【04-1】訊き込み(1)

鏡堂達哉きょうどうたつや天宮於兎子てんきゅうおとこは、車両損壊によって死亡した横山光一よこやまこういち由加里ゆかり夫妻の周辺捜査に当たっていた。

中学生三人の事件は、新藤保しんどうたもつ捜査一課長の方針で別の班が担当することになったからだ。


中学生事件の初動捜査を担当した鏡堂としては、少し納得のいかない面もあったのだが、二つの事件の関連性が見当たらない以上、新藤の方針には従わざるを得なかった。

それでも彼の中では、今は表面化していない事柄が、二つの事件を繋ぐのではないかという、漠然とした予感めいたものが蠢いていたのだ。


その日鏡堂と天宮は、横山光一の勤め先である、〇山市内の医薬品卸売業者を訪ねていた。

その会社は全国規模の大手卸売会社の支店で、県内全体を管轄しているとのことだった。


鏡堂たちを応対してくれたのは、横山の上司だった田宮という、総務課長の肩書を持つ50代の男性だった。

既に初動捜査の段階で、他の刑事が訊き込みを行っていたので、田宮は「またですか」という態度を露骨に示す。


「何度もお手数をお掛けしてすみません。

出来るだけ被害者について、詳細な情報を知る必要がありますので、ご協力下さい」

その手の態度に慣れている鏡堂は、そう言って田宮を宥めると、早速訊き込みを開始した。


「横山さんはご出身がこの県ではないようなのですが、こちらで就職された理由を教えて頂けますか?」

鏡堂のその質問に、田宮は一瞬顔をしかめる。

「社内の人事関連の情報なんで、あまり大っぴらにして欲しくないんですけど」

そしてそう前置きした後、渋々という表情で答えを返す。


「彼は元々、地元の支店でうちに就職したんですよ。

MS、営業職としてなんですけどね。

ただ、ちょっと性格面に問題があって、こっちに転勤になったんですわ」


「性格面の問題と言いますと?」

そう訊かれて、田宮は益々顔を顰めた。


「まあ、感情をコントロール出来ないというか、はっきり言うと短気なんですね。

それでまあ、製薬会社のMRとか卸先とかと色々悶着があって、外回りを続けさせられないという会社の判断で、内勤に回されたんですわ。


ただ、そのまま地元の支店に留まるのは、本人も周りも気まずいということがあって、内勤になる時に、うちの支店に転勤になったんですよ」


――なるほど、問題児を押し付けられたということか。

田宮の渋い表情の意味を察して、鏡堂はそう思った。


「それで横山さんは、こちらに来てからは何か問題はなかったんですか?

例えば周囲の社員との間で、トラブルがあったとか」


「それはないです」

田宮はそう言って、鏡堂の疑問を即座に否定した。

「もちろん人間同士ですから、少しくらい揉めることはありましたが、彼を殺したいと思うくらい憎んでいる者は、うちにはおりませんよ」


「ええ、もちろん社員の皆さんを疑っている訳ではありません。

ただ参考までに、どんなことで揉め事になったのか、教えて頂けませんか?」

鏡堂に訊かれて、田宮は困った表情を浮かべた。

それを見た鏡堂は、横山光一が、実際はかなり揉め事を起こしていたんじゃないかと、つい疑ってしまう。


「まあ、主に経費精算絡みですかね。

横山君はこちらで経理担当になったんで、MS連中と時々揉めることがあったんですよ。


あくまで時々ですよ、刑事さん。

さっきも言いましたけど、そんなことで彼を殺そうなんて思う社員はいませんから」


田宮はそう言うと、最後は言い訳がましく締めくくった。

その様子を見た鏡堂は、心中で苦笑を浮かべる。


「横山さんのお子さんが亡くなった件についてはいかがでしょう?

