これぞ真のゲーム脳だぜ!
「次、二四番!」
「はい!」
明けて翌日。指定された第一訓練場にて次々に試験を受けていくお仲間を眺めつつ、俺は静かに精神統一をしていた。昨日は大分ワチャワチャしていたが、今の俺には切り札があるのだ。
「よーし、いいぞ。では次、二八番!」
「はい!」
遂に俺の番号が呼ばれ、待機列から一歩出て教師のところに向かう。すると側に来た俺に、教師が改めて声をかけてきた。
「二八番……シュヤクだな。武器はそこにあるのを自由に選んで使っていいぞ」
「わかりました。じゃあこれにします」
近くの棚に並べられていたものから、俺は当たり障りのない鉄の剣を持つ。刃は潰されているので事実上ただの鉄の棒だが、とはいえそれはずっしり重く、命のやりとりをする手応えを感じさせる。
「では、あの的に向かって切り込んでみなさい」
「はい!」
指示に従い、俺は剣を構える。それから目の前の木人をターゲットし、頭の中でポチポチとボタンを押すと……
「えいっ! やあっ! たあっ!」
バシッ! バシッ! バシッ!
「ほう? 見事な連撃だ」
「ありがとうございます」
本気で感心している教師に、俺はちょっとだけ得意げな笑みを浮かべて告げる。教師が驚くほどの完璧な剣捌き。そんなことができたのは、当然俺の実力……ではなく、これがゲームにおける主人公の
昨日、学園を出て指定の宿に行った俺は、空いた時間を使って裏庭で素振りを行ったのだが、その結果は酷いものだった。
馬車でオッサン剣士からもらった剣は当然実剣なので、刃も突いているし相応に重い。しかし転生前の俺なら一〇回も振れば筋肉痛になること請け合いのそれを、シュヤクの体は一〇〇回振ってもまだ余裕が感じられるくらいの力があった。
が、それがただ振り回すだけでなく、剣術となると話は別だ。シュヤクの体は剣の鍛錬を積んでいるのに、俺の意識がそれに追いつかない。それはやたら過剰に反応するコントローラーでゲームを遊んでいるような感じで、ほんのちょっとの力加減がどうやっても上手くいかず、不格好なダンスを踊っているようになってしまったのだ。
それでも一応剣を振れないわけではないので、おそらく試験は通る。だが今後ダンジョン探索などの実践があることを考えると、このままというのはよくない。どうにかして打開策を……と考えていた俺の脳裏に閃いたのが、件の脳内ボタン作戦である。
プロエタはアクションRPGなので、プレイヤーは戦闘時、主人公や仲間キャラを直接操作して戦うことになる。つまり主人公であるシュヤクには、攻撃モーションが設定されているのだ。
それこそがさっきの三連撃。上からの斬り降ろし、左下から右上への斬り上げ、そして右から左への横薙ぎのコンボが、長剣装備時の基本攻撃モーションである。脳内でボタンを押すイメージをしたら体が勝手に動いてこのコンボが出た時には、思わず変な笑いが出ちまったぜ。
「えいっ! やあっ! たあっ! えいっ! やあっ! たあっ!」
「そこまで! うむ、実に見事だったぞ」
「ありがとうございます!」
ということで、その後も三連コンボを二回繰り返したところで、教師からお褒めの言葉をもらって俺の試験は終了となった。うむうむ、俺ツエーにはほど遠いけど、これだけ剣が振れるなら十分――
「おい、貴様!」
と、そこでいきなり声をかけられ、俺は何事かと振り向く。するとそこにはライオンのようにふさっとした真っ赤な髪を閃かせ、銀色に輝く立派な鎧に身を包んだ、俺とほとんど身長の変わらない女の子が立っていた。
「っ!?」
(え、嘘だろ!? 何でここでこいつに会うんだよ!?)
