第6話 山神 千里/若き変な歴史学者
部屋の中から出てきた金髪燈眼の美青年は、ディール族の伝統衣装を着ていた。
特徴的な緑の模様を携えた白いブラウスに、ギンガムチェック柄のスカート。二千年前、ニールが嫌になるほど見た服装だった。
「なっ!? そ、その服は!!」
「あぁ、これは昔の文献を元に再現した物だ。その反応を見るに、上手く再現出来ているようだな」
拳をぎゅっと握り、千里から目をそらすニール。
「……すまないが、別の衣装に着替えてくれないか。ソレは僕にとって深い思い入れのある衣装だ、他種族のヒトに着られたくない」
「ふむ、少数民族ならそう言う感情を持つ事もあるか。分かった、君の意思を尊重しよう。だが早着替えにはそのカバンが必要でね、返して貰うよ」
千里はカバンに向けて手を伸ばし、ニールごとカバンを手元に取り寄せる。
しかしカバンが引き寄せられる過程でニールはその上から転げ落ち、詰まれた本の山に顔から落ちてしまう。
「あらら。流、救ってやりたまえ」
「元はと言えば貴方がっ……ああもう!」
本の山に飛び込みんでかき分けて、埋もれていたニールの襟を掴んで引っ張り出す流。
「さ、散々だ。色々と」
「……お察しします」
そんな二人を見ながら、千里は懐からカーボン柄の懐中時計を取り出してボタンを押す。すると床に置かれたカバンが開き、中から小さな電波塔のレプリカが台座と共に飛び出す。
電波塔は千里に向けて電流を飛ばし、それを喰らった千里の服は一瞬で別物へと変化する。
白いデニムジャケットに白ワイシャツ、黒いフレアパンツという服装からは、音巴や流とは違った現代人感が醸し出されている。
「特殊な繊維で縫われた君らの伝統衣装は、脱ぐのが惜しいくらいには着心地が良かった。望むならお詫びがてら君にやるぞ」
「その繊維はあの島でしか取れない物だ、どうせ性質を似せただけのレプリカだろう。そんなの要るもんか」
「そうか? 残念だ」
「……というか、やけに僕らの事について詳しいな。アンタ一体何者だ?」
千里はカバンの中に電波塔を押し込んで蓋を閉じ、縦に置き直してその上に座る。
「俺は山神千里、19歳。大学じゃ歴史学を専攻してて、本を通して情報を検索する事を得意としてる。その才能を使って、今日君を迎えるまでに君に関する情報を徹底的に調べ上げたのさ」
「私や音巴さまも、千里さまから貴方の事を教えて頂きました。だからこそ、彼が貴方の踏んではいけない地雷を立て続けに踏んだことが申し訳なく……」
「別に良い。気を使われたくないから、少なくとも音巴や流は特に気を使わず話してくれて良い」
「俺は?」
「最大限気を使え。場合によっちゃ手が出るぞ」
流はニールをそっと地面に座らせると、千里に向き直って懐からメモ帳を取り出す。
「自己紹介も終わったところで、そろそろ天音さまの状況について詳しく教えて頂きたいのですが」
「そうだな。丁度ニールも同席してることだし、本格的な状況について話そう」
「? 僕がいなきゃ話せない事なのか?」
「ああそうとも。なんてったっていま天音を追いかけてる連中は、『世界龍教団』だからな」
「――『世界龍教団』!? 馬鹿な!」
勢いよく立ち上がるニール。しかし苦痛に顔を歪め、間もなく再び地面に座り込む。
「いてて……奴らは二千年前に主を失ってるんだぞ? 何をモチベーションに今日まで生き延びて来たってんだ」
「そんなの『世界龍の復活』一択だろう。歴史書に寄れば、教団は2000年前まで世界龍の名を使って世界を支配していたと聞く。おおよそ、教団はその時の栄光を忘れられなかったんだろう」
「……確かに、全盛期の教団は凄まじい財産を持っていたと学んだ事がある。その伝承が、2000年間ずっと語り継がれていた?」
「そんな所だろう。しかしお察しの通り、君が世界龍を殺して以降は規模を急激に縮小していった。今や信者数数十人の弱小カルト教団になってしまったわけだが……今日、教団の在り方に疑問が生じた」
太ももの上に肘を乗せ、両手を組みその上に顎を乗せる千里。
「不定期に出版される内部告発の本から、教団が合法的かつ目立たない活動を心がけている事が分かっている。それらの情報は教団に反感を持つ者によって書かれたものだから、どれも信頼に足る物だ」
「合法的? 私達民間人を追い回す事がですか?」
「そうだ、妙なんだよ流。教団はなぜ、今日になってガッツリ法に触れそうな行為に出たのか。もしかしたら、天音が追われてることと何か関係があるのかもしれない」
「単純にその天音って奴が喧嘩を売っただけなんじゃ?」
「ありえません。天音さまは控えめな方で、むやみやたらに誰かに喧嘩を売ることはしません。きっと無視できない何かを見て、深追いした結果追われる側になったのでしょう」
「明らかに危ない事してる奴らに向かっていく奴が控えめだぁ……?」
突然、千里はカバンから立ち上がってカバンを開く。
「状況も整理できたことだし天音を助けに行く……と言いたい所だが、俺達が徒歩で行くには時間がかかりすぎてしまう。ニール、君は瞬間移動とか持ってるよな?」
「あるけど、なんで分かるんだ?」
「10歳の少年がたった二年で大陸を横断し、かつ厳重な警備をくぐり抜けて世界龍に会う。そんな離れ業、『契約』で手に入れた瞬間移動でも無いと説明がつかないだろう」
「……全部お見通しかよ。だが僕は動けないぞ、誰かさんが無理矢理マッサージをしたせいでな」
「うっ……」
「予想的中。なら、これを飲むと良い」
千里は鞄の中から小瓶を取りだし、ニールに向けて放り投げる。
「君達と話をしてる最中も、俺はカバンの能力を使って君の疲労を取り去るのに最適な薬を生成していた。しかし絶滅した人種に適した薬となると、多少なりとも生成に時間がかかると思ってね。少々、時間稼ぎをさせてもらった」
「それじゃあ僕達ディールの伝統衣装を着て僕を出迎えたり――」
「部屋中を本で散らかしたりしてたのも、全部千里さまの策略って事ですか!?」
「ご名答。ちゃんと仕掛けたネタにじっくり反応してくれたお陰で、薬が出来上がるタイミングをバッチリ合わせられた。とはいえ、ニールのあの反応は僕の意図しないものだった。事が終わったら改めて謝罪させてくれ」
「なんだ、謝ってくれるのか。てっきりプライドの高い男なのかと思ったが……よし、そう言う事なら水に流す」
小瓶のコルクを抜き、グイッと一気飲みするニール。すると、一秒も経たないうちにニールは立ち上がる事に成功する。
「よし、実験は成功だ! それじゃニール、天音の事を頼んだぞ。これが天音のいる座標だ」
「確かに受け取った。安心しろ、必ず無傷で連れて帰る。くれぐれも、ディナーの準備は頼んだぞ」
千里から小さな紙を受け取ったニールは、懐から時計を出して上部のボタンを押す。するとニールは一瞬だけ微かな光を全身から放ち、その後姿を消す。
瞬間移動を見届けた千里は、部屋中に散らばった本を拾い始める。
「さてと、散らかした本を片付けないとな。流、手伝ってくれ」
「私が!? あぁもう、どうしてこうも私の扱いは雑なのでしょうか……」
文句を言いながらも、流は迷うこと無く本を拾い始めるのだった。
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