【03】兇殺(2)

戸塚宏太とつかこうた島本文人しまもとふみと川瀬俊治かわせしゅんじの三人は、〇山市内の工業団地の外れにある工場跡に集まっていた。

既に時刻は夜9時を回っており、中学三年生の彼ら本来なら高校受験のための塾通いをしていてもおかしくない時間帯だ。


しかし彼らは、自分たちの学力では大した高校には行けないと既に見切りをつけていた。

受験に失敗したらしたで、先輩の伝手でとび職にでもなればいいくらいの気軽な気持ちで日々を過ごしているのだ。


この日も遊び仲間の女子たちを呼び出したのだが結局捕まらず、溜まり場にしているこの場所で、特にすることもなくたむろしているのだった。

その廃工場は数か月前に倒産した鉄工所跡で、今の時間帯は周囲の人通りも全く途絶えるので、少々騒いでも警察に通報される恐れのない、彼らにとって格好の隠れ家なのだ。


工場の周囲には、外部からの進入を防ぐために有刺鉄線が張り巡らされている。

しかしそれも所々綻びが出来ていて、彼らのような部外者の侵入を許しているのだ。


三人は1時間近くそこで無駄話をして過ごしていたのだが、さすがに話のネタも尽きて、飽きてきたせいもあって、結局家に帰ろうかということになった。

そしてリーダー格の戸塚宏太が立ち上がって伸びをすると、他の二人もそれに習って立ち上がる。


その時、「プチプチプチ」という、何かが切れるような音がした。

不審に思った三人が音のする方を見た時、川瀬俊治の体に突然何かが巻き付き、彼はそのまま凄い勢いで引っ張られて行った。


そして唖然としてその様子を見ていた戸塚宏太と島本文人の体にも、あっという間に何かが巻き付いて、川瀬と同じように引っ張られて行く。

三人は悲鳴を上げて助けを求めたが、その声は無人の闇の中に虚しく響くだけだった。


翌朝出勤のために廃工場前を通りかかった、近所の工場の従業員によって、三人は発見された。

そして通報を受けて現場に駆け付けた〇山署の刑事たちは、その状況の異様さに目をみはることになった。

三人の中学生らしき風体の男子が、全身に有刺鉄線を巻き付けられ、絶命していたからだ。


その報告を受けた県警本部から、鏡堂達哉ら刑事数名と鑑識課員たちが現着した時、周辺には既に規制線が張られ、廃工場を囲む有刺鉄線には目隠しのブルーシートが掛けられていた。

そして廃工場の中に入り、現場の様子を目の当たりにした一行は、その凄惨さに、一様に顔をしかめる。


中学生と思しき三人が、全身に有刺鉄線を巻き付けられて、苦悶の表情を浮かべている。

恐らくかなりの力で体中を絞められ、苦しんだのだということが、その表情から容易に想像することが出来た。


首周りに巻き付いた鉄線から鋭い金属棘が皮膚に食い込み、かなり出血していることが見て取れた。

体に巻き付いた鉄線も、かなり強い力で絞められように食い込んでいたので、全身骨折を起こしていることも推定された。


「このままじゃあ検視出来ないから、写真撮ったら、バラ線を外そう」

そう言って小林誠司が指示すると、鑑識課員たちは様々な角度から三人の写真を撮り始める。

その間刑事たちは、遺留品などがないか、遺体周辺の捜査に取り掛かった。


暫くして現場写真撮影が終わり、三人の遺体は、地面に敷かれたブルーシートの上に並べられる。

それを取り囲んで見下ろす捜査員たちは、一様に複雑な表情を浮かべていた。


まず被害者三人が、中学生くらいの年齢にしか見えないことに、彼らは心を痛める。

そして次に彼らを困惑させたのが、その殺害方法だった。

状況から見て事故ということはあり得ないので、犯人が何故、この様な殺害方法を採ったのか、彼らには到底理解できなかったからだ。


「死因は恐らく窒息死だろうね」

遺体のそばにしゃがみ込んで検視をしていた小林が、立ち上がった。

そして周囲を見回しながら続ける。

{三人とも顔にチアノーゼが認められるし、眼球突出も典型的な絞殺の症状だしね」


「それは分かるけど、絞殺する積りなら、何で全身をぐるぐる巻きにする必要があるんだろう?

