第陸話 天道のご挨拶

 烏丸は屋敷に戻って廊下の奥にある自室に入り、中央に置かれた豪華な椅子に深く腰掛けた。


 長男が斎藤清香を気に入ったと言うので縁談をくれてやったというのに、あろうことか愚かな父親は断った。


 この烏丸家を継ぐ立場にある雄雅が縁談を断られたなど、口が裂けても住人たちに知られるわけにはいかない。


 両親を人質にとれば清香は言いなりになると考えたが、まさか都まで逃げて暦法隊に助けを求めるとは思わなかった。決して安くない報酬を渡している腕自慢たちが、ひとりの小娘すら捕まえられないとは。


 長男の雄雅が廊下を小走りでやって来た。息をあげて興奮気味のようだ。



 「父上、暦法隊士を地下牢に閉じ込めました!」


 「それでいい。このまま斎藤もろとも餓死させてしまえ。娘のことは諦めろ」


 「そんな、清香はもう私の妻ですよ? 必ず見つけ出します」


 「都で暦法隊に保護されているのであれば、そう簡単に連れ帰ることはできんぞ。それこそ目を付けられたら面倒になる」


 「嫌です!」


 「あんな小娘の代わりくらい、どこにでもいるだろう」


 「ならば、とびっきりの美人を連れて来てください。そうでなければ私は妻とは認めません」



 まったく、この馬鹿息子はいつからこんなに女好きになったのだ。


 烏丸が支配する地域では、清香が一番の上玉であることは事実。その代わりとなると、この辺りでは見つからないだろう。


 まあいい。どこかで見つけてさらってくれば済む話だ。


 息子はこの烏丸を継ぐのだから、妻になる女は誰もが羨む人物でなければならない。


 すでに斎藤夫妻を人質にしておく理由もないし、あの風早という暦法隊士の後始末も面倒だ。このまま地下牢で死んでもらおう。



 「父上、何やら外が騒がしいようです」


 「馬鹿な。あの鉄扉は特注したものだ。あの若い隊士に破壊できるとは思えん」


 「しかし……」


 「ええい、うるさい。腹が減った。何か食事を用意させよ」



 だが、廊下を駆けて来たのは目つきの悪い男のひとりだった。



 「天道だ! 天道が乗り込んで来た!」


 「何だと!?」



 天道は天ノ都を守る暦法隊士の中でも屈指の強さだと聞いている。そんなやつがたとえひとりで乗り込んで来たとしても、あの若い暦法隊士とはわけが違う。


 烏丸は椅子を離れて廊下を早足で進んだ。開いていた玄関扉から外を覗くと、長身細身の男が立っていた。


 武器を持たず、灰色の着物に草履を履いたどこにでもいる若者だ。


 しかし、その男と目が合うと身体が硬直し、身動きがとれなくなった。


 周りを囲む数十の武器を持った男たちでさえ、その場で立ち尽くすだけ。


 この人物に襲いかかるとただでは済まない。そう本能が叫ぶ。



 「これは失礼。私は暦法隊天道如月、久城李穏という者だ。私の弟子がお邪魔しているはずだが、どこにいるかご存知か?」



 弟子? あの若造が天道の弟子だというのか?



 「先ほどまでおられましたが、何も異常がないと見届けられ、お帰りになられましたよ」



 烏丸は天道を敵に回すことが何を意味するかを知っている。決して敵に回すことはしない。



 「それはおかしい。まだこの近くにいるはずだ。例えば、あの鉄扉の向こうに……」



 駄目だ。すべてを見通されている。


 烏丸は暦法隊士、それも天道に対して嘘をついたことになる。


 もう、これまでだ。



 「貴様ら、その天道を殺した者には格別の報酬をくれてやる! 一生贅沢ができるだけのな!」



 烏丸の魂の叫びを李穏は冷たい目で射抜く。


 烏丸は足から力が抜けて屋敷の玄関先で尻餅をついた。


 李穏の周囲の空間が歪んで見え、武器を構えた男たちがことごとく倒れていく。


 何が起こっている?


 あの男は武器を持っていないどころか、まったく動いていない。それなのに、数と力では負けないはずの悪党どもが一瞬でやられた。


 李穏は穏やかな表情のまま、腰を抜かした烏丸の方向へと歩みを進めた。そして、すぐ前で立ち止まって見下ろした。



 「斎藤清香により暦法隊に進言があった。烏丸の悪事はすでにお上に伝わっている。これまで苦しめてきた民に謝罪し、しかとその罪を償うことだ」



 烏丸は何も言い返すことができなかった。


 李穏は軽蔑の目を逸らすと鉄扉に向かった。



 「いくら天道といえど、その鉄扉は壊せんぞ! お前の弟子と愚かな斎藤たちは二度と外に出ることはない! 朽ち果てて死ぬのだあ!」



 烏丸の最後の叫びを隣にいる息子は無表情で眺めた。偉大だった父の情けない姿に失望したのか、権力をすべて失うことになる事実に心を閉ざしてしまったのか。



 「確かに固そうだ」



 李穏は大太刀を空から引き抜くと左から右に一振り。鉄扉は、ばきばきと音を立てて横に斬れ、上下ふたつに離れて手前に倒れた。



 「馬鹿な!?」



 これが天道か……。噂に聞いていた以上の力だ。


 李穏は「失礼」と一言挨拶をして、暗い階段を降りて行った。



 「お前のせいだぞ、馬鹿息子」


 「知るものか。力のない家に未練も何もない」



 終わりだ。


 馬鹿息子が斎藤清香を気に入ったせいで烏丸は終焉を迎える。


 絶対に許さぬぞ、あの女だけは。

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お天道様の弟子 がみ @Tomo0

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