第8話 現代の(焦がれていた)食卓

 教団の敷地内を抜け出してきたニールと天音は、千里のいる部屋に戻って来た。

 そしてニールはすぐに、綺麗に整頓された千里の部屋と、本棚にもたれかかってぐったりしている流を見て驚く。


「おいおい、僕がここを発ってから二十分も経ってないだろ? どうやってここまで綺麗にしたんだよ」

「……」

「……答えは『ひたすら頑張った』って事で良いんだな」

「か、海江田さん。僕達、先ロビーに行ってますね」


 二人は流から目をそらし、千里の部屋を出る。


 ニール・天音の順に部屋から出てきたが、天音がロビーに出た瞬間、音巴が勢いよく天音に飛びついて地面に押し倒す。


「天音くうううん! よお~無事に帰ってきたな~~! 心配させおってからにこいつ~~!!」

「く、苦しい……」


 強く天音を抱きしめたまま頬ずりする音巴。しかし当の天音は、うっとうしそうに目を細めていた。


「し、心配させてごめんなさい……僕が無事に戻れたのはニールさんのお陰なんだよ」

「いやいや、アンタの契約の力があれば僕がいなくても帰れ――」

「しーっ……」


 こちらを向いて唇に人差し指を置く天音に、ニールは肩をすくめてから目をそらす。


 改めてロビーの方に目をやると、大きなシャンデリアと、その真下に大きな木製のお洒落な長方形のテーブルがある事に気づく。


 そしてそのテーブルの奥には、ニールを見つめる千里の姿があった。


 ニールは机に駆け寄り、千里の目の前の椅子に座る。


「天音のことを助け出してくれてありがとう。それと、ディール族の伝統を汚した事への謝罪を受け取って欲しい」


 千里は立ち上がり、ニールに向け深々と頭を下げる。


「そんな大仰にすんなよ、汚されたとは思ってねぇ。ただ申し訳ないと思うなら……お詫びと思って、アンタ達転生者が持ってるその時計について詳しく教えて欲しい」

「これのことか?」


 再び椅子に座り、ポケットの中から黒い時計を取り出す千里。


「こいつはな、俺達を呼び寄せた主から直接貰った物だ。これとお前が持つオリジナルとの唯一の違いは、契約出来るのが『一時的な潜在能力の解放』の一つだけって所」

「あとカラフルだよな、黒だったり深緑色だったり」

「主曰く、個人を表す色へと時計が勝手に変化しているらしい。そういえば、龍崎の時計の色は金色だったな? つまりアイツは金の亡……」

「ウチがなんやって!?」


 天音を抱きしめながら千里を恫喝する音巴。


「な、なんでもないで~す」

「そうやんな? おぉ~よしよし」

「そ、そそ、そろそろ離してくれませんか! 暑くて苦しいです!!」

「うおっ、そないに大声ださんでもええやん……わかった、離れるわ」


 悲しそうな表情を浮かべて天音から離れる音巴。その様子を見た天音は目に涙を浮かべながら慌てふためくが――


「あぁ~困ってる顔は一段と愛らしいわぁホンマ! 頼む! もう十秒だけ抱かせてや!」


 再び音巴に抱きつかれた事で、困り顔は一瞬にして驚きに変わる。千里は肩をすくめ、再びニールに向き直る。


「……アイツらは放っとこう」

「だな。そんで、その潜在能力って奴について聞いても良いか?」

「端的に言えば、主から与えられた一つの特殊な魔法だ。お前は既に、向かった先で天音のそれを目の当たりにしてるはずだ」

「敵の記憶を消したり、他人からの見え方を変える契約の事か?」

「そうだ。俺達転生者は、時間制限付きの軽い縛りと引き換えに能力を発揮する。と言っても、24時間辛味に敏感になるだの、100歩歩くまでに5歩に一回足を吊るだのといった軽微な縛りだ」

「20回確定で足を吊るのが軽微な縛りだぁ?」

「それは比較的ハズレの部類に入る縛りだ。だが面倒な事に、契約してみないことには対価が分からない仕様でなぁ。オリジナルみたいにこちらから対価を宣言する事も出来ないし、不便なもんさ」

「……ところで、あのカバンはアンタの潜在能力なのか?」


 テーブルの下からカバンを持ち出し、上に置く千里。


「これは特殊でな、質量を持つタイプの能力だ。対象を分析して適切な治療薬を出したり、仕込んだからくりを作動させたりといった行為に契約は要らないんだ」

「便利だな。じゃあどういうときに契約を?」

「落ち着け。これから一緒に旅をするんだ、いずれ共に戦う時も来るだろう。他のメンバーの能力も含め、これ以上はその時までのお楽しみにしよう」

「……そうだな、言うとおりにしよう。止めてくれて助かった、でなきゃ情報を詰め込みすぎて頭が破裂するところだったぜ。頭痛ぇ……」


 額に手を置き、背もたれに寄りかかってぐったりするニール。


「ふむ、そういえばお前は2000年ぶりの出所を果たして1日目だったな。天音から教団の情報を聞き出そうと思ったが、それは明日に回すか」

「千里君がそう判断したんやったらそうしよか」


 気がつくと、音巴は千里の後ろに立っていた。さらに天音はニールの右隣に座っており、乱れた服を直しながら怯えた表情で音巴の事を見ている。


「その、すみません、いきなり隣座っちゃって。ここは彼女と席も離れてますし、物理的に手を出せないだろうと思いまして」

「食事中にも手を出されてたのかよ……というか、そんな事情が無くても隣に座る事自体好きにすりゃいいだろ」

「あ、ありがとうございます」


 ニールと話しながらも、音巴から向けられる視線にビクビクと震えている天音。


(怯えるくらいなで回すのはアウトなんだろうが……正直、そこまで気にしてられない。何か求められたら都度反応するぐらいに留めよう)

「ほな、遅めの夕食を取ろうか! 本当は流ちゃんに任せたかったんやけど、あの様子じゃ作れへんやろからウチが作ったるわ。ちょっと待っててな!」


 音巴はそう言い、奥の廊下に向かっていった。


(……夕食か。最後に誰かと何かを食べたの、いつだっけ)


 頬杖をついてあらぬ方向を見るニール。そんな彼に、話しかけようとする者はいなかった。


(そうだ、ルカ姉と一緒にニシンを一切れ乗せたパンを食べたのが最後だったな。あの味は、2000年間忘れること無く鮮明に覚えられていた)


 ふと、悲しげな表情を浮かべるニール。


(ルカ姉……あの時、なぜアンタは――)

「持って来たで~! おあがりよ!」


 突如、ニールの目の前にソースが大量に掛けられたキャベツ焼きが乗った皿が鈍い音を立てておかれる。


 山と見紛う程の大きなソレに、思考を中断された挙げ句ドン引いてしまうニール。


「皆の分も勿論あるけど、一つ一つ運ばなアカンから料理が来たら各々食べ始めちゃって!」

「しまった、音巴が当番の日は味が濃くてクソデカい料理が来るって事忘れてた……食い切れるかな、俺」

(……過去のことを考えてる余裕は無さそうだ。今はとにかく、目の前のコイツを空きっ腹に余さず入れ込むのだ)


 ニールは両手を合わせ、「いただきます」と小さく呟いてからキャベツ焼きにフォークを入れるのだった。

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