ズル? いやいや、仕様ですよ

「おい、シュヤク!」


「うげっ、アリサ!?」


 開けて翌日。自分のクラスに向かうために廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。振り向くとそこには、満面の笑みを浮かべたアリサの姿がある。


「ん? 貴様今、『うげっ』と言わなかったか?」


「いやいや、気のせいですよ。それよりアリサ様、俺に何かご用ですか?」


「うむ。約束していた模擬戦のことなのだが……」


 約束したつもりはないんですけど……という言葉を飲み込み、俺は黙って成り行きを見守る。するとアリサはあからさまにガッカリした表情を浮かべて言葉を続けた。


「どうやら模擬戦の申し込みが殺到しているらしくてな。予約が取れたのが五日後なのだ。伯爵家の力で強引にねじ込もうとしたら教師に怒られたし……むむむ、学生という立場がこうも不便だとは思わなかったぞ」


「あはははは……そうなんですか」


 凜とした立ち姿は困り顔すら美しいが、言ってることは割とゲスいアリサの台詞に、俺は何とか笑ってそう返す。どうやらリナの奴は、思った以上にいい仕事をしてくれたようだ。


 となれば俺の方もそれに応えねばならない……そうだな、とりあえず少し好感度を稼いでおくべきか?


「いやー、残念だなー! 俺も楽しみにしてたんですけどねー!」


「そうなのか? ならばやはり、もう少し強引に――」


「それには及ばないです! 一年後とかならともかく、五日なんて真面目に授業を受けていればすぐですよ! すぐ! そりゃあもうあっという間ですって!


 それに……あー、ほら! 五日あったら俺の方でも、アリサ様に対抗する手段を考えられますしね!」


「……ほう? つまり貴様は、たった五日でこの私を倒せるようになる自身がある、と?」


 アリサの目が、スッと細くなる。これはちょっと挑発し過ぎたか? いやでも、ここで退くのは悪手。アリサの性格を考えれば……


「ええ、絶対勝てる……とは言いませんけど、ちょっとビックリさせるくらいはできるようになると思いますよ」


「何だその、強気なんだか弱気なんだかわからない物言いは……まあいい。そういうことなら、五日後の模擬戦を楽しみにしておこう」


 そう言うと、アリサはサッと振り返ってその場を去って行った。その事実に俺はホッと胸を撫で下ろし……そんな俺の肩に、ポンと手が置かれる。


「うひょっ!? って、リナ!?」


「アンタ、本当に馬鹿なの?」


 驚く俺に、リナが呆れた目を向けてくる。


「せっかくアタシが時間を稼いだのに、何であんな馬鹿みたいな挑発したの!? あれじゃアリサ様が余計にやる気になっちゃうのがわかりきってるじゃない!」


「いや、でもアリサの性格を考えたらなぁ。あそこでビビって退いたら、多分もう俺に対する興味は完全になくなってたと思うぜ? そうなったら並大抵じゃ挽回できねーだろ」


 好意だろうと悪意だろうと、意識されているなら挽回の余地はある。だが完全な無関心……「その他大勢」に分類されてしまうと、そこから巻き返すのは大変だ。


 まあゲーム仕様が生きているならガンガン贈り物をすれば好感度は稼げるんだが、今の俺達のレベルでそういうアイテムは手に入れられないし、何よりここは現実。「興味のない相手からの贈り物など受け取らない」というまっとうな反応をされてしまった場合、それこそ取り返しがつかなくなってしまう。


「まあそうだけど……でもアンタ、本当に五日でアリサ様に対抗できるような手立てがあるの?」


「ある! あるけど……悪い、レベル上げ手伝ってくんね?」


「ハァ!? 何よそれ、アタシに頼るのが前提だったってこと!? アンタちょっと、アタシに負担かけすぎじゃない!?」


 非難の声をあげるリナに、俺は苦笑しながら顔の前で手を横に振ってみせる。


「いや、駄目なら俺一人でいくつもりだぜ? それか適当なクラスメイトを誘ってもいいんだけど……それはほら、ちょっと難易度が高いっていうか…………」


「アンタひょっとして、友達――」


「言うな。いいか、言葉ってのは刃物よりも鋭く人を傷つけることができるんだぜ?」


 一転哀れみの目を向けてくるリナに、俺はそっと顔を逸らしながら言う。


 だが、これは仕方ないことなのだ。この世界のことをゲームとしてしか知らない二八歳の男が、この世界に生まれた一五歳の少年少女と仲良くなるのは、かなりハードルが高い。


 というか、なまじ外見がイケメンだけに声はかけられたものの、面白いくらい会話が噛み合わないのだ。そりゃそうだろう、だってゲーム内で語られてない「今の若者に流行ってる話題」とか、俺には何にもわかんねーからな。


