なるほど、そりゃ自分だけってこともねーよなぁ

初日はここまで! 以後は毎日18:00更新となりますので、応援宜しくお願い致します。


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「はーっ、まさかこんなところで同郷の人と出会うなんてね……それじゃ改めて自己紹介するわ。アタシは八凪やなぎ かえで。日本では二四歳で、商社勤めのOLをやってたわ。ああ、こっちでの名前はモブリナね」


「モブリナって……いや、人のことは言えねーけども」


 名乗った少女に、俺は何とも言えない視線を向ける。俺より頭一つ分低い……おそらく一五〇センチちょいだと思われる平均的な身長に、体型もまあ痩せてもいなければ太ってもいない。唯一青髪のポニーテールはやや個性的と言えなくもないが、それ以外は本当に特徴のない……それこそ何処にでもいる感じの少女である。


「すまん、プロエタにモブリナなんてキャラいたか? 結構真剣に思い出したんだけど、全然心当たりがないんだが……」


「ああ、それね。いたって言えばいたんだけど……ほら、主人公とかヒロインと一緒に沢山の学生が描かれるイベントスチルとかあるでしょ? そういう場面の隅っこの方に、一応いるのよ。勿論名前や設定なんて何もなかったけど」


「ほう? ということは、まさかお前、いや楓さんは最近流行の――」


「そう! モブキャラ転生をしたのよ!」


 俺の問いに、楓が歳相応に盛り上がるごく普通な胸を反らしてドヤ顔を決める。くぅぅ、何てこった! 羨ましい、俺もモブキャラ転生したかった……っ!


「それで、アンタは? 主人公転生を果たしたのは、何処のどちら様なのかしら?」


「おっと、これは申し遅れました。私、株式会社オレンジキャロットの第三開発室にてシステムエンジニアを務めさせていただいております、田中 明と申します。どうぞ宜しくお願い致します」


 社畜の頃の習慣で、俺はありもしない名刺を探るように手を動かしながら、丁寧に頭を下げる。だがすぐに頭をあげると、何故か楓がピキッと固まっていた。


「オレンジキャロット? しかも第三開発室って、ひょっとして……!?」


「あー、うん。このゲーム……プロエタの制作には関わってるけど……うおっ!?」


 言い終えるより前に、楓がその場でゆっくりとしゃがみ込む。そのまま地面に膝を突くと、ヘヘーとばかりに頭を下げ、伸ばした両手を大地につけた。


「私のこの世界にお招きいただいた神様にご無礼を働きましたこと、平に平にご容赦を……」


「いやいやいやいや、違う違う違う! 俺が何かしたわけじゃないから!」


「……そうなの? でもゲームの制作者様なんでしょ?」


「関わったのは間違いないけど、俺はあくまで全体の進行を管理したりしてただけだから! 絵を描いたのもプログラムしたのも別の人だし……まあデバッグ作業には関わったから、一応スタッフロールに名前くらいは出てるだろうけど」


神の碑石クレジットに名を連ねるなら、それはやはり神なのでは?」


「だから違うって! こう言ったらあれだけど、あんなの外部スタッフバイトだってちょっと手伝えば名前載るんだぞ? それに自分が制作に関わったゲームに入り込めるなら、もっと他の立場とかゲームを選んだしな」


「ふーん? たとえば? えっちなやつ?」


「うちはコンシューマー向けの健全なゲームしか制作してねーよ! 大体エロゲ主人公なんて、そこらのファンタジー作品の主人公よりよっぽどファンタジーな存在なんだぞ? 毎日休む間もなく女とヤリ続けるとか三日目……下手すりゃ二日目の段階ですら拷問と同じになるだろうしな」


 人間の精力には、当然ながら限界がある。あんなのは任意に中断と再開ができるゲームだから楽しめるんであって、現実に同じペースでやったら普通に辛いだけだろう……って違う!


