第伍話 力不足
「そこを調べさせてほしいんだけど」
「ここは駄目だ」
伊吹は烏丸の屋敷を出て建物の裏側に周り、まずは納屋の中を調べた。そこには価値がありそうな骨董品や掛け軸などが保管されていたが、人がいる気配はなかった。
納屋を出て他を当たろうとすると、烏丸の敷地に入ったときにぞろぞろ集まっていた悪党らしき男たちがある場所にまた集まっていた。その場所に近寄ってみると、岩壁に鉄製の扉がついていた。
いかにも怪しいと思い中を調べようとすると、男たちが立ちはだかって扉を開けさせようとしない。
この先に目的のものがあると自白しているようなものだが、ここから先は力でこじ開けるしかない。しかし、これはいつも師匠から言われることであり、結論を急いでは事実を見誤ることがある。
暦法隊士として無闇に力を振るって、この中にあったものが清香の件と無関係だったら問題になる。
「この中に何が?」
「何もない。だが、この先は烏丸様のみが立ち入ることができる神聖な場所だ。暦法隊士でも入ることは許されない」
「構わない」
烏丸が屋敷を出て様子を見に来たらしい。
「烏丸様、よろしいのですか?」
「
伊吹に対して腰が低い烏丸だが、長男と同じで目が笑っていない。
烏丸の指示で鉄製の重い扉は開け放たれた。伊吹はゆっくりと扉の奥を覗いたが、外界の光がほとんど届かない内部はよく見えなかった。わかることは、扉の内側は下へ向かう階段になっており、地下へ続く空間になっているということだけ。
「どうぞ、お調べになるのでは?」
伊吹はその先へと足を踏み入れることを躊躇したが、烏丸の挑発に乗って一歩進んだ。階段を三段ほど降りると、途中に灯が見えた。この暗い道を照らすため、一定の間隔で松明が壁に設置されているようだ。
これなら先へ進むことができる。
「誰かいますか? 暦法隊です! 聞こえたら返事を!」
階段を降りながら伊吹は深く続く先へと声をかけた。彼の声は狭い壁に何度も跳ね返ってやまびこのように反響する。
「助けてください!」
その声は確かに伊吹の耳まで届いた。
「すぐに向かいます! 待っていてください!」
伊吹は階段を踏み外さないように、かつできるだけ素早く下へと駆け降りて、空間の最深部に到達した。そこは狭い部屋のようになっており、伊吹の目の前には鉄製の柵があった。その柵は両側と上下が岩肌に突き刺さっており、この場所は人を捕えるための牢屋になっていた。
階段にあったものより大きめの松明がふたつ両端にあり、狭い空間を明々と照らす。
怯えた表情でこちらを見るのはふたりの男女で、彼らは汚れてところどころ破れた着物に身を包み、男は女を庇うように前に立った。
「暦法隊士の風早伊吹です。斎藤清香さんの……」
「清香は無事なんですか!?」
「はい、清香さんは無事保護されました。娘さんからの依頼で俺はここに来ました。あなたたちを助けるために」
「よかった……」
伊吹の読み通り、清香の両親は烏丸に捕えられていた。
彼らは安堵からか足の力が抜けて土の地面に腰を落とし、身体を寄り添った。
「すぐにここから出します。もう少しの辛抱です」
伊吹は牢屋の開け方を探ったが、南京錠で施錠されており、鍵がなければ簡単に開きそうにない。
ならば、牢屋ごと破壊するしかない。
「できるだけ後ろに下がってください」
清香の両親は牢屋の奥へと下がり隅に身を寄せて屈んだ。
伊吹は刀を召喚し、両手でそれをしっかり掴んで振り上げた。刃に風が纏い、それを振り下ろす。
天能の風が牢屋を襲い、狭い空間で爆風が吹き荒れたが、鉄の柵はびくともしなかった。風は柔らかいものを簡単に切り刻むが、固いものに対しては効果が薄い。刀の力だけで切り刻めるものでもない。
「駄目か」
ふたりを救うためには烏丸から鍵を奪うしかない。やはり話し合いでの解決は難しい。
当初の決意がほぼ崩壊したところで、階段を降りて来る大勢の足音が聞こえた。まだ姿は見えないが、先ほど男たちがこちらに向かっている。
理由は簡単だ。清香の両親を伊吹ごと消そうと考えている。
この場所なら見つかることはないから。
「先手必勝か」
伊吹は刀を力一杯に階段に向けて振り抜いた。風の斬撃が階段を駆け上がり、代わりに悲鳴が落ちて来た。数人の男は階段を転がり下りて牢屋の空間まで落ちる。
この一撃で全員を倒したとは思えない。
「必ず助けるから、待ってて!」
伊吹は階段を駆け足で上がり、倒れている男たちを避けながら鉄の扉を目指す。予想より男たちの数は少なく、本気で伊吹たちを殺そうとは考えていなかったのかもしれない。
だが、その考えは甘かった。階段の最上部がまで到達したが、扉が閉められて外界の光は完全に遮断されていた。
「閉じ込められた」
伊吹は刀を構えたが、この扉は地下にある鉄柵より遥かに頑丈で厚い。この力で破壊できるわけがない。
どうすればいい……。
この状況を打開する方法はもはや思い付かなかった。
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