どんなご様子でしたか?」

鏡堂の隣でメモを取っていた天宮が質問すると、田宮は話題が変わってホッとしたのか、勢い込んで話し始めた。


「ああ、あれは気の毒でしたね。

まさか町を歩いてて、流れ弾に当たるなんてねえ。

運が悪いとしか言いようがないですわ。


横山君は、子煩悩な男でしたからねえ。

そりゃあ嘆いてましたよ。


通夜の席でも激高しましてね。

息子が撃たれた時に一緒にいた子に向かって、怒鳴り散らしてましたからね。

『何でお前だけ助かったんだ』とか、『お前が息子を連れだしたから、こんな目に遭ったんだ』とか。


完全に八つ当たりですよ。

相手の子が気の毒でしたね」


それを聞いた鏡堂と天宮は顔を見合わせる。

<一緒にいた子>というのが、新藤一課長の息子と知っていたからだ。


「それについてですが」

鏡堂が田宮の話を繋いで質問する。

「息子さんの事件の加害者である<雄仁会>に対して、横山さんが何か直接抗議したとかいうことはなかったですかね?」

田宮はその質問に一瞬考え込んだが、言葉を選びながら答える。


「まあ、相手の暴力団に対しては、もちろん激怒してましたけどねえ。

ただ、相手は暴力団ですからねえ。


どうだろう?彼ならやりかねないかなあ。

まあ、可能性がないとは言い切れませんかねえ」


「実際に何か揉め事になっているような話は、お聞きになっていませんか?」

「それはさすがにないですね。

あっても言わないんじゃないですかね」


――<雄仁会>と横山との間で、トラブルがなかったとは言い切れないか。

田宮の言葉を聞きながら、鏡堂は考えていた。

その後いくつかの質問を終えた鏡堂は、田宮に礼を述べて彼の会社を後にした。


次の訊き込み先に移動する車中で、例によって無言で考え込む鏡堂に、天宮が話し掛ける。

「<雄仁会>絡みの線は、完全に否定できないと思いますか?」

彼女の問いに対して鏡堂は、難しい表情を浮かべた。


「否定は出来ないと思うが、可能性は低いだろうな。

お前はどう思う?」

「そうですね。

私も可能性は低いと思います。

何より安藤さんが指摘されたように、暴力団があんな手の込んだ殺害方法を選ぶかという点が、一番引っ掛かりますね」


「確かにそうだがな」

鏡堂は天宮の意見に対して、肯定とも否定とも取れる答えを返すと、まつ無言で考え込む。

その様子に、天宮は密かに溜息をついた。

――この人って、やっぱり取っ付き難いわ。まったく。


同じ時刻、富〇町にある<占い処>の扉を開けたのは、風水師の高遠純也たかとうじゅんやだった。

室内に無遠慮に入ってきた彼を一瞥した六壬桜子りくじんさくらこは、露骨にならない程度に顔をしかめる。


「あまり歓迎されていないようですね。相変わらず」

彼女の表情の僅かの変化も見逃さず、そう皮肉りながら、高遠は断りもなく椅子に座った。

「今日はどのようなご用件ですか?

特に情報交換することもないと思いますが」

対する桜子の反応は、二人の関係を象徴するように、あくまでも素っ気ない。


しかしそれも意に介さないような表情で、高遠は話し始める。

「情報交換というよりは、情報提供と言った方がよさそうですね。

どうやら西門の封印も解けたみたいですよ」


それを聞いた桜子は、少し驚いた表情を浮かべた。

「わざわざ見に行かれたんですか?

そんな一文の得にもならないことをなさるとは、貴方らしくもないですね」


「最近ヤクザどもが、詰まらないいざこざを始めたせいで、商売あがったりなんですよ」

高遠は自嘲気味に答える。


「貴方が煽ったのではないですか?

