【08-2】事件の結末(2)

その週末、鏡堂達哉きょうどうたつやは午前中の勤務を終えると、昼食を摂った後新藤保しんどうたもつを誘って、8年前に殉職した上月十和子こうづきとわこ刑事の墓参に向かった。

その日天宮於兎子てんきゅうおとこは非番で登庁していない。


いつもなら自分も一緒に行きたいと言い出しそうな天宮が、今回に限って予定を聞いただけだったのを、彼はやや不審に思った。

しかし元々天宮を同行させるつもりはなかったので、その方が都合はよかったのだ。


鏡堂は新藤を車に乗せ、〇山市郊外にある霊園に向かった。

行きの車中では、在りし日の上月の話に終始し、横山夫妻や谷幹夫たにみきお県警公安部長の事件については、話題に上らなかった。

事件の話は、お互いに気づまりと思う気持ちがあったからだ。


広い霊園内は、他に墓参客もなく閑散としていた。

霊園入口の事務所で購入した仏花と線香を墓前に手向け、新藤に続いて鏡堂が手を合わせる。

すると、「鏡堂さん、無茶しないで」という、上月十和子の声が聞こえたような気がした。


――無茶はお前だろう。

そう思って内心苦笑を浮かべた鏡堂は、立ち上がって新藤に顔を向ける。

その途端、言い様のない緊張感が二人の間に走った。


「今日私を墓参に誘ったのは、二人きりで話したいことがあったからだろう?」

「察してらしたんですか」

「顔を見れば分かるよ。

分かりやすい男だからな」


そう言われて苦笑した後、鏡堂は表情を引き締めて言葉を発した。

「何故、谷部長を殺したんですか?

谷さんだけじゃない。

横山夫妻も、中学生三人も、そして<雄仁会>のヤクザどもも」


新藤は、まるでその質問を予想していたかのように、微笑を浮かべた。

「私が答える前に、何故お前がそう考えたか、理由を聞かせてもらおうか」

その挑戦的な言葉を、鏡堂は真っ向から受けて立つ。


「谷さんを除く一連の事件は、すべて4月の誤射事件と繋がっている。

横山夫妻は、被害者の両親だった。

そして倉田というヤクザは直接の加害者であり、そのバックの<雄仁会>も、倉田に襲撃を指示したという点で、加害者と言える」

「中学生三人は関係ないんじゃないのか?」


「直接的な関係はないでしょう。

ただ事件当日、被害者の横山友弘君は、あの三人に富〇町に呼び出された可能性がある。

それ以前から頻繁に呼び出されて、金をせびられていたらしいですからね。


そして三人は事件後、あの日横山君に誘われて富〇町に出掛けた、あなたの息子の優君を、ありもしないことで誹謗中傷した。

その結果、優君は家に引き籠って外に出なくなってしまった」


「よく調べたものだな。

相変わらず油断のならない奴だ」

そう余裕をもって返す新藤の表情が、息子の名前を聞いた時に一瞬だけ翳るのを、鏡堂は見逃さなかった。


「しかし谷さんの殺害だけは、関連性がない。

実は彼が殺される前は、あなたの息子の優君が、一連の事件の犯人じゃないかと疑っていたんですよ。

しかし彼には、谷さんを殺さなければならない理由がない」


鏡堂の言葉に、新藤は僅かに困惑の表情を浮かべた。

「息子が犯人とは、どこからそんな発想が出て来たんだ?

優はお前が言うように、家に引き籠って外には出て来ないんだが」


「それはあなたが家にいる時と、昼間の数時間、家政婦の女性がいる間だけでしょう。

彼女の話では、息子さんは、昼食は欠かさず摂っているそうだから、彼女がいる間は家から出入りしてはいないんでしょうね。


しかし基本的にあなたは、仕事で夜が遅い。

だから家政婦さんが帰った後、息子さんが部屋にいるかどうか、あなたは確認していない筈だ」


「ふん、上野さんにも訊き込みをしたのか。

確かにお前が言う通り、優は部屋に閉じ籠って、呼んでも返事をしないから、実際に中にいるのかどうかは分からんな。

しかし優は犯人ではないよ」


「俺も優君が犯人でないことには同意します。

何故なら彼には倉田と谷さんを殺すことが出来なかったからだ。


倉田の公判は午後一時から行われていたから、その時間に家にいた息子さんには犯行が不可能だった。

それは谷さんの場合も同じで、時間的にも不可能だし、そもそも優君は県警本部に入ることが出来なかった筈だ」


鏡堂の説明を聞いて、新藤は満足げに頷いた。

「優の容疑が晴れたことは嬉しい限りだ。

しかしだからと言って、私が犯人だということにはならないと思うがね。

どうしてお前は、私が犯人だと思うんだ?」


「それは殺害方法ですよ」

「殺害方法?

