きっと俺達は強くなる。それは肉を食うことと同じくらい、この世界では当たり前のことのはずだ。


 ならば躊躇うまい。だが敬意も忘れない。そんな気持ちと覚悟を胸に、俺達は初めてのダンジョンを進んでいった。

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