不死の呪いを受けた皇女は冥府の神に溺愛される〜銀色の猫は今日も皇女の膝で眠る〜

髙 文緒

第1話 不死の呪いを受けた皇女

 「帝国の不幸は冥府の神の怒りである。呪われた皇女を冥府の神の妻として捧げよ」

 

 *


 

 わたくしはティナ・ライツバルト。栄光あるタキサニア帝国の第一皇女です。

 涼しい秋風が吹き始めた今日この頃。陽気に浮かれ恋の予感に落ち着かない日々を過ごしている方も多いのでしょうね。


 さて、私はいま、婚礼用の白いドレスをまとって輿こしに乗せられています。


 血のように赤いビロウドの張られた豪奢ごうしゃな椅子が棒にくくりつけられていて、神輿みこしのように担ぎ上げられています。

 その椅子に、私は腰掛けているのです。

 

 筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの神殿兵たちが、六人がかりで担いでくれています。


 身長が高く、つくべきところにお肉のついた魅力的なスタイルとはいえ、六人の男性が担ぐほど重いとは信じたくないのですが……この椅子がすごく重いのでしょう。そうに決まっています。

 などとのんきに考えている間にも打楽器はドンドコと盛り上がり、篝火かがりびが焚かれ、大袈裟おおげさで馬鹿らしい状況です。

 

 これから私は、ある儀式をするのです。とても恐ろしい儀式です。

 

 気持ちが落ち着かず、セットされた自分の髪をつい触ってしまいます。

 お母様にもお父様にも似なかった、赤い髪。これは金の瞳とあいまって、呪われた色だと忌避きひされております。

 亡くなったお母様は金の髪にピンク色の愛らしい瞳をされていました。それが逆転したのが、呪いの証拠なのだそうです。根拠、薄くないですか?

 

 

 

 ――お母様は私を生んだ日に、産褥さんじょくで亡くなってしまわれました。

 上の兄二人が亡くなったあとでしたので、私が生まれた日(そして皇后が亡くなった日)には王宮内に喜びと悲しみが入り乱れたと言います。お父様である皇帝陛下の情緒も、それはもうぐしゃぐしゃに荒れたと聞きます。


 そんな状況でひりつく城内に、魔女が入り込みました。

 魔女はお父様に告げました。


「ご愁傷様しゅうしょうさまでございます。そしておめでとうございます。皇后様の忘れ形見の小さな皇女様に、贈り物をしたく存じます」


「去れ! 不吉な魔女めが! 皇帝家は最高神ルマリツァ神の末裔である。異端のものから受け取るものなど無い」


「遠慮なさらないでくださいまし? 皇女様まで失いたくは無いのでは?」


「どういう意味だ!」


「小さな皇女様は病をわずらっておられます。このままでは長く生きられません。でも私なら、皇女様に永遠とわの命を与えられますわ」

 

「それは……」


 皇帝の顔に迷いが浮かびました。

 

「いけません!」


 宰相が止めたそうですが、皇帝の目はすでに正気を失っていたといいます。


「魔女よ、娘を助けてくれ」


おおせのままに。不死の呪いを、愛しき皇女に」


 魔女が手をかざしてそう唱えると、生まれたての皇女――わたくしは淡い光に包まれました。

 光は次第に強くなっていき、とうとう部屋の中の誰も目を開けていられないほどになりました。

 光が収まって、みなが目を開けたときに、魔女の姿は消えていたということです。


『皇女は死の安寧から嫌われた。愛しき母には永久に会えないだろう』


 そう書かれた手紙を、小さな皇女が握りしめていたと言います。

 


 ……という事件ののち、皇帝陛下であるお父様は精神の均衡きんこうを失っておりました。

 皇后を失い、娘は不死の呪いにおかされたわけですもの。

 でもそんな陛下を慰める、美しい女性が現れました。


 陛下の異母兄であるジヌー公爵。そのご令嬢のヨハンナです。

 ジヌー公爵は野心家です。虎視眈々こしたんたんと皇位を狙っているとの噂です。

 ヨハンナも親譲りの野心家です。華やかに装いつつも、その内面は獣と同じ。邪魔なものは強引に排除していきます。


 ということで私も何度も排除されかけました。

 奸計かんけいをもって殺されかけたのです。初めて殺されかけたのは、まだミルクを飲んでいたころだと聞きます。ミルクに毒を混ぜられたのだとか。

 私は真っ青な顔でミルクを吐いて、泡を吹いて、息をひきとった……のちにすぐに蘇ったそうです。

 

 被害者だというのに、呪われた死に戻りの皇女だと忌み嫌われることになりました。

 まあ人間というものは、理解の範疇はんちゅうを超えたものを恐れるようですから。それに力を持ったジヌー公爵派が、私の悪口を言いまくっていたそうですし。

 

 そんなわけで、私は呪われた死に戻りの皇女、と呼ばれるようになったのでした。

 前皇后の生んだ第一皇女。邪魔で仕方がないのに殺しても死なないんですものね。

 


 

 などと考えてると、目の前から土が飛んできたので、一旦思考はお休みです。


「おい! 我らの儀式服が汚れるだろうが!」

 

「へえ、すみません」


 輿を担ぐ前列の神殿兵が怒鳴ります。私にも土がかかっているのはどうでもいいようです。

 

 怒られて謝罪したのは、穴を掘っている人足の方。

 輿の前方で、深い深い穴が掘られているのです。大変なお仕事、お疲れ様でございます。

 それにしても、不穏すぎる光景です。

 この穴は、私を生き埋めにするための穴なのですから。

 

 たくましい人足が雇われて、三日前から穴掘りをしているそうです。念入りですね。



 青空がどこまでも高く見えるのどかな秋の昼下がり、儀式の準備のものものしさが滑稽こっけいなほど浮いています。

 

 なんのための儀式か。


 わたくしは、冥府を治める神であり亡者の王である、ヨーツェ様の妻として捧げられるのです。



 儀式で体を消し、魂を冥府の神の花嫁として捧げてしまえば、不死の皇女であっても復活できないだろうという計画でしょう。

 悪知恵が働いて、神託しんたくの内容を操作できる人が考えたのでしょうね。

 誰がやったのか、私にはもう検討はついております。


 今の神官長は、公爵派ですものね~!

 

「はあ……」

 

 ため息をついて、輿こしの上で脚を組みます。


 すると、担ぎ手の神殿兵のひとりと目が合いました。せっかくなので話しかけましょう。

 

「困ったわ。痛いのは苦手ですの。できるだけ痛くないように殺していただきたいわね」


 そう言ってほほ笑むと、彼は顔を青くしてヒューヒューと喉から息を漏らすような声を出しました。

 どうしたのでしょう。喘息の持病でもあるかしら? 篝火かがりびの煙もありますし、かわいそうですね。

 よく見るとまだ若いようで、顔には少年の面影を残しております。


「気をつけなさいね。あなたはまだ人生を楽しみつくしていないでしょう?」

 

 不死の呪いを受けた私は、開き直って生きることを謳歌エンジョイしつくすことにしております。

 だから、他の人たちにも同じように楽しんでほしいのです。


 そんな思いやりからかけた言葉でしたが、おかしいですね、少年神殿兵は青い顔をして「ゆ、ゆるしてください!」と涙目になってしまったのでした。


 またやってしまったようです。

 私は言葉選びが下手(不吉な皇女である私と、話してくれる人が居無かったものですから……)なうえに、呪われた皇女の印象が強すぎて、やたら怖がらせてしまうのです。

 友好的に接しているつもりですのに。


「はあ……」


 なんだか気が疲れて、私はまたもため息をつきました。

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