【02】合同捜査会議

事件の翌日、〇山署において県警捜査一課と〇山署捜査一係による、合同捜査会議が催された。

前段中央には、直接操作の指揮を執るために、新任の捜査一課長新藤保しんどうたもつが陣取っている。


そしてその隣には、4月の組織改編で刑事部長に昇進した、高階邦正たかしなくにまさも臨席していた。

そのことが集まった捜査員たちの緊張を、否応なしに高めていたのだ。


「会議を始める前に、私から一言諸君らに伝えることがある」

会議冒頭に立ち上がった高階は、おもむろに口を開いた。


「諸君らも知っている通り、昨年来〇山市内では、過去に類を見ない凶悪事件が連続して発生している。

そしてそれらのいずれもが、犯行動機や方法が不明のまま現在に至っている。


このことに一般市民は不安を憶えているだけでなく、市民からの警察への信頼を著しく損なっていると言わざるを得ない。

県警上層部、引いては警察庁も、この点に憂慮していることは言をたない。


そして今回の事件も、過去の一連の事件と同様に、複雑な状況であると聞き及んでいる。

しかし諸君らはそのような状況に翻弄されず、事実を積み上げて真相を解明し、必ず事件を解決に導いてくれ。

私からは以上だ」


そう言って捜査員一同を鋭い眼で見回し、高階は着席した。

その言葉を聞いて、鏡堂達哉きょうどうたつやは、相変わらず狸だな――と思った。

何故なら昨年来起こった四つの事件の真相について、高階にだけは報告していたからだ。


もちろん彼の立場からすれば、犯行が<神>や<霊魂>の力によって引き起こされたなどということを、公式に認める訳にはいかないだろうということは理解出来る。

しかしそれを承知しながら、平然と檄を飛ばす高階の図太さに、鏡堂は苦笑せざるを得ないのだ。


「それではガイシャ周りの捜査結果から報告してくれ」

高階に続いて、県警一課捜査班長の熊本達夫くまもとたつおが、例によって会議を進行し始めた。


「捜査一課の天宮です」

立ち上がって先陣を切ったのは、天宮於兎子てんきゅうおとこだった。


「ガイシャの身元は、所持品の運転免許証から現場である〇山市池内町2丁目在住の、

横山光一、由加里夫妻と思われます。

ただ、横山夫妻の近親者が遠方に居住しているため、最終確認は本日午後になる予定です。


なお、夫妻それぞれの勤務先に問い合わせたところ、両人とも本日は無断欠勤しており、連絡も取れないとのことです。

現場で発見された携帯電話は、いずれも破損が酷く使用出来ない状態でしたので、連絡が取れない原因はそれかと思われます」


「横山夫妻に親や子供はいないのか?」

新藤からの質問に、天宮は一つ肯いて答える。

「横山夫妻は何れも県外出身で、両親や兄弟は他県で暮らしています。

本日午後、それぞれの近親者が遺体確認に来てくれる予定になっています。

そして子供ですが」

そこで言葉を切った天宮は、一瞬の間の後、言葉を繋いだ。


「横山夫妻には、友弘君という中学三年生になる息子さんがいました。

子供はその友弘君一人です。


そして彼は、本年4月に富〇町で発生した、暴力団<雄仁会>組員による、<寺山組>組員狙撃事件の際に、巻き添えとなって死亡しております」


その報告を聞いた刑事たちの間に、小さなどよめきが広がった。

彼らの記憶に新しい事件であると同時に、新藤保の息子がその場で被害者と一緒に事件に巻き込まれたことを、会議室の誰もが知っていたからだ。

当の新藤は、天宮のその報告を聞いても、無言で表情すら変えない。


「天宮刑事、他に報告はあるか?」

現場のざわめきを鎮めるように、熊本が質問を投げる。


「ガイシャが閉じ込められていた乗用車ですが、積まれていた車検証と保険証書から、横山光一が所有するものと一致しております。

以上、報告終わります」

天宮がそう締めくくって着席するのを見て、〇山署捜査一係の加藤和夫が立ち上がった。


「〇山署の加藤です。

ガイシャ二人の死因ですが、司法解剖によりますと、全身の圧迫骨折及び多臓器破裂が主な原因との結果が出ています。


つまり圧死です。

現場の状況から、車両ごと圧し潰されたと思われます」


「それ以前に、別の原因で死亡していたということはないのか?」

