第4話 こども法律家
人々が行き交う大通りを、二人並んで進むニールと音巴。
「さて、どこから話したろかな……せや、転生者とはなにかって聞きたかってんな君は」
「そうだな。テンセイシャというのは、新たな時代のメジャーな職業なのか?」
「いや? でも主は、『転生者はいずれメジャーな存在になる』って言うとったな」
「主ねえ。そんじゃ、『契約機』はその主から貰ったって事で良いんだよな? もしかしてそいつは――」
「詳しくは言えへん。せやけど、君と同じディール族ではない事は確かや」
「……だよな」
溜息をつき、露骨に肩を落とすニール。音巴はニールの肩に手を置いて口を開くが――
「励まそうとしなくて良い。一族を滅ぼした光をその目で見たクセに、運良く誰か生き残ってないかな、なんて甘い考えを一瞬でも持った僕が悪いんだ」
「……」
「それより、転生者についての説明を続けてくれ」
ニールの肩から手を放し、深く息を吐く音巴。
「うん、気を取り直して話すわ。転生者っちゅうんは、ココとは違う世界からやって来た人間を差す言葉や。ウチの他にも転生者は3人いて、その全員が日本って国から来とる」
「人間が支配する世界で、国の概念がある……異世界と言う割には、こっちとほとんど文化の違いは無さそうだ」
「そやな。景観はウチらの時代よりちと古いけど、文明の在り方は似てるな。ほんで次はどうやって君の出所を知ったかどうかやけど、そこはウチらが来た理由にも関係が……!?」
その時、遙か上空で爆発音がし、大量のレンガが雨のように降り注ぐ。その雨は間もなく二人を襲うかと思われたが――
ニールが時計のボタンを押すと、レンガは一つ残らず空中でピタリと静止する。
「な、なんやこれ!?」
「いいから、続けて」
音巴は目を丸くしてニールを見た後、ニールの手を引いて安全な場所まで駆け出し、歩道にレンガが落ちる轟音を耳を塞いで凌ぐ。
やがてその音に野次馬達が群がり始めるが、音巴とニールは気にせず話を続ける。
「ウチらは二週間前にココに来てんけど、その直前にウチらを転生させた主から、最初に取る行動と使命について指示を受けてん。そんでその取るべき行動ってのが、『ニール・レオンハートとの接触』やった」
「理由は?」
「主が言うには『世界を旅するなら法律の専門家を連れて行った方が良いから』らしいねんけど……心当たりはあるか?」
「……確かに僕達ディール族は、子供の頃から本土上陸を夢見て法律を熱心に学んできた。それすらも知ってるなんて、主という奴は一体何者なんだ……」
「なら、ウチらに手を貸してくれへん? ウチらの目的は世界中を旅して、10年後に来る転生者に向けて『異世界大百科』を書き上げる事やねん。ウチら転生者の知識と技術は世界の役に立つ! だから――」
「正直、しんどいな」
頭を掻き、バツが悪そうに俯くニール。
「確かに僕は法律を学んできたが、それは2000年前のものだ。法律は年々めまぐるしく変わる。となれば、僕の古すぎる知識はまるで役に立たないだろう」
「せやけど、法律を学んだ経験はあるんやろ? なら、それを活かして新しく学び直せばええ」
「……1からか? 面倒くさいなあ。大体、なんで僕がアンタらの為にそこまでしなきゃならないんだ」
「嫌やったら断ってもええけど、断るなら今後の資金繰りについてどうするか聞かせてもらわな」
「うっ、痛いところを突く……」
ニールは腕組みをし、溜息をつく。
「法律家としてウチらの世話をしてくれれば、衣食住を保証した上で毎月ええ額のお給金をやる。さらにさらに、共に旅をする仲間も出来るで? どや、これ以上ない好待遇やろ!」
「ふむ、確かに恐縮してしまうぐらいの良い扱いだな。しかし、金はあるのか? 別の世界から来たばかりの人間が、金を持ってるとは到底思えないが」
「そこは安心せえ、主の支援者から『10年は過不足なく暮らせる金』を貰っとる。当然、君含めて5人分ね?」
「……そんなに僕が欲しかったのか、その主とやらは」
目を閉じ、思考に耽るニール。そんなニールの頭には、監獄に入ったばかりの頃に様々な人間から言われた、多種多様な『お前さえいなければ』の声が思い浮かんでいた。
(そうだ。僕は一度だって、誰かに必要とされたことがなかった。だからなんか……胸が熱いのか)
そっと目を開けたニールの赤い瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。両目を腕で擦り、ニールは音巴の目を見る。
「その話、受けよう」
「ホンマか!?」
「ただし条件がある。現代には、有効な法律が一つの抜けもなく記載された『三法全書』なる本があるらしい。監獄の中で聞いた話によれば、最新の2002年版がつい先週発売されたと聞く。契約金として――」
その時、ニールの腹がぐぅ~っと鳴る。
「……その本と、美味い食事を一食分ほど奢って欲しい。それさえ叶えば、僕はアンタらに着いていこう」
少し俯いて呟くニールを見て、音巴は腹を抱えて笑い出す。
「わ、笑うなよ! 仕方ないだろ、2000年も刑務所のご飯しか食ってなかったんだからさ!」
「アハハハハ! ご、ごめんごめん。あまりにもベタな笑いどころ過ぎて、逆に爆笑してもうた」
「分かったら早く連れて行ってくれ、グダグダしてたら歩けなくなっちまいそうだ」
「はー……そないに深刻なら、早う連れて行かな。おぶったろか?」
「頼むわ」
こうしてニールは音巴に背負われ、彼女の導きを受けて町の中へ入っていく。
二人の間に会話はなく、ニールはただ、久々に感じた人の背の暖かさに身を委ねているのだった。
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