確か<雄仁会>とかいう破落戸ごろつきの皆さまに取り入って、甘い汁を吸っておられると聞き及びましたが」


「それこそ、そんな一文にもならないことはしませんよ。

私は<雄仁会>組長を使って、東部地区の開発利権に乗ろうとしていただけです。


組長の奥方経由で入り込んで、結構上手く運んでいたんですがねえ。

まさかこのご時世に、発砲沙汰を起こすとは予定外でした。

しかも中学生を巻き添えにするとは。


呆れ果てるくらい、馬鹿な連中ですね。

お蔭で利権の話も頓挫してしまいましたよ。

こちらとしては、まったくいい迷惑ですね」


「わたくしも大変迷惑を被りましたわ。

何しろ、ここの目の前での発砲沙汰でしたから」

そう言って桜子は、高遠に冷たい視線を向けた。


しかし高遠は彼女の視線を意に介さない。

「それはご愁傷さまでした。

とは言え、私のせいではありませんけどね」


「ところで話を戻しますが、西の封印が解けたというのは、事実なのですか?」

桜子の問いに、高遠は大きく肯いた。

「ええ、確実に解けていましたね。

その後、解き放たれた力がどうなったかは知りませんが」


「確か西方を司る金帝の佐は、蓐収じょくしゅうという神でしたか」

桜子は自身の知識を確かめるように、そう自問した。

「その通りですが、蓐収やその眷属は、直接封印には関わっていなかったようですね」

その言葉に、桜子は小首を傾げる。


「私が以前見た時は、蓐収の力の一部を込めた器物が、封印に使われていました。

それが今回は失くなっていたんですよ。

誰かが誤って持ち去ったようですね」

「その器物とは、どのような物だったのですか?」

「そうですね。かなり小さい、銅鐸のような形でした」


その言葉を聞いた桜子は、少し考えた後、傍らに置いた黒いバッグから何かを取り出し、目の前に置いた。

それは表面に黒い錆の浮いた、5cm程の銅鐸だった。

銅鐸は真ん中から、二つに割れているようだった。


「おお、正にこれです。

相変わらず油断ならない人ですね。

これをどこで手に入れたんですか?

まさかあなたが、封印の場所から持ち去ったんじゃないでしょうね」


銅鐸を眼にした高遠が、驚きを口にするが、その言葉を桜子は鼻で笑った。

「わたくしは貴方ほど、物好きでも暇でもありませんよ。

これは銃撃があった日に、現場で拾ったものです」


その言葉を聞いた高遠は「失礼」と言って、二つに割れた銅鐸を手に取った。

そして目の前でそれを繁々と眺めた後、元に戻すと、邪悪な笑みを浮かべながら言った。

「どうやら、蓐収の力は解き放たれたようですね」


「確かにあの日、銃声が聞こえた直後に、強大な力が沸き起こるのを感じました。

それを確かめるために、外に出て、この銅鐸を拾ったのです。

貴方の仰る通り、銅鐸が割れることによって、力が漏れ出したのでしょうね」

桜子は当時を思い出しながら、高遠の言葉を肯定する。


「もしや蓐収の力が解放を望んで、銅鐸を持った者をあの場に誘ったか」

高遠はそう独り言ちた後、用は済んだとばかりに立ち上がった。


「今日は情報提供の積りが、思わぬ収穫がありましたね。

これで三方の封印が解け、残りは東方だけですか。


中央の后土の力が弱まって、益々瘴気が湧きますね。

中々面白いことになりそうだ」

嬉しそうに言った高遠は、部屋を出て行く際に桜子を振り向く。


「そう言えば、ここの噂が結構広がっているみたいですよ」

「何を仰りたいのですか?」

桜子は彼に不審そうな顔を向けた。


「あの男の耳に入るのも、時間の問題じゃないですかね」

「それは、あの左道の陰陽師のことですか?」

そう言って驚きの表情を浮かべる桜子に、高遠は嬉し気に肯いた。


「まさか貴方が、あの左道を呼び込んだりはしないでしょうね」

「私がそんな面倒なことをすると思いますか?

ただあの男が事態を掻きまわすと、何か商売のネタが生まれるんじゃないかと期待しているだけですよ」

しゃあしゃあとそう言い捨てると、高遠は部屋を出て行った。

その後姿を見送りながら、桜子は深い溜息をつくのだった。

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