今更「ゲーム主人公転生」かよ!? ~中身おっさんにキラキラした学園生活とかは無理なので、ハーレム拒否して平穏無事な日々を送ります~
日之浦 拓
気づいたら「主人公」でした
新連載始めました! 初日は3話更新しております。
――――――――
「えぇ、マジか……?」
覗き込んだ鏡に映るのは、
「……えぇ、マジか?」
諦めきれず、もう一度呟く。だがさらりとした皮膚はどれだけ触っても脂のひとつもつかないし、ペシペシ叩けば赤くなり、つねれば痛い。自棄になって飛んだり跳ねたりしてみたが、それに合わせて鏡の向こうのイケメンもヒョコヒョコ間抜けにジャンプしてしまったので、もう目を反らすこともできない。
「……嘘だろ、主人公転生って……っ!」
その受け入れがたい現実に、俺は思わずその場でガックリと崩れ落ちてしまった。
「……よし。まずはあれだ、状況を整理しよう」
社畜時代の根性で心の不安を無理矢理押し込めると、俺はとりあえず近くにあったベッドに寝転がり、古びた天井を眺めながら思考を纏めていく。
まず、俺の本名は
勿論、それが本物の記憶である保証はない。実は目の前のイケメンの脳内に湧いたヤバい妄想である可能性も否定はできないわけだが、こんなところで世界五分前説を論じたところで話が進まないので、まずはこういうものだと無理矢理にでも納得しておくべきだろう。
で、このイケメンは誰なのかというと、俺が制作に関わった「プロミスオブエタニティ」……通称プロエタというゲームの主人公である。
そう、主人公だ。ごく平凡な家に生まれたことになっているが、その実色んな秘密を抱え、この世界を命運を握る主人公様なのである。
「何で主人公なんだよ!? 今の流行は悪役令嬢……いや、令息とか、あとはモブとかだろ!?」
天を仰ぎ、俺は思いきり悪態を吐いた。だってそうだろ? 悪役だったら適当に改心するか、あるいは悪事を働かないという選択肢もあるし、そもそもモブなら最初から自由だ。
だが主人公は違う。ここから先てんこ盛りのイベントがあり、やたら大量の女に絡まれ、冒険とか恋愛とか、そういうのを謳歌しながら最後は世界を救わなければならないのだ。
「いやだー! 俺はそんな陽キャ御用達の生活なんてしたくなーい! 家に引き籠もってポテチとコーラでゲーム三昧の日々が送りたーい!」
安物の枕をボフッと顔に押しつけ、俺はジタバタと足をばたつかせる。
嫌なのだ。そして無理なのだ。イケメン主人公ムーブなんて、天然陰キャの俺にはとてもできないのだ。
あー、もうこれ、何もしないでこのまま寝てたら、どっかの戦車乗りRPGみたいに「こうして主人公は旅に出ることなく、田舎で平穏な人生を送りました」エンドにならねーかな? うん、試してみる価値が……
「シュヤクー! 起きてるかーい?」
と、そこで部屋の外から、女性の大きな声が聞こえてくる。が……主役? 何だそれ?
