1-2 刺客
ふと、うるさいほどの静寂の中、どこからか水がはねる音が聞こえてきた。思わず身をかがめる。
「雨?」
いや、今夜は満天の星空のはずだ、月だって出ている。
私が音の方へ顔を向けると、そこには水の出ていない大きな噴水があった。夜だからなのか、それとも故障中なのか、眠っているかのように庭の中央にその重い腰をおろしている。
私は彼を起こさないように静かに裏側へまわり込むと、揺らめく水面を恐るおそる透かし見た。いた! 純白のすべすべした体に光る青い目、三十センチほどの毒ヘビ『フロイント (*1) 』だ。
体は小さいけれど、数滴の毒でドラゴンまでも殺せてしまう危ない奴だ。私に気づいたフロイントはゆっくりと頭を持ち上げ、いまにも噛みつこうと戦闘態勢をとっている。私も一、二歩飛び下がり、攻撃に備えダガーを握りなおした。
「でもなんでこんなところにフロイントが? 確かこいつは北山脈 (*2) の奥地にしか生息していないはずなのに……」
そんなことを呟いていると、さっそく毒牙をもつ小さな口を広げフロイントが攻撃を仕掛けてきた。彼が水面から飛び出るのと同時に、私も体をひねりながら左側へ飛び退く。彼の攻撃が私の右頬のすぐ近くをかすめた (*3) 。
それと同時に私もダガーで切り上げる。私の攻撃もむなしく
チッ、危なかった。いま少しでも反応が遅れていれば全身にあいつの毒がまわっていたところだ。もちろん彼の牙をかすっただけで即死。想像しただけで悪寒が走る。私はスッと立ち上がると、ダガーを構えフロイントを睨みつけた。
「て、手厚い歓迎どうもありがとう。嬉しすぎて死んじゃいそうだったわ」
しかしあいつは、私の言葉に何も反応を示さない。人の言葉がわからないのか、それとも分かってて無視を決めつけているのか。ただ一つだけ分かるのはあいつには殺意しかないということ、これだけは確実だ。
「二度もアンタに先制を取らせない!」
私はダガーを持つ手に力を入れると態勢を低くしてフロイントとの距離を一気に詰める。そして彼が飛んだと同時に手を突き出し切り付けた。
タイミングはばっちり、なんとか上手い具合にフロイントの尻尾部分をダガーが捕らえ、刃が食い込み身を引き裂いた。これで当分の間は動けないだろう。
私も少し体制を崩しながらもなんとか両足で踏ん張るが、息が乱れ、肩で呼吸してしまう。私の頬を垂れる一筋の汗が、月光に照らされ鈍い光を放った。思った以上にフロイントは吹き飛び私との間に距離ができた。チャンスだ。
すかさず私はダガーを順手に持ち替えると、腰を低くし地面にそれを突き立て右足に体重をかけながらコンパスの要領で二、三回回転すると円を描いた。足元の石畳にはダガーで削って (*4) 描いた大小異なる白い円が描かれる。
私はさらにいくつかの図形と文字を付け加え
「
「純白の踊る木漏れ日のように、漆黒の
「万物に宿りし世界の
私の詠唱に反応して足元に描かれたペンタクルが青白く輝き浮かび上がる。身にまとっていたローブは大きくなびき、私の身体に電撃が走りだした。
「我が身を貫け、駆け抜けろ。我が身を介し、切り刻め! 喰らえ、
次の瞬間、辺りが青白い光に包まれたかと思うと、極限まで圧縮された雷がうなり声を上げながら両手から飛び出す。同時に反動で身体が後ろへ引っ張られた。
電撃はまっすぐに飛びフロイントを捕らえる。もろに攻撃を受けたフロイントは体をくねらせながらもがいている。体が濡れているから相当ダメージを喰らうはずだ。
私は微動だにせず、ただただ彼を睨み続けていた。
しだいにフロイントは動かなくなり、とうとう頭を垂れうなだれる。彼が動かなくなるのを遠目で確認すると、私は糸の切れたマリオネットのように崩れその場に腰を下ろした。当分立てそうもない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
*1 真っ白な毒蛇・フロイント。あ、安易に近づいちゃダメよ。傷口がなくても肌からでもその毒を吸収しちゃうからね。
*2 この国の北側にある山脈の事よ。火山活動が活発で常に火山灰に覆われていることから『黒い山脈』とも言われているわ。またその向こう側は魔物たちの住処になっているからほとんどの人は近づこうとしないの。
*3 ちっとちょっと! いま戦闘中なのよ、早く戻ってきて!
*4 え? ダガーの刃が欠ける? 大丈夫よ、これも魔法具でちゃんとエンチャントが掛かっているから欠けることはないわ。
*5 魔法を使うときは別に杖がなくても詠唱出来るわ。杖はあくまでも自分の魔力を増幅するための道具で他の魔法具でも大丈夫なの。私の場合はダガーね。ただ杖は増幅率のコスバがめちゃくちゃいい事と価格が超高価だってことかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます