第12話 海江田流柔術(2)

 しばらくして、店舗からニールと音巴と流の3人が出てくる。


 流は両手に大きな紙袋を持っており、音巴は何も持っていないもののニールは『三法全書』を小脇に抱えていた。


「……よおそんないっぱい見つけたな。探してたのは武術の本やろ?」

「意外と沢山置いてあったんですよね! 今から読むのが楽しみです!」

「しかし、アンタの部屋の本棚に収まりきるか? 既に満タンだった覚えがあるが」

「その通りです。なので、読み終わったら千里さまに差し上げようかと。少しだけですが、この世界の歴史も記された本なれば」

「……そんなにいっぱいあげちまったら、また片付ける羽目になるかも知れないぞ」

「それは考えてませんでした……」


 談笑しながら家路に就く三人の前に、突如後ろから走ってきた一人の男が立ちはだかる。


「待て、ゴミ共!」


 男の顔は怒りに満ちており、その目線はニールに向けられていた。


「あの白髪交じりの髪! 思い出しました、アイツはさっきの万引き犯です!」

「警察……じゃなくて『警兵団』やっけ? そいつらにに突き出されて無かったんやな」

「どうやら店主から情けを掛けられたらしい。そんな身の上で、他人に対しゴミ共呼ばわりするなどと強気に出れるとはな」

「……その目だ、ガキ。大人の男に向かってなんだその態度。許せねえ……ぶっ殺す!」


 懐から黒い球を取り出し、右手に持って前に突き出す男。それを見た三人は息を呑んで驚く。


 ◇  ◇  ◇


 ポケットに両手を突っ込みながら、小声で文句を言いながら町を歩く。


「何だよ、あの店長……俺より年下の癖に、あんな偉そうに『お前は出禁だ』なんて言いやがって。年上を敬えない奴はな、いつか足元掬われんだよ」


 小石を蹴りながら歩く男。そんな男に、周囲の人間は眉をひそめていた。


 誰もが男を避けて歩く中、その流れに逆らい、あえて男に近づいて声を掛ける人間が一人。


「お察し致します」


 フードを目深に被った、ローブに身を包む人間。冷静さを欠いていた男は、目の前に立ったその人物に怪しさを感じ取る事無く、嬉々とした表情を浮かべる。


「お前もそう思うだろ!? 今の世の中は、年上に対する礼儀を欠いた奴ばかりだ!」

「ええ、ええ。貴方の言うとおりです。特に貴方を怒らせたあの赤髪の少年。彼は、疾くこの世から排除されるべき癌なのですよ」


 その人間は袖の中に手を入れ、一つの黒い球を取り出す。


「世を改めましょう。大いなる安寧に包まれ、誰もが平等に敬われる世を作りましょう」

「お、おお……」


 男は恐る恐るその玉を手に取り、眺める。


「凄まじい力を感じる。お、お前! コイツを俺にくれるのか!?」

「もちろんです。ソレを飲み込めば、貴方は高貴なる龍神の使徒へ昇華できましょう。その力を振るい、彼の少年や愚かなる書店に正義の鉄槌を下すのです」

「……神の使徒か、悪くない。待ってろ現代人ども、お前達に敬う心を思い出させてやる」


 ◇  ◇  ◇


 男は口角を上げ、得意げな表情で三人を見ている。


「これって、天音くんが見たっちゅう――」

「ええ、例の黒い球です」

「おい、今すぐその球から手を離せ!」

「断る! 貴様の死はもはや、決定事項なのだからなあああああああ!!!」


 黒い球を口の中に入れ、両手で口を押さえながら無理矢理飲み込む男。するとたちまち男の全身から黒いオーラが放たれ、やがてオーラは男の全身を包み込む程に増大する。


「なんや、えらい禍々しい……」

「二人共、あの光を直視するな。狂っちまうぞ」


 屈み込む二人の前に立つニール。目を閉じる二人とは対比的に、ニールは目を開けて男の変身を見ていた。


 そして男は、ニールと大勢の観衆に見守られながら――巨大な、禍々しい黒色の獣へと変化した。


(……なんだコイツ!? 2000年前に見た時よりデカく、強くなってやがる!)