どの事件も方法は異なっていたと思うが」

そう言って新藤は、挑戦的な眼を向けた。


「確かに方法は見掛け上異なっていますが、基本原理は同じなんですよ。

倉田と谷さんの事件の詳細は不明だが、他の三件はいずれも金属を操っている」

「金属を操る?意味が分からんな。

そんなことはあり得ないだろう」


その反応を予想していたのか、鏡堂は間髪置かずに新藤に返す。

「以前の俺だったら、新藤さんと同じ考えだったと思います。

ただ最近続いた事件で、そんなあり得ないことを嫌という程経験したんでね。

そんなあり得ない力が実在することを、今では疑ってませんよ」


鏡堂の確信のこもったその答えに、新藤は沈黙する。

鏡堂も黙って彼に強い視線を向けた。

二人は暫く睨み合っていたが、やがて新藤が表情を崩した。


「まったくお前という奴は。

こっちの想定を遥かに超えてやがるな。

まあいい。

お前の想像は確かに当たってるよ」


そう言って笑う新藤に、鏡堂は変わらぬ強い視線を向けて言った。

「いいんですか?

それは自分の犯行だと自白したようなものですよ」

その言葉にも、新藤は余裕の笑みで返す。


「構わんさ。

殺害方法を証明出来る筈もないからな。

それが出来ない限り、私を告発することは出来ない。

そもそもお前のその主張を、誰が信じると言うんだ」


新藤の指摘は事実だった。

これまでの事件でも、結局怪異の力の存在を証明することが出来ず、謎のままで放置されている部分が多く残っているのだ。

それが鏡堂には歯痒く、常に忸怩たる思いを抱いている。


鏡堂が沈黙したのを見て、新藤は彼を憐れむように言葉を続けた。

「せっかくそこまで辿り着いたんだ。

お前に私の力について説明してやろう」

その言葉に鏡堂は思わず身構えた。


「お前がさっき言ったように、私は金属の形を思うままに変えることが出来るし、思うままに動かすことが出来る。

直接触れなければならないのが、難点と言えば難点だがね」

「あなたはその力をいつ、どうやって手に入れたんですか?」


「あの誤射事件の後だよ。

優が事件に巻き込まれたと聞いて、〇山署に迎えに行った時、様子がおかしかったんだ。

目の前で友達が射殺されたんだから、無理もないと思ったんだが、それだけではなさそうだった。


そして帰宅した後、優に問い質すと、友達が撃たれた瞬間に、何かに取り憑かれたと言うんだ。

もちろん最初は信じなかったんだけどな。


しかしその夜私に、息子が言うような何かが取り憑くのが、はっきりと分かった。

それがこの力だったんだ。

そしてこの力が宿った時、私は自分に何が出来るのか、はっきりと認識したんだよ」


そう語る新藤の表情は、正に何かに取り憑かれているようだった。

鏡堂はその表情を見ながら、<雨男事件>の犯人であった富樫文成とがしふみなりを思い出していた。

そして強大な力に取り憑かれた人間は、その力に支配され、呑み込まれてしまうのではないかと危惧する。


――天宮はどうなのだろう。あいつもいつかは、富樫や新藤さんのように、力に呑み込まれてしまうんだろうか?

そんな彼の思いを他所に、新藤は語り続ける。


「最初にこの力の強大さを知ったのは、横山夫婦を殺した時だ。

車が私のイメージ通りに、一瞬で潰れ、捻じれたんだ。

私は驚くと同時に、自分の力の強さを実感したよ」

「あの手形には、どういう意味があったんですか?」


「あれは予行演習だよ。

実際にどの程度の効果があるのか、試してみたんだ。

思った以上に綺麗な型が出来て、少々驚いたがね」

その嬉々とした表情に、鏡堂は強い嫌悪感を覚えた。

――この人は、最早正常な精神状態を失っているんだろうか?


「中学生三人の場合はもっと簡単だった。

そしてヤクザ三人も、手近にお誂え向きの鉄柵があったから、それを使って難なく処分することが出来たよ」


鏡堂は<処分>という言葉に引っ掛かったが、それを押さえて、質問を投げ掛ける。

「倉田はどうやって殺したんですか」

その言葉を聞いた新藤は、無言で上着から財布を取り出すと、中の硬貨を掌に載せた。

すると硬貨を握った彼の手から、金属の棒のような物が伸び出てきたではないか。


「もう分っただろう。

あの日私は傍聴人席の最前列、証言台の真後ろに座った。

そしてあのチンピラが人定質問に立ったのを見計らって、細く伸ばしたこれを奴の延髄に打ち込んだのだよ。

そして奴が死んだ後、素早くこれを手に戻したんだ」


「谷さんも同じ手口で殺したんですか?」

鏡堂の問いに、新藤は肯く。


「谷の場合は正面から心臓に突き刺して、その後中でこれを縦横に広げてやったんだ。

そして奴が死んだのを見計らって、個室に押し込み、外から鍵を掛けたという訳だ。

個室の鍵はもちろん金属だから、外から操作して動かすことなど造作もなかったよ」


犯行方法の全容が解明されたのを認識した鏡堂は、表情を引き締める。

「では最初の質問に戻ります。

あなたは何故、谷部長を殺したんですか?」


「お前はそれを私に訊くのか?

お前にも薄々想像はつくだろう」

そう言って自分を見る新藤の眼に、深い闇が過るのを、鏡堂は見たのだった。

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