え? 失礼ですけど、どちら様で?

 ガタンゴトンと揺られながら、俺は馬車の中でぼんやりと時を過ごす。乗客は他に二人いたが、どちらも特に面識はないので、軽く挨拶をしたくらいだ。


 まあ、それはそうだろう。日本でバスや電車に乗ったときだって、隣の奴に意味もなく話しかけたりはしなかった。本来のシュヤクであれば持ち前のコミュ力で楽しく会話をしたのかも知れないが、俺には無理だしな。


 それにこの沈黙の時間は、考え事をするのに丁度いい。俺は改めて自分が置かれている状況を頭の中で羅列していった。


 まず、この世界というか「プロミスオブエタニティ」というゲームだが、何の変哲もない買い切り型の国産RPGである。課金ガチャや対人のようなオンライン要素はなく、今向かっている広大な王都と、そこにあるダンジョンを基本的な活動範囲として冒険をするという感じだ。


 なので、本来ゲーム的には俺が今いるこの場所は存在していない。クエストを受けて王都の外に出ることはあるが、その場合はクエスト用のごく限られた場所しか移動できず……つまりフィールドマップというのが存在しないのだ。


 が、流石にそこは現実というか、俺は普通に何処とも知れない街道を馬車に揺られている。如何にゲーム転生とはいえ、世界の大部分が存在しない……などということがないのは、正直ちょっとホッとした。


 それとゲームの行動指針というか目的は、3年間の学生生活を経て力をつけ、最後に襲ってくる魔王を倒すことだ。何で学園に魔王が襲ってくるかは……何でだっけ? 多分何か理由があるんだろうが、あんまりよく覚えていない。


(あれ? 卒業する時に襲ってくるんだっけ? それとも卒業後に倒しに行くんだっけ? うーん、わからん……)


 制作には関わっていたし、デバッグの手伝いということで5回ほど通しでクリアしたこともある。が、プロエタの発売は三年前であり、その後も色んな案件に関わってきたので、記憶がかなり曖昧だ。主要なイベントくらいはある程度覚えていると思うが、細かなサブイベントやヒロインキャラのフラグ管理とかは相当怪しい。


(てか、普通こういうゲーム転生って、大好きでやり込んだゲームの主人公になるんじゃないのか? 別に嫌いじゃないけど、特別に思い入れがあるってわけでもないゲームの主人公にされてもなぁ)


 そんな益体もないことを考えていると、不意に馬車がガタッと揺れて止まる。はて? こんなところで止まる理由なんて……あ、そう言えば。


「すみませんお客さん。通りの先で馬車が横転してまして……ちょっと様子を見てきますんで、しばらくお待ちください」


(うわ、これ戦闘チュートリアルのイベントか!)


 思い当たることがあり、俺は何とも言えない気分で顔をしかめる。普通そんなものがあったら即座に迂回するよなぁと考えつつしばしそのまま待つと、程なくして車外から若い女性の声が響く。窓から外を覗くと、そこには必死に叫ぶメイド服の女性の姿があった。


「どうかお助けください! お嬢様が魔物に襲われているんです!」


「いや、そんなこと言われても、私はただの御者ですから、魔物と戦うなど、とてもとても……」


「では乗客の方で、戦える方はおりませんか!? お願いします、どうか!」


「すみません、私は旅の商人なので、戦いは……もしどなたかが救助に向かうということであれば、回復ポーションを三つほど差し上げることはできますが」


「俺も助けてやりてーのは山々だが、前の戦で膝に矢を受けちまってな。どうだ兄ちゃん、もし兄ちゃんが助けに行くなら、俺の武器を貸してやるぜ?」


「あー、えっと…………」


 旅商人風の男と歴戦の戦士っぽい男の二人に水を向けられ、俺は思わず口籠もる。


 当たり前の話だが、本来のシュヤクはこの申し出を二つ返事で受ける。で、颯爽とお嬢様とやらを助け、それが学園到着後の再会に繋がるわけだが……


(どうしよう、行きたくない……)


