子獅子と契約と始祖の転生者達 ~2002年、原初の異界を作る旅~

熟々蒼依

第一部・大都市シナトス編

第一章:英雄/戦犯、再起動

第1話 不測の大革命

 長く続く石の階段を、強風に煽られながら必死に上る赤髪赤目の少年。


 間もなくそれを登り終え、遺跡の門をくぐった少年は――その先で、天を衝く程に巨大な龍と対峙する。


 全身を虹色の鱗で包んだ、頭に四本の黄金の角を持つ龍。龍は少年をジッと見下ろし、睨んでいる。


 少年は歯ぎしり一つして、龍が放つ威圧感を跳ね返して一歩踏み出す。


「……トライ諸島のディール族、覚えてるか?」


 少しの沈黙の後、龍はゆっくり口を開ける。


『知らぬ』

「だと思ったよ。人間が食事を摂る感覚で、お前は人の命を踏みにじる」


 懐から金色の時計を取り出し、右手で握り龍に向けて突き出す少年。


「本当なら今すぐ『契約』を使ってお前を倒したい所だが、聞きたいことがあるから少し我慢してやる」

『あぁ、「契約機」か。思い出したぞ。かつて数十万年前にそんな文明を持つ民族を、大陸を追い出し孤島に封じ込めたことがあったな』

「そうだ。お前は僕らがもつ『契約』の力が世界を脅かすと思って隔離した。当事者ながら、その判断は正しいと思っている。契約は、対価さえ支払えば何でも出来るからな」

『正しいと思っている割には、文句がある様子だが?』


 少年は下げている左手を、震えるほど強く握る。


「五年前、数人のディール人は大陸に渡ろうと船を作った。侵略や復讐の為じゃなく、ただ旅行しに渡ろうとした。それから三年後に船は完成し、海に浮かべられたが――」


 次の瞬間、少年は右手を下げ、左手で龍に指を差す。


「その直後、お前が僕達に何をしたか言ってみろ!!」

『……民族まるごと消し去った』

「そうだ! 理由も聞かず『絶滅』を行うと一方的に宣言し、全員殺した! きっとお前は、当事者から理由を聞いたり恨みを買うのが面倒くさくて殺したんだろう!!」

『違う、我は――』

「黙れ! お前はいつだって奪う側で、奪われる側の気持ちを知らないからあんな酷い事が出来るんだ! 奪われる側の気持ち、いま分からせてやる!」


 右手を上げ、時計上部にあるボタンを親指で押す少年。すると少年の足元に灰色の大きな魔方陣が展開される。


「『Deal取引』! 『戦わずに死ぬ権利』と『成長する権利』を捧げ、世界龍を倒す力を我が――」


 刹那、世界龍の口から巨大な火炎弾が放たれ少年に着弾する。


 弾は大きな炎柱と伴って爆発し、辺り一帯を焼き払う。やがて炎柱が消え、煙が晴れると――


 その爆心地には、白銀の鎧を纏う騎士が居た。


「……すごい! 何ともないぞ! これが世界龍を倒す力か!」


 少年は頭を下げて、手の平や体に着いた鎧を眺めている。


 龍は僅かな間息を飲んで驚くも、すぐに気を取り直し今度は空から大量の隕石を降らせる。


「見える! 隕石の隙間に、世界龍の喉元へ向かう道が!」


 少年は足についたジェットエンジンを噴射して空中に飛び、降り注ぐ隕石を足場にしてさらに高く飛び上がり、急速に龍との距離を詰めていく。


 あともう一歩で龍に手が届くと言った距離まで近づいた刹那……


(なんだ、周りにある隕石が赤く膨れて――)


 突如隕石が爆発し、少年は真上に打ち上げられる。


 そこへ畳みかけるように、龍は少年に向けて特大のビームを口から放つ。


 少年は咄嗟に顔の前で腕を交差させてガードするも、まもなく全身が光線に包まれ装甲にヒビが入る。


(わ、割れる……! このままじゃ装甲が割れちまう! 世界龍を倒せる力なのに、こんなに簡単に割れるのかよ!)


 ヒビはさらに深くなり、いよいよ剥がれ落ちようとしたその時――


「力は、何も考えずに扱っちゃ意味がねぇって事か!? ならいいぜ、腐る前に捨ててやる!!」


 足のジェットを展開し、ビームの中を跳び蹴りの姿勢を維持したまま進んでいく少年。


 鎧は徐々に剥がれ落ち、剥き出しになった肌は一瞬で焼け焦げる。苦痛に顔を歪めること無く龍に向けて歩を進める。


「喰らえ! お前に奪われた者の、執念の一撃を!!」


 遂に少年はビームを放つ龍の口元にたどり着き、最後に残った右足のジェットエンジンを最大出力で点火させ、口の中へ突っ込んでうなじから突き抜けた。


 龍の青い血を纏って出てくる少年の体には鎧がほとんど着いておらず、着ていた服も所々熱で燃えてボロボロになっていた。


 龍は首をうねらせて地面に倒れ込み、のたうち回って辺りの地面をグラグラと揺らす。


 少年はかろうじて残っていた足の鎧を使って高所から無事に着地し、崩れる鎧を見る事無く振り返って龍の姿を見る。


「なんてザマだ。これが、2000万年もの間世界中の人間から崇められてきた神の姿かよ」


 その時、少年は激しい咳をする。それから口の中に溜まった血を唾と共に地面に吐き出し、口元を拭く。


「アンタは神様だ。どうせその傷も、よくわからん神秘的な力ですぐ治すんだろ? もう治していいぞ。お前を地に伏せた時点で、僕の気は済んでいる」


 少年はそう言って溜息をつく。しかし、龍は依然としてジタバタとのたうち回っている。


「だが、お前の誇りと威厳はもうズタズタだ。これから一生、お前の脳裏にはよくわからんガキに一度打ち負かされたちう事実が浮かび続けるんだ。これで分かったか? 奪われる側の気持ちが」


 そうして少年が一歩踏み出した瞬間、龍はぐったりと全身の力を抜いて動かなくなってしまう。


 その様子を見て、少年は冷や汗を掻く。


「お、おい。どうしたんだよ、なあ」


 しかし、龍は動かない。それどころか、龍が横たわっている床から青い液体がにじみ出てくる。その青い液体を見て、少年は膝から崩れ落ちる。


「うそ、だろ。本当に死んでんのか……? あぁ、僕はなんてことを……」


 頭を抱え、顔面蒼白になる少年。


(僕はただ、あいつから何か一つ大切な物を奪ってやりたいだけだった。そのためには一度殺して、消えぬ屈辱を与えるのが一番だと……)


 背中を丸めてうずくまり、咳をしながら呻く少年。


(まさかそのまま死ぬなんて思わないだろう! だって、僕を含めたこの世界の誰もが、あいつを神だと信じてやまなかったんだぞ!?)


 嗚咽したい気持ちをぐっと抑えてゆっくり立ち上がった少年は、龍の亡骸を背に門に向けフラフラと歩き出す。


(今日まで世界が平和だったのは、皆が世界龍への信仰で団結していたからだ。けど僕が迂闊な事をしたせいで信仰は否定され、世界は統治者を失った……)


 門を抜け、階段の前で立ち止まる少年。階段の下の景色を見下ろそうとするも、辺り一面に漂う濃い霧に遮られて見えなかった。


「……僕に出来る事は、せめて法の裁きを受けること。責任を持って、信者達のリンチの的にでもなるとしよう」


 息を大きく吐き、階段を降り始める少年。そんな少年の目に、光は無かった。

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