1-3 家族
しばらくして、頬をなでる一陣の風と共に羽の生えた小さな女の子が目の前に現れた。そう、彼女こそが私の大切なパートナー、『リア』だ。
彼女は私が国家魔術師になった証として魔術師ギルドで紹介してもらった守護精霊。仕事仲間であり、親友であり、家族でもある。
背の丈は私の手のひらくらいしかなく (*1) 、その小さな身体をカバーするかのように人一倍気が強い。服装は私とお揃いで緑と茶色を基調とした上着とハーフパンツ。背には透き通る羽が四枚生え、月の光を浴び微かにきらめいている。
リアは目の前の残骸を見て、私の背にその小さな身体を隠した。私は彼女を落ち着かせるように座ったままの自分のふとももに乗せると無理に笑顔を作る。
「ちょっと、小さなお友達の歓迎パーティに誘われちゃってね (*2) 」
私がそう言うとリアは飛びあがり、腰に手をあて私の顔を覗き込んできた。
「部屋にもいないし、魔法の痕跡を辿ってきてみたら、こんなことに巻き込まれているなんて。もう、笑い話にもならないわよ、モニカ」
彼女は『白い塊』の近くに歩み寄ると、若葉色の長い前髪から小さな琥珀色の瞳を
「純白の毒ヘビ、フロイントね。どうしてこんな奴が王家の庭にいるのかしら? ドラゴンを飼いならしているって噂は聞いたことはあるけれど、こいつがこんな南にいるなんて話は聞いたこともないわね。それに……、ん? この香りは……
「ねぇ、リア!」
次々に考えをめぐらせている彼女を私は
「先に家に帰っていて、リア。心配して来てもらったのは嬉しいけど、私は大丈夫だから」
「何が大丈夫だって言うのよ! 今の戦いで衛兵たちに気づかれてしまったはず。それなのにあなたを置いて、アタシひとりで帰ると思う? あなただってアタシの性格を分かっているはずじゃない? そんなこと言われたら余計家に帰らないって。それにもし
「……咬まれてないわよ」
私は肩を落とし、深いため息をはいた。少なくともウソじゃない。服に付いた砂ぼこりをはたき落しながら立ち上がると、地面に刺さったままだったダガーを引き抜き、腰のホルダーへと仕舞う。そしてまだ何か
彼女がいま何を考えているのか分かっている。どうしてこんな真夜中に、しかも王家の庭に侵入するなんてモニカは何を考えているの、と。
リアは私の顔を怒りに満ちた、それでいて心配そうな面持ちでみつめてくる。どうやら隠せそうもなさそうだ。私は深くため息を吐くとゆっくりと口を開く。
「実は、お父さんの……、死んだお父さんの形見を探しているの」
私はリアにそう告げた。彼女は一瞬驚いた表情を見せたが理解したのかすぐに納得する。
十五年前、国家魔術師だった私のお父さんは『魔族と手を組み国王の首を狙っている』という根も葉もない理由で城へ連れて行かれ打ち首になってしまった。
お母さんはお父さんのために抗議したらしいけど、話も聞いてもらえず門前払いを受けたらしい。
そしてその数ヶ月後、お母さんは静かに息を引き取った。もともと身体が弱かったのもあるらしいけれど、お父さんの死がよっぽど応えたんだと思う。お母さんは息を引き取るその瞬間まで、お父さんの名前を口ずさんでいたらしい。
私が産まれてすぐのことだからよく分からないけど、お婆ちゃんにそう聞かされた。
それから私とお婆ちゃんの二人は、小高い丘の上で小さな
まあ、だからといってここで嘆いたってどうしようもないけどね。私は首を横に振り目の前のことに集中することにした。いま成すべきことをリアに伝える。
「お父さんが城へ連れて行かれたとき持っていた魔力を宿す
「それで? 何か当てでもあるの? むやみに探しても見つからないわよ」
心配するリアを横目に、私はハーフパンツのポケットから折りたたまれた
衛兵の一人ひとりの名前と警備ルート、さらには交代時間までもが記載されている。
「実はこの噴水のどこかに地下宝物庫へ通じる秘密の隠し通路があるらしいの」
そう言いながら私は地図の中央、噴水の絵が描かれてある✕印を指差した。するとリアは目を丸くして声を上げる。
「どこでこんな地図を手に入れたの? これって国家機密じゃない?!」
リアが驚くのも無理はない。私だって初めてこの地図を雑貨屋の店主から見せてもらった時は正直驚いた。もちろん雑貨屋は隠れ
だからいつもの冗談のつもりで言ってみたつもりだったのに、理由も訊かずに彼はスッと例の地図を差し出してきたのだ。深く被ったフードの奥でいつもみたいにニヤニヤ笑っているだけ (*4) 。
なぜこんなものを持っているのか、どこで手に入れたのかと問いただしてみたけれど、相変わらず首を横に振る。彼は絶対に情報元を教えてはくれない。決して安いと言える金額ではないし、本物かどうかも疑わしかった。
けれど、「今買わないと明日には無いかもしれませんね。いや、もしかすると『言い間違えて』衛兵に嬢ちゃんのことを言ってしまうかもしれませんね、へへ」という脅しのような交渉をしてきたので渋々購入してしまったのだ。
今考えればあの時の私はどうかしていたのだと思う。その代わり、欲しかった食器セットと、クマのぬいぐるみをタダで付けてもらったけどね。
「はぁ……、わかったわ、モニカ。あれだけ暴れたのに誰もやって来ないのは気がかりだけど、今のうちに探してしまいましょう。でも危ないと判断したらすぐに家に連れ帰るからね。それでもいい?」
「……リア。うん、ありがとう」
「べ、別にあんたのタメじゃないんだから! アンネさんのタメなんだからね! はぁ……もう。あ、あと、一応念のためにフロイントの解毒剤を作るからすぐに飲んでね。まあ、咬まれて生きてる方が奇跡だけど、モニカみたいに魔力が強いなら生き残れるかもね」
私たちはフロイントの亡骸を庭の端に建てた小さな墓へ埋葬し、血と焦げ跡と魔法陣など戦った痕跡はできるだけ消した。
そして
探し始めていったいどれくらいの時間が経ったのだろうか、遠くの山際が仄かに白んでいる。もうすぐ夜明けだ。
やはりあの情報屋にガセネタを掴まされたのだろうか。金細工のティーカップとランプも付けてもらえば良かったと、少し後悔し始めていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
*1 だいたい二十センチくらいの身長かな? お気に入りは私の肩に座ることよ。
*2 ごめんね、急だったからクラッカー用意してなかったのよ。
*3 お父さんも魔術師だったらしいけど、剣を扱うほうが得意だったらしい。いわゆる“二刀流”ってやつね。
*4 いつもフードを被っていて顔は見たことはないのよ。まあ、声を聞いたことはあるから大体は想像は出来るけどね。
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