第2話 2000年後の僕は

「起きろ! 囚人番号00001!」


 暗くじめじめした個室の中、男は檻を蹴ってそう叫ぶ。すると、檻の中から布がすれる音と靴底が床を叩く音がした。


「……生きてるよ」

「そうだろうな」

「生存確認が済んだなら早く行ってくれ。早く睡眠に戻らないと心が擦り切れてしまう」

「悪いが今日ばかりはそうもいかん。俺は今日、お前が外に出る手伝いをしろと言われて来たからな」

「脱獄か? 要らないよ。僕が犯した罪の重さは、アンタもよ~く知って――」

「違う。司法官長が今日、お前の釈放を決定したんだよ」

「なんだって!?」


 檻の中で立ち上がる音がした直後、檻に赤髪の少年がつかみかかる。少年の顔の右半分には薄く茶色い焼け跡があり、それを見た看守は少し息を呑む。


「僕が何をしたか知らないワケじゃ無いだろ! 世界龍を殺し、世界の秩序を乱したんだぞ!?」

「それ2000年前の話ね。確かに当時は結構荒れたっぽいけど、それも遠い昔。むしろ荒れてる時期に起こった争いのお陰で栄えてる今があるから、現代人のほとんどは君を英雄視している」

「……」


 檻からそっと手を降ろし、俯いてフッと笑う少年。


「おかしいと思ってたんだ。収監されたばかりの頃は誰からも強く当たられたが、時間が経つに連れ、僕に対し誰も何も言わなくなった。何が起きてるんだと思ってはいたが……そんなに経ってたなんて」

「お前は四六時中寝てたもんな、そりゃあ時間感覚も失うわ」

「……あの時結んだ契約のせいで、僕は戦いでしか死ねなくなったんだぞ。日中ずっと起き続けたらおかしくなっちまう」

「なるほど、不死身じゃあ死刑も数十回失敗するわな」


 男は牢屋の鍵を外し、ドアを開ける。


「行くぞ、自由になる準備をするんだ」


 少年は黙り込んだまま、牢屋を出て看守の後に着いていく。


 個室を出た二人は、窓から差し込む朝日で明るくなった、タイル張りの廊下を歩く。


 前方から差す光に腕で目を隠しながら少年に気付いた看守は、サングラスを少年に手渡す。


「なんだこれ」

「サングラスって奴だ。掛けるとまぶしくなくなるぞ」

「なるほど、これが現代の技術か」


 つるを開き、サングラスを耳に掛ける少年。


「そういえば、なんで僕の死刑が取り消されたんだ? 当時の司法官長はどこかのタイミングで、死刑判決はそのままに、僕の処遇を仮釈放無しの無期禁錮刑に切り替えたと聞いてたんだが」