「話がメッチャ逸れてるじゃねーか! 本題を言えよ本題を!」


「あはは! アンタ意外とノリいいじゃない! 気に入ったわ! けどヒロイン達は渡さないわよ!」


「だからそれ、何なんだよ?」


 楓の真意がわからず、俺は首を傾げながら改めて問う。すると楓は立ち上がり、パンパンと膝の土埃をはらってから徐に話し始める。


「アンタだって知ってるでしょうけど、このゲームって基本的には普通のRPGだけど、そこに仲間内の恋愛要素があるじゃない? それはいいのよ。特に男同士の友情とかは……ぐへへ……」


「あの、楓さん?」


「おっと、失礼。まあそれはいいとして、問題は一つ、このゲームにはハーレムエンドがあるってことよ!


 わかる? ハーレムよ!? メインヒロイン六人に、サブヒロイン一〇人! 全部で一六人のハーレムとか、どう考えたって誰も幸せになれないじゃない!


 この世界の一ヶ月って六日×五周の三〇日でしょ? 一〇代のキラキラした女の子がやっと好きな人と結ばれたと思ったら、一ヶ月に二日、下手すりゃ一日しかその人と過ごせないうえに、他の日は他の女とイチャイチャしてるのよ!? 怒りと嫉妬で禿げあがるわ!」


「お、おぅ……まあ、そうだな?」


 改めて指摘されると、確かに酷い。少なくとも俺なら、どっちの立場も絶対に嫌だ。想像して顔をしかめていると、楓もまたウンウンと頷いてから話を続ける。


「アタシね、このゲームのこと大好きなの。好きで好きで、何百周したかわかんないくらい好きなのよ! でもだからこそ、あの魅力的なヒロイン達がそんな十把一絡げみたいに扱われるのが我慢できないの!


 だからアタシはモブキャラとして、主人公とヒロインのフラグをぶっ壊していくことに決めたのよ! あの子達にはそれぞれ自分だけの幸せをちゃんと掴んでもらうの! そして今日が、その第一歩だったのよ!」


「……なるほど? つまりさっきのは、俺とお嬢様……ロネットとの出会いフラグを無効にして、あの子が俺に惚れるきっかけを潰したかった、と?」


「そういうことよ! アンタには悪いけど、アタシの目が黒いうちは複数の女の子とイチャコラなんて絶対にさせないからね!」


「……………………素晴らしい」


 伸ばした人差し指を突きつけてくる楓の言葉に、俺は心から感動する。その溢れる想いのままに、俺は楓の手をがしっと掴む。


「素晴らしいぞ楓さん! あんたの考えに、俺はいたく感動した!」


「えっ、えっ!? 何突然、気持ちわるっ!?」


「そういうこと言うなよ。そうじゃなくて、実は俺も、ハーレムとか絶対嫌なんだよ。ていうか、そもそも主人公としてのキラキラムーブが生理的に駄目というか、本来の俺と致命的に噛み合ってないというか……とにかく俺に主人公らしい行動は無理なんだ。


 だから楓さんが積極的にフラグを壊しつつ、俺が助けられないヒロイン達を幸せにしてくれるっていうなら、俺としても大歓迎だし、むしろ全力で協力させてもらいたい!」


「そ、そうなの? それはちょっと、予想外の反応ね。アタシとしては、ふざけるなって激昂するアンタをどうやって宥めるか考えてたんだけど……」


「そりゃこっちの台詞だぜ! ロネットを見捨てるのは嫌だけど、助けて惚れられたりするのも困るからどうしようって散々迷ってたところだしな。この先のヒロイン達も同じように問題解決できるなら万々歳だ」


 俺は楓に向かって、そっと右手を差し出す。すると楓はその手を握り返し、加えてグッと自分の方に引き寄せながら肘を曲げた。


「アタシはハーレム野郎からヒロイン達を救い、全員を幸せにしてみせる」


「俺はヒロイン達を救いつつも恋愛要素からは遠ざかり、平穏無事な学園生活を送る」


「……互いの利害は一致したわね。なら今日から、アンタはアタシの相棒よ! よろしくね、明……いえ、シュヤク」


「こっちこそよろしくな、モブリナ」


「ふふっ、リナでいいわ」


 ガシッと腕を組み合わせ、俺達は約束を結ぶ。これこそが俺と楓……リナとの最初の出会いであり、己の意に沿わないゲームのシナリオに真っ向から勝負を挑む、開戦の狼煙をあげた瞬間であった。

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