新藤からの質問に、加藤は首を横に振った。

「いえ、遺体の損壊状況及び生命反応から、他の要因による死亡はないという、法医解剖医の判断が出ています」


その報告を聞いて、現場を直接見た捜査員たちから溜息が漏れた。

被害者たちが車ごと圧し潰されたという、想像を絶する状況が、現実となったからだ。


加藤が着席すると、今度は鑑識課員の国松由紀子きにまつゆきこが立ち上がった。

「鑑識からは事故車両の損壊状況について報告します」

そう言って国松は、手にした資料を繰りながら説明を始める。


「車両の損壊部位ですが、前部のエンジンルーム及び後部のトランク部位には破壊された形跡がありません。

損壊は前後の座席部分に集中しています。


そして損壊状況ですが、上下左右から同時に圧力が加わって、躯体全体が圧迫されたと推定されます。

それと同時に、捻る力も加わっています。

簡単に言えば、雑巾を両手で絞る動作を想像して下さい」


国松の説明に、会議室から、「バカな」という声が上がった。

現場を見ていない捜査員が発したものだろう。

国松は声のした方向を、眼鏡越しに一睨ひとにらみする。

「信じられないという気持ちは分かりますが、鑑識の検証結果は科学的事実です」


「何か機械のような物で、そんな風に車体に圧力をかけることは可能なのかね?」

そこで熊本が、国松に睨まれた捜査員に助け舟を出した。

「可能性としてはあり得ると思います。

ただ、その場合は、別の場所でそのような機会を使って車体を破壊し、その後現場まで運んで放棄したことになりますね」


彼女の説明を聞いて、会議室全体に沈黙が流れた。

犯人がどのような理由で、その様な手間暇かけた方法を採ったのだろうと、全員が考えていたのだ。


その時鏡堂が挙手して発言する。

「例の手形の件はどうなりましたか?」

その言葉に、現場で手形を見た刑事たちが肯いた。


その質問に対しては、国松に替わって小林が答える。

「あの手形は事故現場でも言ったけど、物理的にちょっとあり得ないですよ。

手で屋根を押さえたらへこむかも知れんが、あんなにくっきりと手形が残ることはあり得ない」


「指紋はどうでした?」

今度は別の刑事が質問した。

「指紋ははっきり残ってました。

しかし過去のデータに該当する指紋はなかったですね」

その答えに、多くの刑事たちが落胆する。


「方法はさておき、犯行動機はどうだ。

ガイシャが暴力団の発砲事件の被害者の親ならば、<雄仁会>との間で、何かトラブルがあったと考えられないか?

例えば損害賠償のことで揉めていたとか」

新藤の質問に手を挙げて立ち上がったのは、県警捜査四課を代表して会議に参加している安藤恭一あんどうきょういちだった。


「それについては、捜査四課の安藤から説明します。

ガイシャである横山友弘君の損害賠償請求ですが、現在発砲犯である<雄仁会>構成員倉田健くらたけんの刑事裁判が始まったばかりですので、民事請求は刑が確定した後ということになります。


つまり被害者側と<雄仁会>の間で、民事訴訟は現在発生していません。

従ってそのことが原因で、<雄仁会>が横山夫妻に危害を加えるということは、考えにくいと思われます。


そもそもヤクザは、今言われているような複雑な殺し方はしません。

連中はもっと単純です」


安藤の説明は、捜査員たちの納得のいくものだった。

ヤクザ同士の揉め事でない限り、発砲事件の被害者が、加害者から怨まれるということは常識的に考えにくいからだ。


安藤の説明に肯いた新藤保しんどうたもつは、当面の捜査方針について指示を行う。

「まずはガイシャの周辺の訊き込み、特に事件前日の行動について、徹底的に洗ってくれ。


それから鑑識課員の説明にあるような方法で、車を破壊出来る機械の特定。

そして念のために、<雄仁会>についてもマークしてくれ。

必ず犯人を検挙するんだ。いいな」


新藤の檄に、捜査員たちが一斉に頷く。

しかし彼らの意気込みに反して、やがて事件は益々複雑な様相を呈していくのだった。

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