 まず大前提として、俺は日本では喧嘩もしたことがないような男だ。というか、日本人で殴り合いの喧嘩を経験したことある奴って、実はそれほど多くないんじゃないかと個人的には思ってる。


 なのに、ここから向かう先にあるのは命のやりとりだ。襲っているのは魔物とはいえ、生き物を殺すのはハードルが高いし、そもそもここはゲームそのものではなく、ゲームの設定を反映した異世界。


 つまり、本来なら絶対死なないチュートリアルだろうと、死ぬかも知れない。転生直後に学園にすら着かずに死ぬのはあまりにも嫌すぎる。


 うー、でもなー! これ、見捨てたらどうなるんだ? ゲームには見捨てるなんて選択肢はない……というか勝手に戦闘に入るのでお嬢様は絶対に助かるわけだが、俺が助けに行かなかったら死ぬんだろうか?


 常識で考えれば、まあ死ぬよな。俺が死ぬのも嫌だけど、年端もいかない女の子が死ぬのも嫌だなぁ…………


「…………わ、わかりました。どれだけやれるかわからないけど、やってみます」


 20秒ほど悩んだ結果、俺は助けに行くことにした。ヒロインとかフラグとかはどうでもいい……というかむしろ積極的に避けていきたいところだが、助けられる子を助けないのは、俺の今後の人生において大きな影を落とすと思ったからだ。


「そうですか、ではこれを」


「頑張って来いよ、兄ちゃん!」


 ということで、俺は剣と回復ポーションをもらい、馬車を降りて森の中を走る。その途中で「お嬢様なのに何で護衛の一人もいないんだよ」とか「どうして森の中に入ったんだろう?」という疑問がいくつか頭をよぎったが、所詮ゲームなのでシナリオライターがそこまで細かいことは考えていないんだろうと思いながら、お嬢様が襲われているであろう場所に辿り着くと……


「助けに…………あ、あれ?」


「どうもありがとうございました、見ず知らずのお方」


「いーっていーって! アタシも通りかかっただけだしね」


 そこにいたのは地面にへたり込んでいるのに泥汚れの一つもない綺麗なドレスを身に纏う少女と、その少女にドヤ顔で答えるもう一人の少女……え、誰だこいつ?


「ん? おやおや、随分遅いご到着ねえ、主人公さん?」


「へ!?」


「フンッ! このアタシが来たからには、アンタみたいなチャラ男には、一人だってヒロインは渡さないって言ってるのよ、このハーレム野郎!」


「は、ハーレム!? てか、お前は一体……!?」


「アタシ? アタシは……」


「お嬢様!」


「マーサ!」


 と、そこでようやく追いついてきたメイド服の女性が、お嬢様にかけよってそのまま抱きしめる。


「よくぞご無事で……っ!」


「心配かけてごめんなさい。あちらの方が助けてくださったんです」


「え? この少年ではなく、そちらのお嬢さんがですか?」


「はい。あの、宜しければお名前を……」


「あー! アタシは名乗るほどの者じゃないんで! それよりちょっとアンタ、こっち! こっち来なさいよ!」


「ええっ!? ちょっ、おい!?」


 潤む瞳で問いかけてくるお嬢様に塩対応をした少女が、俺の手をグイグイ引っ張って強引にその場から引き離す。そうして二人の姿が見えなくなったところで、そいつはようやく俺の手を離した。


「ふーっ、ここまでくればいいわね」


「何なんだよお前!」


「言ったでしょ? アタシはアンタのハーレムを阻止するためだけに存在する女よ!」


「ハーレムて。そんなの作る気はこれっぽっちもないんだけど……」


「あらそう? でもアンタ、カイルでしょ? なら――」


「いや、俺の名前はシュヤクだけど?」


「主役? だから主役のカイル……んん? そう言えば何かゲームの時と言動が違うような……?」


「だから俺は……待て、ゲーム? まさかお前……っ!?」


「嘘、ひょっとしてアンタも中身入り・・・・なの!?」


「「えーっ!?」」


 互いの顔を指差しながら、俺達は揃って驚愕の声をあげた。

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