「この2000年で300回も刑務所を移動したんだ、となりゃあ、どこかで情報の引き継ぎに誤りが生じても不思議じゃない」

「歴史に残る大罪人の情報だろ、しっかり引き継げよ……」


 ほどなくして看守と少年は廊下の突き当たりにある部屋に入り、看守は目の前にあるカメラで少年の体を撮影する。


 カメラから出てきたフィルムを眺めた看守は、それを細かく破って地面に捨てる。


「わかりきってた事だが、服の下には何も隠して無いな」

「へぇ、触れずとも分かるのか」

「さ、次は着替えの時間だ。囚人服のまま外に出すワケにもいかんし、当然お前が出頭したときに着てた服は朽ちてこの世に無い。だから――」


 看守は部屋の隅にある机の引き出しから紙袋を取り出し、その中身を引き出す。


「昨日、お前にピッタリ合う服を買ってきておいた。この場で着替えろ」


 少年に服を投げ渡す看守。それを受け取った少年は、畳まれた服を一つ一つ床に広げていく。


「……実に珍妙な服だな」


 ファー付きのフードを携えた赤いコート、白いシャツ、ベージュのショートパンツに黒スニーカー。床に並べられたそれを見て、少年は首をかしげる。


「2000年前の人間から見りゃあそうだわな。だがこれは、現代じゃ結構メジャーな服装なんだぜ?」

「こんなのが? まあいい、着てみるか」


 身に纏ったボロ布を脱ぎ捨て、地面から服を次々拾い上げて着る少年。少し着方に迷う様子を見せつつも、さして手こずる事無く少年は着替えを終える。


「ほう、思ってた以上に似合ってるな。手足の細々とした焼け跡さえなければ完璧だったんだが」

「それはどうしようもないな。しかし似合ってるのか。それじゃ、外出た後にでも鏡を見て確認するか」


 コートの袖を摘まんだり、くるりと回ってはためく裾の感覚を楽しんだ後、少年は部屋の隅で腕組みして経っている看守に近づく。


「もう良いのか? いいなら出口に行くぞ」

「ああ、だが最後に一つ聞かせてくれ」

「構わんが、時間が押してるから歩きながら答えるとしよう」


 看守はすぐ横にあるドアを開け、その中に入る。少年もまた看守に続いて中に入り、部屋を出た後にドアを閉める。


 コンクリート打ちっ放しの狭い廊下を歩きながら、少年は看守に声を掛ける。


「アンタは僕にサングラスや服をくれたり、僕の疑問に対し真摯に答えてくれただろ。なあ、看守なのにどうしてそんなに僕に良くしてくれるんだ?」


 少し黙った後、看守は溜息をつく。


「10年前に移送されたばかりのお前の情報を見て、俺はお前をすごい可哀想な奴だなって思ったんだ。とてもじゃないが、齢12のガキがしていい経験じゃないとな」

「……自分が不幸な男だなんて、思ってもみなかった」

「そう思う余地もないくらい真剣に罪に向き合ったんだろ? 2000年間もさ。それはお前の監視役だった俺がよく知ってる」


 看守はふと立ち止まり、振り返って少年の頭を撫でる。


「俺はお前みたいな模範囚には初めて会ったし、これからもお前以上の模範囚に会うことは無いだろう。だから珍しい体験をさせてくれた礼に、お前の助けになりたいと思ってさ」

「ほ、本気で言ってんの?」

「大マジ。さ、質問に答えたところで出所の時間だ。突き当たりにあるドアを開ければ、その先はもう外の世界だ。どうかたくましく生きてくれ、『ニール・レオンハート』」


 少しの間口を開けて唖然としていたニールだったが、看守が錆びた懐中時計をニールの胸に押しつけると、ハッと我に返ってソレを受け取りポケットにしまう。


 時計を手に取ったニールは看守の目を見つめ、一回強く頷き看守の横を通ってドアに向かい歩き出す。


 そうして十数歩あるいた後、ふと立ち止まったニールは振り返ってこう言う。


「ありがとう、看守さん。アンタのお陰で僕は、前向きに外の世界へ出れそうだ」


 しかし看守は既にニールに背を向けており、丁度後ろのドアを開けて室内へ入ろうとしている所だった。


(……時間押してるって言ってたもんな)


 ニールは再び前を向いて駆け出し、ドアの目前に到着するとドアノブに手を掛ける。


(世界を変えた者として、僕は現代世界の全てを見届ける必要がある。良い点も悪い点も漏れなく観察し――)


 目を閉じ、深く息を吐くニール。


(そして、見定めるんだ。僕は人の世を切り開いた英雄なのか、それとも信仰を壊して世界を混沌に貶めた戦犯なのか。何年かかろうと、自らの手で必ず裁定を下してみせる)


 ニールはパッと目を開け、ドアノブをひねる。


「眠れる獅子を無理矢理起こしたんだ、変化も刺激もない退屈な世界は見せないでくれよ。どうか僕の事を、絶えずドギマギさせてくれ」


 意を決し、ニールはドアを思いっきり開けて外に出るのだった。

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