第二章:始祖の転生者達

第5話 海江田 流/武道系ご令嬢

 日がすっかり沈んだ頃、ニールは豪華な客室の中で目を覚ます。


(……あ、れ……? 確か僕は、さっきまで音巴と食事をしてたはず)


 ニールは床からゆっくりと体を起き上がり、辺りを見渡す。


 小さなシャンデリアが浮かぶ、カーペットも家具も赤紫色で統一された豪華な部屋。


(貴族の部屋みたいだ。こんな場所、王族とかでもなければ住めなさそうだが――)


 そのとき、部屋のドアが開く音がする。振り返ると、そこには真っ黒な道着を着た黒髪ポニーテールの女性がいた。女性はニールと目が合うと、深々と一礼する。


「お目覚めですか。龍崎さん心配なされてましたよ? 運ばれてきた料理を一口食べた瞬間、貴方は発狂して気絶したといいますから」

「……そうなのか、覚えてないな」

「とにかく、大事ないようで安心しました。続けて自己紹介をさせて下さい。私は海江田流かいえだながれ、横須賀第十一高校学校二年生の16歳です」

「ご、ご丁寧にどうも?」


 思わずニールは地面に膝を着き、太ももの上に手を置いて座る。


「貴方まで礼儀正しくしなくてよろしいのですよ、誰にでも礼儀正しくするのは私のクセですから」

「そうか、なら自然体で行かせてもらう。いてて……」


 呻きながら立ち上がるニール。その様子を見て、流はすぐにニールの傍に駆け寄って全身を触る。


「うわぁ、凄い肩凝ってますね。肩だけじゃない、全身の筋肉が尋常じゃなく痛んでる……」

「あ、あまりベタベタ全身触るなよ」

「すみません、マッサージ師の血が騒いでしまってつい。しかし、凝りを認知してしまった以上はもう放っておけません。そのベッドにうつ伏せに寝て下さい。治療します」

「ベッド? ああ、後ろにあるのか。しかし高級そうだ、僕なんかが寝るのは忍びないな」

「良いから寝て下さい!!」


 突如、流はニールに投げ技を仕掛けてベッドに無理矢理寝かせる。


 投げられたニールはベッドにうつ伏せの姿勢で倒れ込み、流はすかさずニールに馬乗りになる。


「な、何するんだ急に! ってかアンタ、武術家なのかよ!」

「そちらはあくまでも趣味です。さあ、大人しく私にほぐされなさい」

「別に抵抗する気な――痛だだだだだ!!」


 流に親指で背中を強く押されたニールは、手足を激しくばたつかせ始める。


「暴れないで下さい! 痛いのは分かりますが、耐え抜けば天国が広がりますよ!」

「無茶言うんじゃ……あああああああああ!!!」


 絶叫しながら暴れ回るニールを押さえ付けながら、流は上半身のあちこちを押したり叩いたりしてマッサージを続ける。


 家中に大きな物音が響く中、タオル1枚だけ身に纏った水浸しの音巴が部屋の中へ飛び込んでくる。


「どうどう静かに! 何の騒ぎや!」

「すみません音巴さま、彼のマッサージに、少し手こずってまして……!」


 会話してる途中も、流はニールの腕のツボを押して叫ばせてしまう。


「あー、流ちゃん? そないに急ぐ必要はないで。2000年分の凝りなんて、一朝一夕に取れるもんやないやろ」

「……確かにそうですね。すみませんニールさま、つい貴方の気持ちも考えず――」

「いいから! さっさと! 指を! 離せええええ!!」


 慌てて流が上半身を起こすと、ニールは息を切らしながら全身の力を抜く。


「流ちゃんも知っとうやろけど、流ちゃんのマッサージはよぉ効くけどすっごい痛いねん。もし今日以降もやるなら、一日五分ぐらいに留めときや」

「分かりました」

「うんうん。ほなウチは風呂場に戻るから、彼が落ち着いたらメンバーの紹介頼むな」


 タオルを抑えながら駆け足で部屋をでる音巴。ニールの体から降りた流は、深々と頭を下げる。


「本当に申し訳ございません。私、どうお詫びしていいか……」

「詫びる手段が欲しいなら……僕を背負って案内をするといい。叫びすぎて、立ち上がる体力が無いんだ」

「ではそのように致します」


 ニールが仰向けになると、流は背中からニールに向けてダイブする。


「ぐえっ!?」


 押しつぶされた衝撃で呻き声を上げるニールなど気にも留めず、ニールを背負って流は部屋を出た。


(あぁもう! 礼儀正しいクセに不器用だとか、なんてアンバランスな奴なんだ!)


 部屋を出たニールと流の目前に、レッドカーペットが敷かれた幅の大きな階段が映る。辺りを見渡すと、ニール達がいる場所は二階で、出てきた部屋の他にも四つほど部屋があることに気付く。


「へぇ、デカい家だな。こんな家を持てるなんて、アンタらのバックにいる支援者とやらは余程金持ちらしい」

「支援者……ユラさまの事ですか? あの人はとても優しくて良いお方です。機会が合えば、是非お会いして頂きたいものです」

「ユラね、覚えとこう。ところで、これから誰に会いに行くんだ?」


 流は階段を降りながら答える。


「まず最初に、山神千里やまがみちさとさまに会いに行きます。紹介がてら少し話をした後、もう一人の行方について彼に話を聞いてみようかなと」

「……行方? そいつは不在なのか?」

「ええ。千里さまの話によると、彼はとある組織に絡まれて逃げている途中なのだとか。私も組織についてはよく知らないので、改めて千里さまにもう一度質問してみようかと」

「なるほど、ならその質問の場に僕も立ち会って良いか? 現代世界の事は、なんでも知りたいんだ」

「もちろん構いませんよ」


 そうこうしている内に、流は1枚の木のドアの前に立っていた。流がドアをノックすると、中から入室を促す返事が聞こえる。


 流が指示に従ってドアを開けると、部屋の中から十数冊の本がなだれ込んでくる。慌てて流が上に飛ぶと、勢い余ってニールは上空に放り出される。


「馬鹿あああああ!!」


 その時、部屋の中からドアを押しのけて車輪付きのカバンが飛び出して来た。カバンは落ちてきたニールの下敷きになり、車輪の脚に着いたサスペンションで衝撃を和らげる。


「あ……? なんだこれ」

「すみませんニールさま! それと、千里さまも!」

「いいんだよ、俺の不手際だから」


 そう言いながら部屋の中から出てきたのは――


 ディール族の伝統衣装を着た、金髪燈眼の美青年だった。

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