早速予定外のことが起きてますな

「んじゃ、アタシはお嬢様の馬車で交流を深めながら学園に向かうから、アンタは……」


「元の乗合馬車に戻るから、大丈夫だ……大丈夫だよな?」


 本来のシナリオでは、俺こそがお嬢様の馬車に乗るので、元の乗合馬車が無事に王都に辿り着くかはわからない。そこに一抹の不安を感じていると、リナが実にどうでもよさそうな感じでその口を開く。


「別に平気でしょー? こういうイベントでもなかったら、王都行きなんて馬車が早々辿り着かないなんてないわよ。街道の見回りとかだってしてるでしょうし」


「そうか? まあ、そうだな」


 その説明に大いに納得すると、俺はリナと別れて元の馬車へと戻った。そこで使わなかった剣とポーションを返そうとしたのだが、「勇敢な少年にプレゼントだ」ということで、どちらも受け取ってもらえなかった。


 そういうことならばと、俺はありがたく受け取っておく。目上の人からの好意を頑なに断り続けるのはかえって失礼だし、あとメタ的な発言をするなら、ゲームシナリオではこっちに戻らない……つまり剣とポーションを返却することがないから、その補正が起きているのかも知れないしな。


(……っと、いかん。何でもゲーム的に考えるのは駄目だな)


 馬車に揺られながら、俺は自分で自分の考えを否定する。確かにここはゲームそっくりの世界だが、目の前にいるのは俺と同じ人間だ。せっかくの好意を「ゲーム的には……」なんて考えるのは明らかによくない。


「……あの、この剣とポーション、本当にありがとうございました」


「ははは、そこまで感謝されるような名剣じゃないぞ? だがまあ、そう思ってくれるなら、今日みたいに誰かが困ってたら、その剣で助けてやればいい」


「そうですね。安物のポーションですから、大事にとっておくより、自分や他の誰かが怪我をしていたら、気軽に使ってください」


「はい、そうします!」


「いい返事だなぁ。少年、この馬車に乗ってるってことは、王都の学院に入るのか?」


「ええ、そうです。王都に行くのは……っていうか故郷の村から出るのも初めてなんで、色々緊張してますけど」


「なら軽くですけど、王都のことを教えてあげましょう。まずは――」


 そうしてちょっとしたきっかけから、俺はこの二人とすっかり打ち解けて雑談に興じた。厳つい剣士のオッサンは軽く剣の使い方を教えてくれたし、行商人のお兄さんは安くて美味しい食堂なんかを教えてくれて、五時間の馬車の旅はあっという間に過ぎていく。


 そうして王都の入り口に辿り着くと、内側からしか見ることのなかったでかい門をくぐって町中に入る。するとそこには、ようやくゲームで見慣れた町並みが広がっていた。


「おぉぉぉぉ……解像度たけーなぁ」


 現実の王都は、当たり前だがポリゴンがジャギってカクカクしたりしていない。ゲームと違って街行く人の数も圧倒的に多いし、何より全員顔が違う。料理の屋台からは美味しそうな匂いがするし、酒場の裏路地からは酸っぱい悪臭が漂っている。


 ああ、見知った地形をしていても、ここは本当に現実なんだ……そんなことを噛みしめながら大通りを進めば、そこにはゲームのタイトル画面にも使われている、立派な学園の正門が屹立していた。


 生徒ならそのまま中に入ればいいが、今の俺はまだ「入学予定」の人間なので、生徒ではない。なので門の脇にある守衛小屋に行き、そこにいた人に声をかける。


「すみません。今年度の入学予定者なんですけど、手続きとかはどうしたらいいでしょうか?」


「失礼、入学許可証はありますか?」


「はい、これです」


 俺は肩から提げた鞄から、事前に受け取っていた許可証を取り出してみせる。これは学園に入学できる者に配布されるものらしいんだが……そういやこれ、どういう基準で配布されてるんだろうな? オープニングの時点でもうもらってるから、その辺の説明ってないんだよなぁ。


「はい、確認しました。でしたら普通に正門から入ると正面に案内板があるので、それに従って進んでもらえれば大丈夫です。もし道に迷った場合は、近くにいる腕章をした大人に声をかけてください」


「わかりました、ありがとうございます」


 俺は守衛さんにお礼を言うと、指示されたとおり正門から学園内部に入る。町中と同じでこの辺も歩き回れる仕様だったので道はわかるのだが、それでも一応案内板を頼りに進み、事務室の前に辿り着く。


 するとそこには長テーブルの上にパンフレット的なものが並べられており、近くには腕章をした大人……この学園の先生達が、やってくる入学予定者に対応していた。


「すみません、今年入学予定の者なんですけど……」


「はい、では許可証をお願いします」


「これです」


「……確かに。ではこちらの書類に名前、年齢、出身地と、あと得意な戦闘方法を記入してください」


「わかりました」


 許可証と引き換えに渡された書類に、俺は必要事項を記載していく。ちなみに年齢の記入があるのは、この学園は才能さえあれば幼くても、あるいはある程度歳をとっていても入学が可能だから、ということらしい。


「えーっと、シュヤク、一五歳、出身はベルン男爵領、クロテナの村。戦い方は、剣による近接戦闘……っと」


 シュヤクは主人公なので、おおよそ何でもできるうえにステータスの伸びもいい。つまりは器用万能なわけだが、それでも流石に最序盤……レベル一の状態で魔法特化は難しい。


 となれば無難なのは剣だろう。今回は半ばキャンセルしてしまったものの、最初のチュートリアルで使うのもオッサン剣士からもらった剣なのだから尚更だ。記入した情報に間違いがないことを確認し……今更だが、使われているのは当然日本語である……俺は受付の人に書類を渡す。


「書けました。これでいいですか?」


「確認します……はい、大丈夫ですね」


「じゃあ――」


「では、試験は明日の午前中に学園内の第一訓練場で行いますので、遅れずに来て下さい」


「…………試験?」


 はて、と首を傾げる俺に、受付の先生も同じように首を傾げる。


「そうですよ? 許可証が送られている時点で筆記は問題ないはずなので、そちらで実技試験を行います。ああ、勿論失敗してしまっても、よほど致命的なことがなければ入学取り消し、なんてことはありませんので、気楽に……でも真剣に取り組んでくださいね」


「……は、はい。わかりました」


 生返事をしてその場を後にしつつ、俺の脳内で「試験」という単語が繰り返される。


 ゲームでは、主人公は試験を受けない。何故ならさっき助けたお嬢様と一緒に手続きをする際、お嬢様の証言で「実力が十分にある」ということが証明されるため、試験が免除される。


 だが今回、俺はお嬢様を助けてない。つまり俺の実力は誰も証明してくれないので、試験を受けるのは当然なのだが……


(試験、試験……え、試験!?)


 本来の主人公カイルは、お嬢様を助けている……つまり魔物を倒す実力がある。だが俺がシュヤクとして目覚めたのは今朝であり、貴重な実戦の場であったチュートリアル戦闘もリナによってキャンセルされてしまった。


 つまり、日本のくたびれリーマンである俺は、試験前日である今この瞬間において、鍛錬どころかまともに剣を振ったことすらない。精々馬車の中でオッサン剣士に、ちょっとしたコツを教わった程度だ。


(これ、割とマズくないか? やれるのか俺!?)


 まだ何も始まっていないのに不安だけが止めどなく湧き上がってくるなか、俺は若干フラフラした足取りで、指定されている本日の宿に向かうのだった。

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