第11話 海江田流柔術(1)

 数時間後、テーブルに集まった転生者一行はニールから教団にまつわる話の説明を受けていた。


 椅子の上に立って演説をするニールの目は、少しだけ赤みが残っていた。


「――と言った具合で、流とした話し合いの説明は終わりだ。流は教団討伐に付き合ってくれると言っていたが……アンタらはどう思ってる?」

「おおむね同じ気持ちや思うてくれてええで!」

「俺もだ。記録の妨害になりそうな連中は、消せるだけ消した方が良い」

「……と、当然僕も戦うよ。こ、こうなったのは僕のせい、だし……」

「そうか、感謝する。本拠地の場所も割れてるし攻めに行っても良いのだが、如何せん情報が少なすぎる。僕らの知らない罠があるかも知れないし、慎重に行きたい所だ」


 椅子から降りて座るニール。


「ところで音巴、昨日僕と初めて会った時に僕が何を要求したか、覚えてるか?」

「えぇっと、確か美味い昼飯と……そうや! 三法全書!」

「そう。昨日は僕が失神したせいで買えなかったが、今日なら大丈夫だろう。買いに行きたいから着いてきてくれ」

「でしたら私も同行させて下さい。本屋に寄るのでしたら、現地の拳法について記された本を買いたいのです」

「……それ僕も気になるな。読み終わったら僕にも貸してくれ」

「回し読みせんでもウチが同じの買うたるわ! ほなその間、千里くんと天音くんはどうするん?」


 千里と天音は目を見合わせ、一回頷いてから答える。


「今後どうやって教団の動向を探っていくか、コイツと相談する事にする」

「き、昨日みたいに、迷惑掛ける訳にはいきませんし……」

「そか。なら、朝食を食べ次第各々出発や! 早う出発したいやろし、今日の当番は流ちゃんやけどウチが作った――」

「ヒィッ!!」

「……るのは止したるわ。流ちゃん、パッパッと作ったって」

「承知しました」


 流が台所に向かうと、音巴は体を震わせて怯える千里の傍によって慰めるのだった。


 ◇  ◇  ◇


 地図を持ったニールを先頭にして町を歩く音巴と流。レンガ屋根の家が並ぶ町並みは、流にとって非常に興味深い物だった。


「久しぶりに町に出たんですが……こんなにノスタルジックでしたっけ、ここ」

「流ちゃん滅多に外出えへんもんな。空き時間を無駄に出来んー言うて、いつも家にこもって修行しとる」

「常に修行してる訳ではないんですがね。それでも、大半の時間を使って鍛えているのは事実です」

「ん? それって普通の事じゃないのか?」

「今の時代はちゃうねんな。そもそも鍛錬のやり方も知らん奴の方が、圧倒的に多いんちゃうか? ウチもその口やし」

「そうか、これが時代の変化か……それはそうと、もうすぐ着くぞ。あそこに見えるのが、天音が紹介してた街内最大の書店だ」


 二人がニールの指さした方向を見ると、そこには三階建ての木造建築があった。北欧風のモダンな外装は、二人を大いにわくわくさせる。


「ええなあええなあ! 外面がこうなら、中身はさぞ綺麗なんやろなあ! 早う中に入ろうや!」


 大はしゃぎで書店に向かって走り出す音巴を見て、ニールと流れは見合って肩をすくめる。


「私達も行きましょうか。財布の紐を握ってるのは彼女です、はぐれてしまったら本を買えませんから」

「そうだな」


 駆け足で音巴の後を追う二人。すると、書店の中から分厚い本を抱えた一人の男が飛び出し、ちょうど目の前にいた音巴を突き倒して逃げていくのが遠目に見えた。


 ニールはソレを見てすぐ音巴の元へ能力で転移し、倒れかかった音巴の背中に回り込んで両手で支える。


「おぉ!? 倒れへんのかい! って、君か。ホンマありがとう」

「そんな事より、早く自立してくれ……」

「……重いんやったらもう、いっその事ハッキリそう言えや!!」


 音巴がニールの支えによって立ち上がると、まもなく緑色のエプロンを着た男が続いて中から飛び出す。


「万引きだ! 誰かそいつを捕まえてくれ!」

「万引き?」

「窃盗の事や。ニール君、君の鎖で捕まえたって」

「おう」


 ニールが男を指さすと、地中から四本の鎖が生えてきて男の腰にグルグルと巻き付く。


「な、なんだこれ……離せ!!」


 鎖を解こうと身をよじる男にエプロンの男は駆け寄り、羽交い締めにして拘束する。


「いつの世も、盗人はいるもんなんだな」


 指を鳴らして鎖を消すと同時に、男が落とした本に鎖を刺し込んで手元に手繰り寄せるニール。


 表紙の文字を読むと、その本が『三法全書』である事に気づく。


「これ、三法全書じゃねぇか! アイツ、こんな高価な物を盗もうとして……!」


 その時、書店からエプロンを着た若い女性が出てきて、ドアの前に立つニールの肩を叩く。


「ありがとうございます、万引き犯を捕まえてくれたんですよね」

「ああ。だが、取り戻す過程で本の背表紙を汚してしまった。買い取らせては貰えないだろうか? 丁度、この本に用があったんだ」

「うーん……それ、最後の一冊なんですよね。それに先約もあるので――」

「構わん、そいつをその坊やに売ってやれ!」


 万引き犯を組み伏せながら、エプロンの男は遠くから声を上げる。


「店長! よろしいのですか!?」

「坊主の言うとおり、そいつはもう売り物にならない。どっちにしろ予約してたお客様には渡せねえし、こんなのでも金になるなら売るに限る!」

「……そう言う事でしたら、お売りしましょう。それではお二人とも、レジにお越し下さい」

「いや、ウチ一人で行くわ。ニールくんは流ちゃんと共に先に本屋を見て回っとって」

「ありがとな」


 女性の後を追って中に入る音巴。ニールは二人を見送ってから、丁度駆け寄ってきた流と合流して書店の中に入るのだった。

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