第9話 昔日、全てを失う刻

「うぐ……」


 空になった皿の前で、椅子にもたれかかって苦しそうに息をするニール。


「ウチが言うのも何やけど、よぉ全部食うたな。そのちっこい体の何処にあの量のキャベツ焼きを入れるスペースがあるんだか」

「本当に……アンタが言うべき言葉じゃねぇ……」

「でもウチ嬉しいわぁ! 食べてる時だって美味しそうに食うてくれとったもん! ふてくされながら食らい付き、しかもお残しまでするどっかの馬鹿とは大違いや」


 音巴はそう言い、半分残ったキャベツ焼きの前でテーブルに顔を伏せる千里を睨む。


「クソ……流といいお前といい、どうして出された物を無理してでも食い切ろうとするんだ」

「それが、料理を食べる人間が作った人間に見せるべき誠意だからな……」

「良い子ちゃん共が! お前のせいで俺は――」

「そやんな! 出された側は何があっても完食すべきやと思うわ。そういうわけで千里くん、それ全部食わんと今日は寝かさへんで」

「……ほら、こうなるんだ。全く、龍崎は俺の胃を破裂させて死なせたいらしい」


 顔を上げ、渋々フォークを持って口に運ぶ千里。少しの間それを横目に見ていたニールだったが、ふと、瞼にとてつもない重さを感じ始める。


(いかん、意、識が……)


 ニールは椅子から転げ落ち、瞼を閉じて寝息を立て始める。


 ◇  ◇  ◇


 ニールがゆっくりと目を開くと、そこは薄暗い倉庫の中だった。


(なんだ? ここは、どこだ?)


 立ち上がろうとして手足を動かそうとするも、縛られていて上手く身動きが取れない。


(……あぁ、思い出した――)


 その時、倉庫の扉が大きな音を立てて勢いよく開く。扉の向こうには、がっしりとした体格の三人の男がいた。


「おいおい! アイツ、『レオンハート家』の御令息じゃねぇか! 赤髪のガキを捕まえたって報告を受けたときは、まさかとは思ったが……」

「ええ、港でウロウロしてたんで、何かに使えるかなと思ってサラってきました」

(僕は港で家族と合流しようとして、でもこいつらに捕まえられたんだ)