「今の貴様の太刀筋、実に見事だったぞ。まったく刀身をブレさせることなく同じように剣を振るうなど、この私でもそうできることではない。一体どれほどの鍛錬を積んだのか……」
どこぞの武人のような口調で語るこちらのお嬢様は、本作のメインヒロインの一人であるアリサ・ガーランド。ガーランド伯爵家のご令嬢であり、ビジュアルが全力で主張しているとおり、ゴリゴリの剣士キャラだ。
だが、彼女との出会いはここではない。本来ならば入学後の廊下で俺が助けたお嬢様……ロネット・アンデルセンと話しているところに、試験免除で入学してしまった俺を「コネを使って不正入学した」と言い掛かりをつけてくるのだ。
その後ならばと模擬戦を行い、互いの実力を確かめ合うことから交流が始まるわけだが……なのに何でここで? そんなことを考えている間にも、アリサは勝手に話を進めていく。
「おっと、失礼。名乗りがまだだったな。私はアリサ・ガーランド。ガーランド伯爵家の娘だが、この学園では身分の差は関係ないと聞く。気軽にアリサと呼んでも構わんぞ? それで貴様は、名を何と言う?」
「は、はぁ。えっと、俺はシュヤクです、アリサ様」
社交辞令を真に受けるほど、俺の中身はピュアボーイではない。なので軽く謙った感じの挨拶をすると、アリサが唐突に俺に向かって剣の切っ先を突きつけてくる。
「そうか、シュヤクか。ではシュヤク、貴様に模擬戦を申し込む!」
「へ!? も、模擬戦ですか!?」
「そうだ。それだけの剣が振るえる相手なら、是非とも戦ってみたい。この私と剣を交える光栄を噛みしめるがいい!」
「いや、それは…………」
悪意も自覚もなくナチュラルに上から語りかけてくるアリサに、俺は言葉を詰まらせる。
アリサとの模擬戦……そこにはいくつかの問題がある。まず第一に、イベントが恐ろしく前倒しされたことで初心者ダンジョンに突入していないため、俺のレベルは1だ。
対してアリサは、初期から一〇レベルある。もうこの時点で俺に勝ち目がこれっぽっちもない。
いやまあ、一応相手の立ち回りを完全に理解し、こっちも完璧に行動すれば理論上は初期レベル縛りで魔王を倒すことも可能、というのを聞いたことがある気がしなくもないが、通常攻撃ボタンをポチポチ押すだけの俺に無理なのは言うまでもない。
次に、この模擬戦に「負けるとどうなるのか」がわからないことだ。本来のゲーム上では勝負の結果によって失望されたり認められたりするわけだが、それらはあくまでもアリサの初期好感度の差でしかない。
つまり、その後の行動でどうにでも挽回が効く。だがそれが現実になった場合はどうだろうか?
ゲームなら、強制的に何度も出会う。三択の選択肢で会話を選び、正解すれば好感度があがる。だが現実はそうではない。会話に選択肢などなく、好感度が目に見えることもないし、そもそも単純に数値化されたりもしていない……はずだ。
なので、もし模擬戦を受けるなら最低でも拮抗する程度の結果は出さなければならない。恋愛フラグは必要ないが、メインヒロインの仲間フラグまで折れてしまうのは今後の展開において困った事になるからな。
そして最後……これがある意味一番重要だが、単純に俺が戦いたくない。精神的には年下の女の子に鉄の棒でフルボッコにされるとか、痛いし怖いしいいことがまるでない。昨日のお嬢様みたいに「やらないと誰か死ぬ」というなら覚悟も決まるが、そうじゃないなら負け確定の試合なんてやりたいはずがないのだ。
「こら、何をやっているか!」
「ぐはっ!?」
どうにか角を立てずに断る方法はないだろうか? そんなことを必死に考えていると、不意に背後から近寄ってきた教師が、アリサの頭にゲンコツを落とした。すると軽く涙目になったアリサが振り返り、烈火の如く教師に食ってかかる。
「貴様、何をするか!?」
「それはこっちの台詞だ、馬鹿者! まだ入学式もやっていないのにいきなり模擬戦を申し込むのも悪いが、何より如何に歯を潰してあるとはいえ、これから一緒に学ぶ仲間に剣の切っ先を向けるとは何事だ!」
「む……それは確かにその通りだ。すまぬシュヤク、ちょっと興奮してしまっていたようだ。この通り、謝罪しよう」
「……あ、はい。大丈夫です」
あっさりと頭を下げたアリサに、俺はそう返す。その言動で誤解を招きやすいアリサだが、身分や態度を恐れず話しかければこちらの言うことをちゃんと聞いてくれるし、間違っていたと納得すればこうして謝罪もしてくれる。
なのでもしアリサをヒロインとして攻略したい場合は、変に調子を合わせたりするのではなく、毅然とした態度で接するのが有効だ……まあ俺は攻略とかしないけども。
「うむ、そうか! では入学式が終わったら、シュヤクとの模擬戦を手配しておこう! その時を楽しみにしているぞ!」
「はぁ……って、ちょっ!?」
「では、またな! ハッハッハッハッハ!」
「いやいやいやいや、待って待って! 待ってください!」
「おいシュヤク、何をしている! お前はこっちだ!」
「え、あ、はい!? で、でも……あーっ!」
笑いながら去っていくアリサを、俺はただ見送ることしかできない。どうやら模擬戦フラグそのものは、どうやってもへし折れないようだ……ぐぬぅ。
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