第肆話 烏の知恵

 伊吹が持つ天能てんのうは風を操る能力、風祭かぜまつり。その能力で刀に風をまとって斬撃を放つこともできる。


 この世界には三種類の能力が存在する。そのうちのひとつが天能であり、生まれながらに天から授けられたその人だけの力。それを持つのは選ばれた者のみで、天能を持たずに生まれた人間はどれだけ努力を重ねても天道になることはできない。


 天道と呼ばれる李穏たち上位五名の隊士は天能に優れ、その他の能力も高い次元まで鍛え上げている。


 しかし、あまりにも強力な力のためか普段目にすることはなく、弟子である伊吹でさえ李穏の本当の力は見たことがない。


 武器を召喚する能力は地能ちのうと呼ばれる部類の能力で、誰もが後天的に鍛錬することで得られる能力である。地能にはその他にも様々な種類があり、天能を持たない暦法隊士はその能力を鍛えて力をつける。


 天ノ都から伊吹が風に乗って到着した地域は、広大な土地にある烏丸の屋敷と嵐が来ると簡単に壊滅しそうな古い木の家が並んだ場所だった。空から見下ろすと、都とはその景色がまったく異なる。


 空を飛んで来ると遠くはないように思えたが、清香のように怪我をした状態で走れば都までの道のりは長く感じたことだろう。



 「ここか……」



 屋敷の門の前に降り立った伊吹は立派で巨大な門と周囲の民家を比べて烏丸がどういう人間かを知った。


 師匠が言う通り、権力と富を我がものとし、この地域の人々から搾取することで自らは贅沢三昧をしている。


 非常に腹立たしく、できることなら大暴れしたいところだが、短絡的な行動は師匠から禁じられているので、まずは冷静に話し合いをして解決することを目指したい。


 伊吹はひとつだけ大きく深呼吸をすると、心を整えた。



 「誰かいますか!」



 伊吹は木でできた門戸を拳で叩き、声をかけた。数秒して、中から人の気配がした。



 「何の用だ?」



 若い男の声だった。


 その声には敵意が含まれており、扉が閉まったままで姿を見ずとも危険な雰囲気の人物であることがわかった。



 「暦法隊の者です。領主烏丸様にお会いしたいのですが」


 「暦法隊? 要件は?」


 「それは直接話します」


 「待っていろ。確認する」



 こちらが暦法隊士だと知っても態度を変えないとなると、今話した男は少なくとも地域の住民ではない。


 烏丸が独裁政治を行うような人間ならば、暦法隊の訪問はこの状況を変える好機。きっと動揺して声色が変わるはずだ。


 李穏のもとで修行することで、戦闘だけでなく思考力も向上させることができた。師匠のように狡猾で冷静な隊士でいなければ天道には選ばれない。


 それから数分して再び門の向こうから声がした。



 「烏丸様から許可が出た。入れ」



 烏丸の許可を得たことで、巨大な門に備え付けられた戸が開いた。


 顔を出した男は想像の通り目つきが悪く、頬には古傷があった。やはりただの住民ではなさそうだ。


 戸を潜ると目つきの悪い彼は戸を閉めて施錠した。門の先は庭になっており、その先には木造の立派な建物があった。陽の光を浴びて瓦屋根の銀が明るく笑っており、伊吹の進む道を示すように人相の悪い男たちが左右に並んだ。


 両側から睨みを利かせて伊吹を威圧する男たちの間を通り抜け、建物の玄関の戸まで辿り着くと、中から誰かが戸を開けた。



 「これはこれは暦法隊士様。わざわざこのような辺鄙へんぴな地までよくお越しになられました。どうぞ」


 「失礼します」



 外にいる者たちとは異なる雰囲気の若い男が、伊吹を丁重に迎え入れた。これ見よがしに煌びやかな装いがこの男の見栄を表している。



 「私は烏丸家の長男、雄雅ゆうがと申します」


 「風早伊吹です」



 この男が烏丸の長男。外面を繕ってはいるが、目がまったく笑っていない。本性はまだ不明だが、清香が縁談を嫌ったことは十分理解できる。


 長い廊下を抜けると奥の部屋はふすまが開け放たれていて、その部屋の中央に烏丸はいた。玉のように腹が太っており、住民から搾り取った富でいいものを食しているらしい。


 椅子に深く座るその姿はまるで殿様のようだ。


 おそらく外にいた男たちは烏丸が雇った用心棒。それも、悪事を厭わない悪党たちだろう。


 冷静な話し合いで解決ができるとは到底思えないが、それでも天道の弟子として努力はしなければならない。



 「斎藤清香からの申し出により来ました。両親を引き渡してください」


 「風早様、斎藤清香の嘘を信じてはいけません。清香は烏丸に嫁いだ身です。気に入らないことがあったからと勝手に出て行き、暦法隊士様を利用して自分の身を守ろうとしているだけです。むしろ清香を連れ戻してほしいくらいですよ」



 烏丸は演技をしながら自らの潔白を主張した。



 「彼女は酷い怪我をした状態で助けを求めて都まで来たんです。暦法隊に嘘をつくことが大罪であることは知っていますよね?」


 「ええ、それはもう承知しています。ですから、私が言うことは嘘ではありません」


 「では、敷地内を捜索しても?」


 「構いません。どうぞご自由に」



 烏丸が見せる余裕が気になるものの、両親を見つけさえすれば本性を表すだろう。


 伊吹は形だけのお辞儀をして部屋を去った。


 廊下を戻り玄関から外に出ると、先ほど並んでいた人相の悪い男たちは見当たらなかった。


 何かを企んでいるのか。


 伊吹は警戒しつつ、広大な土地を捜索するために行動を開始した。

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