【04-2】訊き込み(2)
次の訊き込み先は、
場所は〇山市立病院近隣にある、
鏡堂たちが訪問した時間帯は、丁度午前診と午後診の間だったので、比較的来局者が少ないようだった。
彼らの対応をしてくれたのは、その薬局の責任者をしている、永津という中年女性だった。
「本日はお時間を頂いてありがとうございます。
出来るだけ手短に済ませますので、ご協力よろしくお願いします」
鏡堂が挨拶すると、永津は人の好さそうな笑顔で頷いた。
「早速ですが、横山由加里さんはいつ頃から、こちらの薬局に勤務されていたんでしょうか?」
鏡堂の質問に永津は、斜め上に視線を向けて考えを巡らせる。
「そうですね。
正確なことは書類を見てみないと分からないんですけど、多分5年くらい前だったと思います。
確かご主人の転勤でこちらに越して来られて、すぐにうちに応募されたんじゃないですかね。
引っ越す前に住んでいた所でも、調剤薬局に勤めていらしたんで、経験者ということで、すぐに採用されたと思います」
「日頃の横山さんの様子はいかがでしたか?
職場の皆さんとの関係という意味ですが」
その質問に、永津は困った表情を浮かべながら答えた。
「特に周囲とトラブルがあったとかはないんですけど。
ちょっと浮いてたというか、あまり職場に溶け込んでる感じではなかったですね」
「それは横山さんが、あまり職場に溶け込もうとしなかったということですか?」
「はっきり言えばそうですね。
彼女、プライドが高かったので」
「プライドが高かった?」
「はい」
そう答えて、永津は更に困った表情になる。
「横山さん、出身が東京なんですよ。
だから〇〇県のような地方に住むのは、嫌だったみたいで。
そういう気持ちが態度に出ると、一緒に仕事してる他の職員も気分良くないじゃないですか?
だからちょっと浮いてましたかね。
あ、もちろん仕事上は問題なかったですよ」
最後は言い訳がましく付け足して、永津は苦笑いを浮かべた。
「先月息子さんが亡くなったと思うんですけど、その時の様子はどうでしたか?」
天宮がここで話題を転じた。
「ああ、あの時はかなり落ち込んでましたね。さすがに」
「息子さんは暴力団の抗争に巻き込まれた訳なんですけど、それについて横山さんが何か仰ってませんでしたか?」
天宮が更に質問すると、永津は「そうですねえ」と言って、少し考え込んだ後、ゆっくりと言葉を選ぶようにして話し始めた。
「相手の暴力団については、特に聞いたことはないんですけど、学校に対しては随分腹を立てていたようですね」
「学校に対してですか?
理由は分かりますか?」
「はっきりしたことは聞いてないんですけど、どうやら学校に不良グループがいるらしいんですよ。
それで由加里さんの息子さんが、その連中にしょっちゅう富〇町のゲームセンターに呼び出されて、お金をたかられてたみたいなんです。
だから、あの事件のあった日も、その連中に呼び出されたんじゃないかと、彼女は疑ってましてね。
学校がそういう不良を放置してるから、息子さんがあんな目に遭ったんだって、それは憤慨してましたね。
学校にクレームを入れてたんじゃないですかね」
不良グループという言葉を聞いて、鏡堂と天宮は顔を見合わせた。
廃工場の被害者たちが、いかにも不良っぽい服装だったことを思い浮かべたからだ。
捜査を担当している別班の刑事から聞いた情報では、あの三人も横山友弘と同じ中学に通っていた筈だ。
薬局での訊き込みを終え、車に乗り込んだ鏡堂は、
「今から学校に行ってみるか」
と、天宮に告げる。
それに頷きながら、天宮は言った。
「やはり二つの事件は関連すると思いますか?」
「それはまだ分からん。
しかし横山の息子と廃工場のガイシャ三人が、同じ学校だったこと以外の共通点が見つかるかも知れんからな。
とにかく訪ねてみよう」
天宮はその言葉に頷くと、車を目的地である〇山中学校へ向けた。
二人が学校に到着したのは、既に授業が終わって、クラブ活動が始まる時間帯だった。
受付で身分と訪問目的を告げると、すぐに玄関ホール脇にある会議室に案内された。
そして暫くすると、二人の男性が緊張した面持ちで現れる。
二人は教頭の平井と、三年生の学年主任の添野と名乗った。
「今日も又、戸塚たちの事件のことですか?」
着席するなり平井は、警戒感を顕わにして鏡堂に訊いた。
「いえ、今日はその件ではなく、横山友弘君について少しお伺いしたいことがあります。
横山君のご両親が亡くなられたことは、既にご存じですね」
その言葉に二人は同時に頷いた。
「実は我々、今日こちらに伺う前に、実は横山由加里さん、友弘君のお母さんの職場をお訪ねしたんです。
その際に、友弘君のお母さんが、彼の死について、こちらの学校にクレームを入れておられたとお聞きしたんです。
それは事実だったんでしょうか?」
鏡堂に訊かれた二人の教師は、互いに顔を見合わせる。
そして仕方がないという口振りで、教頭の平井が彼に答えた。
「確かにそういうクレームはありました」
「横山さんのクレームは、具体的にどんな内容だったんでしょうか?」
平井は一瞬困った表情で口籠ったが、やがて諦めたように口を開く。
「まあ簡単に言えば、友弘君が事件にあったのは、学校の不良グループに呼び出されて、あそこに行ったせいだということですね。
そして、そういうグループを指導せずに、野放しにしている学校はけしからんと。
我々は決して野放しにしていた訳ではなく、指導すべきところはきちんと指導していたんですけどね。
中々そこのところをご理解頂けなくて。
どう責任を取るんだと言われましてね。
我々も困り果てていたんです」
そう言って実際に困ったような表情を浮かべる平井に、鏡堂は更に訊いた。
「実際にそういうことはあったんでしょうか?
