第3話 幼馴染と思い出話をする
「私たちは生まれたころからずっと一緒だったよね。
小さいころのこと、覚えてる?
両親同士も仲が良かったから物心ついた瞬間、もう、あなたと二人でいたの。
いつから一緒にいたかなんて、覚えてない。『私』が始まった瞬間にそこにいたのが、あなただもん。
幼稚園でのこと覚えてる?
折り紙で鶴、折ってくれたよね。
でも、嬉しくて持って行ったら他の子にとられちゃったの。
私、泣いたよね。たくさん泣いた。わけがわからないぐらい悔しくて、泣いたよ。
でも何もできなかった。……大人って、子供が大事にしてるもののこと、わかってくれないよね。
ただの折り紙なんだから、あげちゃいなさい。代わりが欲しいならあげるから、って。
何もわかってないよ。
『それ』がどれだけ大事なのか、全然わかってくれない。
『それ』が私にとっての宝物で、『それ』以外は同じ形で、同じ材質で、同じ完成度でも、全然違うものなんだって、わかってくれない。
代わりなんかないんだよ。
誰もわかってくれない。
『それ』が失われた瞬間に、人生がちょっとだけ欠けるあの感覚……
ねえ。
あなたが折ってくれた鶴が失われただけで、私の人生、欠けちゃった。
あなたが失われたら、私の人生は、どれだけ欠けるんだろ。
きっと、もう戻れないよね。
小学校のころのこと、覚えてる?
私、告白されたこと相談したよね。
その時に気付いたの。
もし、誰かがあなたに告白したら?
そして……あなたがそれを受け入れたら?
……想像しただけで、怖くなったんだ。
気持ち悪くなるぐらい怖かった。すぐに吐いちゃうぐらい胸が締め付けられた。
あなたが本当に誰かと付き合ったら、たぶん、こんなもんじゃすまないんだろうなって思ったの。
でも、言えなかった。
告白して私があなたと一緒になれたら、それで全部解決したと思う。
でも、告白して、受け入れられなかったら?
あなたとの関係が悪い方に変わったら、私、たぶん、耐えきれない。
だから、言えなくて。言えないまま、ずっと、ずっと、ずっと、あなたが誰かと付き合うんじゃないかって、不安で……
もう、耐えきれなくって。
……ああ、うん。そうだ。
やっぱり、二人で死ねばよかったんだ。
ねぇ、天国と地獄って、あるかな。
私はたぶん、天国には行けないけど……
死んでから引き離されるの、やだな」
思い出話をして溝を埋めるつもりが、思い出話をしているあいだに相手がどんどんカッ飛んで行ってしまって、もう何を言っているかがわからなくなってしまった。
俺たちは幼馴染だ。でも、相手がこんなクソ重感情を抱いてそばにいただなんて、思ったことなかった。
ヒマワリが誰かと付き合ったら、どう思うか?
自分が欠ける、なんていうふうには、ちょっとだけは思うかもしれないけど、それだけだ。
ここまで思い詰めることはない。
さっきから時間稼ぎのためにヒマワリにばっかり話をさせてるけど、俺がこの状況を安定させるためには、俺自身の気持ちを整理する必要があるのだろう。
俺は『金持ちの犬』か『動物園のパンダ』になりたい。
でも、俺を飼い、飼育するのは誰でもいいのか?
ヒマワリ以外でも、いいのか?
俺は──
ヒマワリのことを、好きなのか?
これを決めてしまわない限り、ヒマワリは『解放』と『心中』のあいだで迷い続けるだろう。
「ヒマワリ、俺……いきなり監禁されて、めちゃくちゃびっくりしたよ」
「……うん」
「いったいどうやったんだ?」
「飲み物に薬、混ぜたの」
「全然気づかなかった」
「私のこと、信じてくれてるんだよね。疑いもしないんだよね。なのに私は、あなたの信頼を利用して……! 私、やっぱりもう、ダメなんだ。もう、あなたの隣にいられないし、死んでも天国と地獄で永遠に離れ離れにされる……!」
「落ち着けよ」
いきなり飲み物に薬盛って監禁してくるヤツ、情緒が不安定すぎないか?
情緒が安定してたらこんなことしないか……
「俺を入れてる檻も、高かったんじゃないのか?」
「十五万円ぐらい。一生懸命アルバイトして溜めたの」
「完全に計画的犯行だったわけか……」
「薬は……私がもらってたやつ」
「体を大事にしてほしいな……」
「優しいよね。でも、誰にでも優しいから、私……! ……ねぇ、もう、私たち、一緒にいられないよね」
「待ってくれ。思い詰めるのはよせ」
「……ごめんなさい。私……もう、消えるね。そうだよね。私なんか、一人で消えるべきなんだ。消えたらきっと、あなたを奪われる不安のせいで眠れなくなることも、こうやってあなたに迷惑をかけることもなくなる……うん……消えるべき……消えるべき……」
『解放』『心中』のほかにもう一つ『消失』のバロメーターが出て来てしまった。
ただでさえ調整が大変なので勘弁してほしい。
……でも、今、ヒマワリが本気で『消えるべき』と言ったことで、ようやく実感できた。
「ヒマワリ、俺、お前に消えてほしくないよ。お前に消えられたら……たぶん、耐えきれない」
「……え?」
「お前のこと、恋愛対象として見たことなかったのは認めるよ。でも、消えられたら、イヤだな。だから……」
続く言葉がなかなか見つからない。
俺は、どうしたいんだろう。
「……だから、お前には、『俺』を見て、改めて決めてほしい。『外面』の、勉強も運動も人付き合いも頑張ってる俺じゃなくって、もっと、素の……」
「……素、の?」
「……お前に監禁されたまま、養われたがってる、俺を」
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