「よくやった。そんじゃお前ら、次は赤髪のオッサンを連れて来い。そいつがレオンハートの当主だから、ガキで脅して船を手に入れるぞ」

「「了解!!」」


 男の指示により、左右に控えていた男達はニールに背を向けてどこかへ走り去る。

 そして残った男はニールの前に立ち、彼の頭に手を置く。


「世界龍さまからの『絶滅』が執行されるまであと三十分。惜しかったなあ、島にある船は全て予約が埋まってんだ。だから、お前らはもうこの島から出られんぜ」


 涙目になりながらキッと男を睨むニール。


「おーおー、そう睨むな。そんな顔されるとこうやって――」


 男はニールに向けて拳を勢いよく突き出し、鼻の前で寸止めする。するとニールはうなだれ、黙り込む。


「よし、良い子だ」


 ニールの頭を少し撫で、それから男は背を向けて叫ぶ。


「富豪共! お前達が財力で滅びを回避しようってんなら、俺達は暴力で上手くやろうじゃないか。最初で最後の生存競争……勝つのは――」


 次の瞬間、男の背後に何者かの影が現れる。男は気配を感じて振り返るも遅く、その影に思いっきり首を殴られて地面に倒れ込んでしまう。


 男を襲った影の正体は、長く赤い髪を持つ、少し煤で汚れた白のドレスを着たニールより一回り背の高い少女だった。


「ルカ姉!」

「無事か! よかった……だが、喜んでる時間も無さそうだ。悪いが、抱えて行くぞ」


 ルカはニールの手足を縛るロープを手刀で斬り、ニールを小脇に抱えて全力で駆け出す。


 倉庫をでた二人は、建物のあちこちが燃える港の中、怒号飛び交う人の波をかき分けて走って行く。


 ニールはガクガクと揺らされる中で凄まじい吐き気を催すも、口を押さえて何とか我慢している。


「我慢しろ、造船所まであと少しだ!!」

「うぷ……うん……」


 そうして汗だくになりながらもしばらく移動し続けたルカは、ボロボロの小屋の前にたどり着く。


「会いに来たぞおっさん! オラァ!!」


 ルカはニールを抱えたままドアを蹴破って中に入る。小屋の中には漁師の格好をした壮年の男性がおり、男は驚くこと無くルカに向けて片手を振る。


 そんな男の背後には、木の小舟がクレーンに吊されていた。


「待ってたぜ! 弟くんも連れ戻せたようで何よりだ」

「オッサンのお陰で助かったぜ。さて、首尾はどうだ?」

「もういつでも出せるぜ! ただ――」


 男はルカに手招きをする。ルカはニールを地面に立たせ、男の傍に駆け寄る。

 ルカは男に駆け寄り、片耳を近づけて男の話しを聞く。そんなルカの表情は、時間が経つに連れ険しくなっていき――


「……そうか、予想は当たったか。なら、予定通りに事を運ぶしか無さそうだ」


 そう呟き、首を縦に振る。


「手はず通りにやれ」

「おうとも」


 男はルカの側を離れ、クレーンの真下にあるレバーの前に立つ。一方のルカはニールの前に立ち、島を出ることを伝える。


「あれ? お父様とお母様は?」


 そう聞かれたルカは、少しの間唇を強く噛み締めた後、ニールから目をそらして答える。


「……あ、あの二人はな、こんな場所にある船なんか使えないって言って別の造船所に行ったよ」

「こんな非常時でも船を選ぶなんて、さすが母上と父上だ」


 男がレバーを降ろすと船を吊っていた糸が切れ、船は大きな波を立てて水面に浮かぶ。


「よし、いつでも行けるぞ!」

「だってさ! 行こうルカ姉!」

「――いや、行くのはお前だけだ」

「……え?」


 ルカはニールの後ろに立ち、ニールの背中を思いっきり蹴って船の中に突き落とす。


 頭を擦り、困惑した表情で辺りを見渡すニールを見ながら――


「ごめん、不器用な姉でさ」


 ルカが金色の懐中時計のボタンを押すと、ルカの体は赤いオーラに包まれる。それから程なくしてルカは少し後ろに下がり、助走を付け船の尻に思いっきり跳び蹴りをした。


 すると船は勢いよく小屋を飛び出し、凄まじい勢いで水面を走って行く。


「ぐうううーーーーっ!!」


 ニールは船の縁を掴み、向かい風に飛ばされないよう必死に抵抗している。


(わからない! わからないわからないわからない! 何も分からないけど、耐えなくちゃ!!)


 そうしてがむしゃらに捕まっていると、緩やかに船の進む速度が落ちていく。


 やがて船の進む速度は一定になり、当時10歳のニールでも立っていられる速度で安定した。


 恐る恐る手を離し、立ち上がるニール。


(ふう。やっと収まった……それで、姉ちゃん達は――)


 ――振り返ったニールは、さっきまで一つの大きな島があった場所を包み込む大きな光の柱を見る。


「あ、あぁ……!!」


 膝を着き、目を見開いて光を見つめるニール。


「ぜ、絶滅まではあと30分猶予があるんじゃなかったのか!? まさか、ルカ姉はそれを知って僕を……」


 ニールは目から大粒の涙が零れ始めた事を悟り、右腕を目元に持って行き船の床に倒れ込んだ。


「理屈はわかる。でも、だったらなんで自分を犠牲にして僕を助けたんだよ。あんなに本土に行きたがってた、アンタが……」


 瞼を強く閉じ、右腕を目元に当てたままニールは――


「……説明しろよ! ルカ姉ええええええええええええ!!!」


 そう、大声で叫ぶのだった。

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