 悲鳴を上げ、四方八方に逃げる民間人達。ニールはポケットから時計を取り出し、ボタンを押そうとするが――


「私に任せて下さい」


 気がつくと、ニールの前には流が立っていた。


「やめとけ、アレは僕が知る獣とはあまりにも様相が違いすぎる。僕でも、勝てるかどうか……」


 下げた拳を強く握りしめるニール。その様子を、流は横目に見ていた。


「タイマンでは勝てなくても、2vs1なら勝機も見えるでしょう」


 流は懐から青色の懐中時計を取り出し、胸の前で構える。


「なら、3秒だけそいつをダウンさせてくれ。中に居る人間を殺さずに獣を倒すには、僕が鎖を安全に打ち出せる環境が必要になるからな」

「承知しました! 契約コントラクト!」


 流がボタンを押すと、両前腕に黒い鉄のガントレットが装着される。さらに流の道着が真っ白に変化し、腰に巻いた黒帯も赤くなる。


(これが流の潜在能力か。最近の『契約』は、力を与えるだけじゃなく服も変えるのか?)

「……この帯、身の丈に合わなくて嫌なので早く終わらせて下さいね」


 眉をひそめながら、流は空手における組み手の構えを取る。


「な、何をしてる!? 獣相手に守りに徹していたら削りきられるぞ!」

「いや、これでええねん」


 隣に立つ音巴はそう語る。


「あの子は受け身の立ち回りにおいて、100%実力を発揮できると自負しとった。それに、流ちゃんが能力を解放して守りに徹した時……その守りを破れる物は誰もおらへん、らしい」


 瞬時に流との距離を詰め、腕を振り下ろす獣。それに応じて流は拳を突き出し、それが獣の前腕の中心に当たった次の瞬間――獣の前腕が、大きな音を伴って破裂した。


「なっ!?」


 獣は咆哮しながら倒れ、欠けた腕の根元を抱えながらのたうち回る。それを見て、流は二歩後ろに下がる。


「海江田流柔術は『力の反射』に長けた流派。重心、突き出す拳の角度、姿勢、タイミング。それら全てが相手の攻撃と寸分違わず完璧にかみ合ったとき、衝撃は私の全身の骨を伝って相手に返ってきます」

(そんな奇跡じみた条件を、この土壇場で一発で決めたのか!? コイツ、普通じゃない!)

「このガントレットを付ける事で反射する衝撃は10倍になり、さらに私は反射した衝撃を任意の場所に集め、炸裂させる事ができるようになった。これは、そう言う事です」


 流が説明を終えると、獣は復活した腕と反対の腕を支えにゆっくり立ち上がっていた。


「ニールさま、今のではダメなんですよね」

「あ、ああ。静止している状態が3秒以上継続してるのが好ましい」

「……ふむ。ならば脚を、それも二つ同時に破壊する必要がありそうですね。なら、出力を上げなければ。追加契約ウェイテッド!」


 獣の方を向きながら、拳を握り込む流。するとガントレットが蒸気を発し、赤色に変色した。


「さあ、どっからでもかかってきなさい! 貴方のような素人に、海江田流柔術は決して後れをとりません!」


 獣は額に青筋を立て、大きく咆哮をしたと思うと、獣の筋肉は大きく膨張する。再び組み手の構えを取った流は、右手を伸ばして間合いを測る。


「無茶だ、アレをもう一度決める気か!? さっきとは求められる条件も、相手の筋肉量も違うんだぞ!?」

「流ちゃんを信じるんや」


 握り込んだ両手を振り上げ、金槌で釘を打つ要領で流に向けて振り下ろす獣。そんな獣の攻撃に対し流は、拳に向け狙いを定め、固く握った左手を突き出した。


 流が突き出した拳は、最も力が伝わるタイミングで獣が振り下ろした拳と衝突し、衝撃は獣の腕の皮膚を裂きながら両脚に向かって行く。


 そして衝撃は膝関節に達したところで炸裂し、獣はバランスを崩してうつ伏せに倒れ込む。


「今だ! 『光鎖、愚者を邪悪から解き放てクラリディウム・アストラ』!」


 ニールが獣に向けて両手を突き出すと、ニールの背後から八本の鎖が現れ、獣の歯を突き破って口内に入り込む。


 入り込んだ鎖は間もなく、獣の体内から黒い球体を絡め取ってニールの手元に持ってくる。技の宣言から黒玉の抽出まで、かかった時間は丁度3秒間だった。


 黒玉を失った獣の体からは黒いオーラが大量に出ては霧散して行き、やがて元の男の姿に戻るのだった。

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