 となれば互いに愛想笑いを浮かべることしかできなくなり、まだ入学二日目だというのに、俺はちょっと変わった残念イケメンとして、微妙に距離を取られてしまっているのだ。


「むしろ、何でお前はロネットとそんな簡単に打ち解けられたんだよ?」


「フフーン! そんなの、年頃の女の子が好きな話題なんて世界共通だからに決まってるじゃない! それにアタシは設定資料集からシナリオライターのちょっとした雑記まで、ぜーんぶチェックしてるのよ!


 だからゲーム内では語られてない流行とかも、割と詳しかったりするのよ。あとアタシ、アンタと違って五年前に目覚めてた・・・・・しね」


「おぉぅ、そっか……」


 確かにこれだけの情熱を傾けられるやつが、一〇歳から一五歳の五年間をこの世界で過ごせば、必要な常識くらいは身についているだろう。


「…………わかった。確かに今回はリナに頼りすぎだよな。ならレベル上げは俺一人で――」


「何言ってんの? アタシも行くわよ?」


「……いや、今お前『頼りすぎるな』って怒ってたじゃん?」


「そりゃ勝手に人を予定に組み込まれたら怒るくらいするけど、それとこれとは話が別でしょ? アタシだってレベルあげたいし……でも、アタシに、てかロネット様に頼るつもりじゃなかったなら、どうやってレベル上げるつもりだったの?」


「あ、それで怒ったのか。すまん、誤解させた。で、どうやってって、そりゃダンジョンに潜るんだよ」


「? 一番最初の初心者ダンジョンだって、解放されるのは来月じゃない?」


 首を傾げるリナの言う通り、この学園で生徒が自由にダンジョンに潜れるのは、最低限の授業が終わる一ヶ月後だ。ゲームでなら「そして一ヶ月後……」というテキスト一行ですんでしまうが、現実の一ヶ月は普通に一ヶ月なので、五日後の模擬戦には到底間に合わない。


 だが、俺はそこにある抜け道に気づいている。


「おいおいリナ、何言ってんだよ。お前が散々『ここは現実だ』って言ったんだろ?」


「どういうこと?」


「ま、いいからついて来いよ」


 言って、俺はリナを引き連れ廊下を歩いて行く。すると程なくして「清掃中」の看板が通路を塞いでいたが、俺達は気にせずその脇を通り抜ける。するとその先にあったのは……


「えっ、嘘!? これダンジョンへのショートカットじゃない!」


「そういうことだ」


 驚くリナに、俺はドヤ顔でそう告げる。そう、これは学園からダンジョンへと直接移動できるショートカット・ポータルなのだ。


「ふっふっふ、ゲームじゃ看板みえないかべに阻まれて授業で初心者ダンジョンに潜るまでここに来られなかったけど、現実なら――」


「違うわよ! そうじゃなくて……アタシもここには来たけど、その時は何もなかったの! なのに何で今はショートカットが出現してるわけ!?」


「ああ、そっち? 多分だけど、これ主人公しか使えないからじゃねーか?」


 ゲーム内において、このショートカットが言及されることは一度もない。誰もこれに触れないし、プレイヤー以外がこれを使っている様子もなかった。


 だがゲームなら不自然でないことも、現実ならば別だ。こんな便利なものを誰も使わないなんてあり得ないし、人気のない廊下の突き当たりとはいえ、特に隠されているわけでもないのだから、誰も気づかないというのもおかしい。


 ならば考えられる理由として一番有力なのは、これがプレイヤー……つまり主人公である俺がいないと出現しないということだろう。いやー、よかった。これがなかったら入学早々学校を休んで、町の外まで野良魔物を狩りに行くくらいしか手段がなかったんだが、どうやらそうせずに済みそうだ。


「ぐぅぅ……何かズルいわね」


「ははは、そりゃズルいさ。世界ゲームってのは主人公プレイヤーのためにあるもんだからな」


 思いっきりふくれっ面をするリナを横に、俺は今生で初めて、主人公に転生したことを感謝するのだった。

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