第2話 この帝国、詰んでおります。

 とはいえ、大人しく殺されるのを待つのもしゃくです。

 ひとつ議論をふっかけましょう。


「冥府の神とわたくしが結婚したとして、どうして国の不幸が止むのです?」


 涙目になった若い神殿兵は放っておいて、輿の反対側を支える中年の神殿兵に訊ねてみます。

 

「存じません。しかし神官長が神託でそう聞いたのです」


 真面目そうな中年神殿兵は、私と目を合わせず前を見たまま答えました。


「そもそも、神殿の者達あなたたちは、本当に神の声を聞けているんですか? 精霊語も分からないあなた達が? 精霊の囁く噂――最高神様の御加護が消えているという話を、何度も教えて差し上げましたのに。冥府の神の災いとは的外れにもほどがあります」


 神官長のうさんくさい神託によって殺されてはたまりませんので、反論してみました。

 生き返るとはいえ、死ぬまでの苦痛はありますので、無駄と知りつつもあがいてみたいのです。

 

 すると後ろから「無礼を申すな!」と怒気を孕んだ声が聞こえてまいりました。

 私の座る輿こしを担ぐ、が声をあげたようです。

 

「あなたこそ今のお立場を自覚して口を閉じることですな。ちょっと語学が堪能たんのうだからといって、偉そうなんだよ。高慢姫が!」


「おいやめろ、さすがに不敬……」


「フン、どうせ冥府に渡るのだ。今度こそは冥府から帰れぬ。何しろ神の花嫁になるのだから」


 片方の後ろ脚役がいさめますが、不敬な輩は止まりませんでした。

 味方は居ないとはいえ、私は第一皇女ですもの。このような発言が王宮の者の耳に入っては、処分されてしまうかもしれません。それは可哀相ですよね。

 仕方がないので、少し脅して黙らせることとしました。


「ハア……その口を閉じなさい無礼者が。本物の馬の脚の方が愚かな口をきかぬだけまだ賢い」

 

 そう言ってひと睨みしてみせると、後ろ脚役をしている神殿兵は息を呑んで黙りました。

 

「まったく、この国は権力争いで内輪揉めなどしている余裕は無いはずなのですけれどね」


 私のつぶやきに、輿を担ぐ者たちはしいんと静まりかえりました。



 

 ――今、タキサニア帝国は危機にあるのです。


 まずは、ここ二十年ほどの間、毎年のように地鳴りと地沈みが起こっております。

 つまり、私が生まれる前から国の地盤(比喩でなく、地盤です)はぐらぐらなのです。


 陽気がおかしくなり、冬が長くなりました。


 皇帝であるライツバルト家の祀る地固めの神、ルマリツァ様のご加護が消えているようです……というのを精霊の噂話で聞いたのです。でも誰も信じてくれません。

 誰も信じないどころか、死に戻りの皇女の虚言とされる始末。


 精霊の姿を見、声を聞くことは、そう難しいことではありません。

 最高神を祖とする皇帝一族は生まれつき魔力量も多いですから。

 私には魔法を使う才能が全くありませんでしたので、精霊関連にしか役立たないのですが……。

 魔力操作には鍛錬も必要ですが、魔力を操るのは体を操るのと同様のセンスも必要です。私にはそのセンスがありませんでした。

 つまり私、運動神経が壊滅的に無いのです。


 精霊語を解するのにも魔力は必要で、そちら方面には抜群の才能を発揮しました。

 運動神経が悪いが座学は得意、というタイプです。

 

 この国が国になる前から存在していた、精霊の言葉を解するのは大切なことです。

 精霊語については国で二番目に優秀ではないかと、先生に言われました。

 一番はもちろん、先生。精霊研究の第一人者なのですが、最近は精霊研究を禁じられて、国立研究所からも追放されてしまいました。

 やっぱり、ルマリツァ様の加護の件が外に漏れるとまずいとか、あるのでしょう。

 

 

 内政に目をうつしましても、図体ばかりが大きくなった国は地方にまで目が行き届きません。

 貴族は腐敗し、お飾りの皇帝であるお父様は、都合よく改鼠された報告を信じているようです。

 

 皇帝の子供の不幸も続きました。

 上の兄二人は幼いうちに亡くなり、末子にして長女のわたしは死に戻りの呪われた皇女。


 ヨハンナ様が私の母の後釜に収まりましたが、娘のノーマが一人いるだけ。

 女帝も認められている国ではありますが、ノーマは一国を治める器ではありません。

 皇位継承権一位の私は、呪われておりますし……。

 

 と、まあ、わりと「詰み」です。

 育ちすぎた帝国の寿命という気もしますが。


 長々と申しましたが、私はこの沈みかけの国をどうにかしたいと考えております。

 だって生を謳歌エンジョイするためには、国が栄えて面白いものや美味しいものにあふれていないといけませんもの。

 民が笑っている国でなくては、私も気持ちよく笑えませんもの。

 ていうか死ねない私は、国を豊かにしないと人生がつまらなくなってしまうのです。

 

 甘いお菓子も美味しいお肉も食べられなくなってしまうのです。

 不死の身ゆえ、恋は諦めております。なので色気よりも食い気と申しますか、私は甘いものとお肉が大好きなのです。いくらでも食べられます。不死の呪いの影響なのか、太りませんし。ふふ。

 

 などと考えておりますと、口元がむずむずとニヤけ始めてしまいます。

 それを抑えるために、あえて不機嫌な声色を作ってみます。

 

「はあ、神託の偽装とは恐れ多いこと。神殿は権威を自ら捨てたのですね」


 ニヤけの名残りが口元を不適に吊り上げてしまった気がします。

 私の言葉を聞いて、神殿兵たちが分かりやすくビクリと震えました。

 椅子が揺れるからやめてほしいです。


「愚弄するか! 偽装などありえぬ!」


「あら。私を冥府の神に捧げよとの神託が下ったのが四日前。同じ日に私は、お母様のご実家のあるマスケディア侯爵領で捕らえられた。侯爵領まで馬で二日はかかりますのに。不思議ですわ。まるでいつどのような神託が下るのか分かっていたみたい」


 私の言葉に、神殿兵たちが気まずげにソワソワと首を動かします。輿が揺れるってば。


「あらぁ? アナタ一体なにが言いたいのかしら?」


 輿の影から現れたのは、継母のヨハンナ様。現皇后でございます。

 ご実家の公爵家ではドレスコードは習わなかったのでしょうか。真っ昼間からデコルテを出しすぎです。

 毒々しい、鮮やかすぎる緑のドレスも、儀式の場にはふさわしくありません。


「はぁあああ~……」

 

 ドレスの色を見て、頭が痛くなる思いがしました。盛大にため息を付く私に、


「ちょっと! 感じが悪いったらないわ! 生意気な高慢姫!」


 とヨハンナ様が叫びます。

 でもそのドレス、問題ですわよ。

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