「まさか俺以外の全員が、ここがゲームの世界だって認識してるってことか!?」
驚いて、俺はベッドから飛び起きる。するとすぐにノックすらされず部屋の扉が開け放たれ、俺とは全く似ていない樽のような体型の女性が姿を現した。
「なんだい、起きてるじゃないか! ほらシュヤク、さっさと顔を洗ってきな!」
「お、おぅ…………?」
「ん? どうしたんだいシュヤク?」
「……いや、何でもないよ、母さん。今行くから」
「そうかい? なら早くしな。じゃないと馬車に間に合わないよ?」
「わかってるって」
そう言うと、俺は母さんの脇をすり抜け部屋を出ると、階段を降りて家を出て、更に外まで行って井戸から水を汲み、顔を洗う。
不思議なことに、この周囲の地形とかはわかるようだ……って、不思議でもないのか? 思い出そうとしてみると、ちゃんと
そしてそこで、驚愕の事実が判明する。どうやら俺の名前は「シュヤク」らしい。
(ええ、何でシュヤク? いやまあ、そりゃ俺は名前入力してねーけども……)
プロエタは、最近珍しい主人公の名前を自分で入力できるタイプのゲームだ。そのせいでゲーム内ボイスでは「お前」とか「貴方」とかしか呼ばれないというデメリットもあるわけだが、その辺は個人の……というか、制作会社とかシナリオライターの趣味の問題なので、俺がとやかく言うことじゃないだろう。
だがそれでも、一応主人公には「カイル」というデフォルトネームがあった。何も入力しない場合は勝手にそれが選ばれるはずなのだが……
「シュヤク、シュヤク…………まあギリギリなくもない、のか?」
よっぽど変な名前ならともかく、エセ西洋風のこの世界観なら、シュヤクはそこまで変な名前ということもない。発音も「主↓役↑」じゃなく「シュ↑ヤク↓」だしな。
それにそもそも、気に入らないからといって今更名前を変えられるはずもない。ゲーム的に言うならさっき目覚めた時点で名前入力は終わっていて以後変更は不可能だし、現実として考えるなら、一五歳の子供が「今日から俺は違う名前を名乗る!」とか言い出したら、アホなことを言うなと怒られて終わりだろう。
「ふーっ…………ま、しばらくは身を任せるしかねーか」
押しつけられた理不尽は、抗うよりも受け流す。鍛えられた社畜精神により気持ちを入れ替えると、俺は家の中に戻った。すると食卓にはパンとシチューに加え、太めのソーセージが三本並んでいた。シュヤクの記憶からすると、これはなかなか豪華な食事らしい。
「おー、今日は豪華だね」
「シュヤクが王都の学園に旅立つ日だからね。母さん奮発したんだよ」
「そっか。ありがとう母さん」
「いいさ。我が子の晴れの日くらい贅沢しないでどうするってんだい! ま、次に同じ事をするのは、アンタが嫁さんを連れてきた時くらいだろうけどね」
「ブホッ!?」
突然の母の言葉に、俺は思いきりスープを吹き出す。
「ちょっ、何やってるんだい、汚いねぇ!」
「母さんが変なこと言うからだろ!? ゲホッ、ゲホッ……」
「そうかい? アンタも一五歳なんだし、学園を卒業すれば一八歳なんだ。そのくらいの歳なら、別に結婚してもおかしくないだろう?」
「それは…………」
言われて記憶を探ると、確かに俺のような平民の結婚は、一八歳前後が多いようだ。これが貴族だと下は六歳から上は七〇歳くらいまであるわけだが、それは政治的な意味のあるものなので
そっか、一八歳で結婚は普通か……でもなぁ。
「ごめん母さん、俺結婚とかはあんまり興味ないっていうか……まずは安定した生活を手に入れたいかなって」
「アッハッハ、何を言い出すかと思えば! 稼ぎもないのに嫁さんが迎えられるわけないだろう? そんな当たり前の事、言わなくてもわかってるよ!」
「あー、うん。そうだね」
「心配しなくたって、王都の学園に行けば色んな子と知り合う機会があるし、ちゃんと卒業できれば仕事にだって困りはしないさ。
だから、頑張ってくるんだよ、シュヤク。母さん、応援してるからね」
「母さん…………」
自分を見つめる優しい顔に、俺の胸が知らず熱くなる。ああ、そういえば日本で実家に帰ったのは、いつが最後だっただろうか? 仕事に追われて連絡もほとんどしてなくて……
(ここにいるってことは、多分日本の俺は死んじまったんだよな? ごめん母さん、俺親不孝者だったよ……)
湧き上がるのは、強烈な郷愁と後悔。だが今更それを覚えたところでどうすることもできはしない。重い気持ちに蓋をして、俺は現世の母の顔を見る。
「ありがとう、母さん。うん、俺頑張ってくるよ」
「ああ、いっといで。母さんはいつだって、ここでお前の帰りを待ってるからね」
俺の主観では、今出会ったばかりの女性。だがシュヤクの記憶には、溢れるほどの愛が満ちている。
こうして俺は母さんに見送られ、町外れから出る王都行きの馬車へと乗り込むのだった。
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