相手を拘束するためだろうか?」

そう呟いた捜査一課の梶木徹かじきとおるに、天宮於兎子てんきゅうおとこが疑問を口にした。

「それだと、少しおかしいような気がするんですよね」


その言葉に、その場の全員が彼女を見る。

その視線を受けて、天宮は疑問の根拠を説明した。


「さっき有刺鉄線が巻かれた状態のご遺体を見たんですけど、鉄線の先っぽは切れてました。

でも反対側は、ここの周囲を囲っている鉄線と繋がったままでしたよね。


そして切れた先っぽが足に巻き付いていて、段々と上に巻き上がって、最後に首に巻かれた後、元の鉄線に繋がっていたと思うんですよ。

それって、巻く順番が逆じゃないですかね?」


「どういうこと?」

天宮の言葉に、鑑識の国松由紀子くにまつゆきこが疑問を差し挟んだ。

天宮は彼女に肯くと、説明を続ける。


「体に巻かれた鉄線が、被害者を拘束する目的だったら、まず胴体を巻いて、その後首に巻くんじゃないかと思うんですよ。

でも、さっきの状況だと、まず首を巻いて、その後胴体から足までぐるぐる巻きにしたことになりますよね」


「逆に切れた先から、根元の順に巻いたということも考えられないか?」

梶木が天宮に異論を唱えると、彼女に替わって国松がそれに反論した。

「柔らかい紐じゃないから、鉄線でそれをやると、凄く巻きにくいんじゃないかな。

相手も相当抵抗するだろうし」


そのやり取りを聞いていた、他の刑事が口を挟む。

「銃か何かで脅しながら、ガイシャを拘束したんじゃないかな?

そうでないと、相当抵抗されると思うよ」


「確かにその方法だったら、足から首に向かってバラ線を巻くことも出来るな。

そんなことをする目的は、全く分からんが」

梶木がその意見に賛同して言った。


そしてそのやり取りを聞いていた刑事たちは、無言で考えを巡らせている。

――そもそも、何故有刺鉄線を使って被害者を絞殺しなければならなかったのか?

それが全員に共通する疑問だった。


「ここで議論しても始まらん。

とにかく周辺の状況を、徹底的に調べるんだ」

その時班長の熊本達夫くまもとたつおの言葉が、捜査員たちの意識を現実に引き戻す。

確かに今は、現場の状況確認と遺留品の捜査が優先だった。

捜査員たちは熊本の言葉に頷き、現場の捜査に散っていった。


暫くして周辺の捜査に当たっていた天宮が、鏡堂を呼んだ。

「鏡堂さん、こっちに煙草の吸殻が落ちています」

鏡堂が見ると、確かに10本近い吸殻が、1m四方の狭い場所に集中して落ちている。

銘柄もバラバラだった。


「ここで固まって、煙草を吸っていたのかも知れんな」

そう言って鏡堂は鑑識課員を呼び、吸殻の写真を撮影後、回収するよう依頼する。

その時鏡堂は、付近に何かを引き摺った痕があるのを認めた。

それは吸殻が落ちていた場所から、遺体が放置されていた場所まで続いている。


天宮もそれに気づいたようで、痕跡を眼で追っている。

「ガイシャたちを、ここからあそこまで引き摺って行ったんでしょうか?」

「その可能性はあるな」

そう答えた鏡堂は、吸殻を回収し終わった鑑識課員に、その痕跡の写真撮影を依頼した。


鏡堂たちの現場到着から約1時間後。

現場検証は終了し、三人の遺体は司法解剖に回されることになった。

幸いなことに、遺品と思われる携帯電話にロックが掛かっていなかったため、被害者の親とは、すぐに連絡を取ることが出来た。

電話口で狼狽える親たちをどうにか宥め、遺体の確認に来てもらうよう依頼した後、刑事たちは現場から撤収して、それぞれの仕事に戻っていった。


現場から撤収する車内で、鏡堂は無言で考え事に耽っていた。

――前の事件と今回の事件の間に、何か繋がりはあるのか?

そして運転席の天宮も同じことを考えていたらしく、前を見ながら鏡堂に問いかける。

「先日の事件と、今日の事件に関連性があると思われますか?」


「分からんな。

少なくとも共通点は見つかっていない」

鏡堂の答えに天宮は肯く。


「確かにそうですね。

今日のガイシャ三人と、先日のガイシャの息子が、同じ中学に通っていたことくらいですからねえ」

天宮の呟きに、鏡堂は思わず目を剥いた。

「お前、何故それを知っている?」


「さっき一人の子の親に連絡した際に、中学の名前を聞いたんですよ。

その中学が、あの発砲事件で亡くなった横山君と同じだったんです。

私、横山君の現場にいたんで、よく憶えてるんですよ」


彼女の答えを聞いた鏡堂は、思わず唸った。

「うーん、同じ中学か。

まあ、それだけでは関連してるとは言えんな」


そう言いながらも鏡堂は、嫌な予感を抑えきれない。

そもそも2つの事件の犯行方法が、常軌を逸しているのだ。

――また何か神だの、霊魂だのが関わってるんじゃないだろうな。

そう思うと鏡堂は、うんざりした気持ちを抑えきれないのだった。

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