第6話 我輩は狛(こま)である。名は……。

 

 

 我輩はこまである。名は、一応ある。


 我輩は一見すると白狼である。場によっては目立たぬように毛色を変え、大小を変え、人型にも変化へんげする。


 あるじの名はカリル・フェインという。面妖にして怜悧であり、癖の有る言葉を遣い、そして狛使いが荒い。


 我輩は主に勝てる気はせんな。当然主により喚び出されし存在なのであるからして、主を上回れる筈も無いのだが。


 我輩の任は主の世話である。主は奔放故、些事は気にせぬのだ。……怜悧とは? と問うてはならん。言わぬが花、知らぬが仏よ。


 我輩は主によって増えもすれば減りもする。然し、我輩は我輩である。各々おのおの別個ではあるが、記憶や経験等の蓄積は同一となる。


 主は何と言っておったか……常にしとるから同期が取れてるんよ、だったか。優れた管理の為された蔵を一族で使っているようなものだな。


 故に我輩達は複数で一つの事案をこなす時もあれば、散開し多方面の事柄を同時進行で処する時もある。


 その場合の連携も齟齬無く実に速やかである。これも同期とやらの賜物と言えよう。



 現在の主はとある国の王子の下で冥土……否、という呼び名の侍女をしている。


 あの主が侍女の真似事など出来るのかと、忠実なる下僕しもべの我輩ですら甚だ疑問ではあったが。


 実はどうと言う事は無い、件の第三王子であるアシェイドの小僧が主を女として欲し、傍にはべる為の単なる方便らしい。


 国からして見たらば素性の判らぬ輩。つねなら戯言で通るまいがあの小僧、癪な事に影を率いておったのだ。


 あるじに影など到底似合わぬが、その力は確かなもの。御せさえすれば国にとってはこの上無い有益にも化ける。


 どうたばかったのかは知らぬが、アシェイドの小僧は主を影とは別に動かす事でのえきでも並べ立て、国の歴々共を黙らせたのであろう。


 そして名ばかりでも侍女として傍に留め置けば勝手はさせぬ、とな。


 何を見てきたようにと言う勿れ。我輩達にかかればそこらの城など我輩の庭も同然。姿を消すなり気配を断つなりすれば何でも御座れだ。



 さて、駄弁りに過ぎた。今頃の主は小僧としとねか、将又あの場に似合わぬおお殿どのか。


 どちらにせよ、何人たりとも近付けはせぬ。蟻の子一匹、喩え蚤の如きであろうともな。


「異界の月はなれども、縁は異なもの味なもの――」



 さあ、今宵も贄を捧げるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ※ちなみに彼の名前は、コマちゃんです。

 

 

 

 

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