第5話 とあるメイドと王子の話。 2 (※ちょいエロ+グロ表現注意)

 

 

 さて、翻って時刻は夜。お子様と明かりを点けられるような余裕の無い民達はすっかり寝静まる頃。


 とある場末の宿の彼方此方では今宵も様々な思惑が交錯したりしなかったりしつつ、どったんばったん大騒ぎだったりするのだが……。


「アンタもよう飽きんねぇ。こないな面倒臭メンドクサババアとらいでも、そこら辺に手ぇ出せるクセしよってからに」


 紅い瞳に同じく深紅のアイシャドウ、色が抜け落ちたようなセミロングの白髪を無造作に流し、人族とは違う少し長く尖った耳。


 普段は一見シスターにも見える黒基調のメイド服を身に纏っている彼女カリルは、宿の価格帯グレードと乖離するような異質極まりない石造りの浴場で一糸纏わぬ極上の姿を曝け出していた。


 精緻な模様のレースがあしらわれた長手袋やストッキングの無い手足。


 肘関節の少し先から手までの左右上腕、両脚の膝下辺りから足先までがまるでかのように肌の色が異なり、冷ややかでありながら吸い付くように滑らかな鈍い黒マットブラックの質感を持っている。


 彼女曰く『色は魔素の伝導率がうなる素材を引っ張ってきたらくろなっただけ』らしく、『成分的にはセラミックみたいなモンやから金属探知にも引っかからんし、武器判定されへんから厄介やろねぇ』だそうで。


「そいつは今更だしお互い様だろう? こっちは老い先短いんだ。キミが瞬きする間に通り過ぎていくやからの我儘を聞いてくれただけでも僥倖ってもんさ。 ――今でも、本気でキミの子が欲しい。表立つのが煩わしいなら……」


 すっ、と第三王子アシェイドの首元に添えられる黒い手。血の通わないそれは湯気の立ち昇る浴場内でも冷え切っているようで、限られた者ならばの隅々に内包された魔素と隠された不可視の刃を辛うじて感じられる。


 王子の隣に居たはずの彼女はいつの間にか王子の背後、石床から一段上がった大理石の浴槽の外から彼をいだくようにして耳元で呟く。


「……アンタは分かっててそうやる。そんなに死にたいん?」


「下らん手の者なんざよりかは、キミの手で逝けるなら本望だ………それに」


 添えられた刃に構わず左後ろのカリルへ向く。僅かに滴る血。


「長い旅にはが要る。そこに少しの痕跡スパイスを与えられれば、後はどうでも良いのさ」


「……ほんまアホやわ。しょうもな……」


 不意に霧散する死への圧迫感。首元の傷は消え失せ、重なる影と、揺らめく水煙。



 その夜は少しだけ、ほんの少しだけ長く普段よりも騒がしかったが、そこには無粋な覗き屋も居らず、誰にも咎められはしなかった。

 

 

 

 

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