戸塚君たちが、友弘君を呼びだすというようなことが」
「それは分かりません。
横山さんからクレームが来た後、戸塚たちに事情を聴いたんですけど、そんなことはないと否定していました。
ですので、我々としてもそれ以上のことは」
平井がそこまで言った時、隣の添野が彼の脇腹を肘で突く。
それで平井は、自分が余計なことを言ったと気づいたようだ。
それまでの話に、<戸塚>という固有名詞は使っていなかったからだ。
「刑事さん、人が悪いですね。
誘導尋問は止めて下さいよ」
「ああ、これは失礼しました。
けっしてそんな積りはないんです」
鏡堂はそう言って平井のクレームを笑顔でいなすと、質問を続ける。
「横山君のお母さんからは、戸塚君たちの名前が出ていたんですね?
それで彼らに、直接事情を訊いたということですね?」
そう念を押されて、平井は渋々それを認めた。
「実際戸塚君たちは、他の生徒から恐喝をするようなことはあったんですか?」
その質問の答えたのは、添野だった。
「戸塚達三人の素行は、確かにお世辞にも良いとは言えませんでした。
しかし他の生徒から、彼らに恐喝されたというような訴えはこれまでなかったので、戸塚たち本人が否定する限り、我々としましても、それ以上詮索することは出来なかったんです」
「では事件当日、友弘君が戸塚君たちに富〇町に呼び出されたかどうかは、分からないということですね?」
鏡堂がそう念を押すと、添野と平井は同時に頷いた。
それを確認した鏡堂は、平井たちに礼を言って訊き込みを終了した。
「結局二つの事件の関連性については、分かりませんでしたね」
県警本部に帰庁する車中で、天宮がそう問いかけると、鏡堂は難しい表情で肯いた。
「確かに状況が複雑になっただけかも知れんな」
そう口にしたのとは裏腹に、彼の胸中では何故か二つの事件が関連しているという、確信めいた思いが強くなっていくのだった。
県警本部に戻った鏡堂たちは、横山夫妻と〇山中学での訊き込み結果について、
しかしその時、予想外のことが起こった。
最初、横山夫妻の状況について黙って聞いていた新藤が、彼らが〇山中学を訪問したことを聞いた途端に顔色を変えたのだ。
「何故余計なことをしたんだ」
その剣幕に驚いた鏡堂は、
「余計なこととは何でしょうか?」
と訊き返す。
「何故、中学校に行ったんだ。
あの事件は別の班の担当だろう。
それを何故、関係のないお前たちが首を突っ込むんだ」
その言葉に、今度は鏡堂が切れた。
「関係ないとはどういう意味ですか。
俺たちは横山由加里の訊き込みの延長で、中学に行ったんですよ。
別に廃工場の事件に、首を突っ込んでる訳じゃない」
二人の間が突然険悪になったのを、熊本が慌てて間に入って止めた。
そして報告を切り上げ、鏡堂を新藤の執務室から連れ出す。
その後姿に、新藤が厳しい言葉を投げ掛けた。
「二度と余計なことをするなよ」
「何なんだ、あれは」
まだ怒りの収まらない鏡堂を熊本が宥め、それを天宮がおろおろと見ている。
少しして冷静さを取り戻した鏡堂は、新藤の態度に強い違和感を覚えた。
――どうして二つの事件を、頑なに別事件として扱おうとするのだろう?
それと同時に、かつて自分を庇って左遷された、尊敬する上司の変貌を目の当たりにして、悲しみが込み上げてくる。
――この8年間で、新藤さんに何があったんだろう?
口を強く結んで黙り込む鏡堂を、天宮が心配気な表情で見上げていた。
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