闇魔導師の大人げない態度

【ダーク・テリトリー】


 灯りの消えたカードショップを見下ろしながら、屋根に身を潜めつつ発動したその魔法にはいくつかの効果がある。


 主には、この魔法を使った人間の周囲を暗くすること。その効果が及んでいる範囲に対して五感が鋭くなることが挙げられる。これも日中だとあまり効果が無い。人間一人の魔法より偉大なる太陽の光の方が断然強力なのでそこまで範囲を広げられないし、不自然に暗いエリアが出来るので範囲外から発見されやすいし。


 しかし夜間であれば、発動したこと自体が察知されづらく、一方的に暗視及び聞き耳を立てることが可能だ。いま俺の眼前にはいくつかの家屋が立ち並び、ぽつぽつと明かりが漏れている。目の前のショップは完全に光が無く、その周囲には人気ひとけも無い。明暗が分かれている風景の中で、俺だけがどちらも同じ色彩で世界を捉えている。


「……あそこか」


 フィジカルだけで屋根から屋根へ飛び移り、店舗の建物周りをぐるっと一周すれば、塀の陰でこそこそしている小汚いフードの二人組を見つけた。継ぎ接ぎの上着にズボン。背丈だけで判断するなら、子供と言えるだろう。人間でない可能性ももちろん有り、そうなら俺より年上の場合も当然考えられる。


「あんたはまわり見張ってなっ。あたしができるだけいっぱい持ってくるから。もし誰か来たらすぐ逃げるんだよ、いいねっ?」


「で、でも……わ、わたしも……」

「トロいんだから大人しく待ってなってっ。だいじょうぶ、すぐ戻るよ」


 こそこそとやり取りをした二人のうち、一人だけが器用に壁をよじ登って、建物の上部に空けられている通気口からするりと内部に侵入した。おぉ……あそこって人間入れるんだな。ショップ内の天井裏から降りる形になるから一方通行だけど。まぁ中に入っちまえばどうとでもなるって考えだろう、実際中から鍵は開けられるしな。


 子供が中に入ってからしばらく待つ。すると、十数秒の後にショップの中から、


「なっ! なんだよこれ!?」


 そんな声が上がった。かかったな! 金庫にも等しい店内へそう簡単に入れる訳なかろうバカめ!! 設置した罠が初めて起動したことに高揚しつつ、俺は屋根から飛び降りてすぐに店の玄関へ。鍵を開けて意気揚々と中に入った。


「いらっしゃいませお客様。ご用件はカードの購入かな? それとも……病気の治療かな?」


 ひらひらと依頼書を振りながら、俺は店内で鎖に拘束されている子供に向かって露悪的に嗤った。


「くっ……逃げろ!!」

「逃げるな! 逃げたらこのガキは殺す!!」


 縛られたまま這いつくばりながらも、外で待っている連れを逃がそうとする推定子供の声に被せ、怒鳴って脅す。しばらく待つと……。


「うっ……ひっく。うぅ……」

「くそっ、バカ……!」


 俺の背後。店の入り口から、泣きじゃくりながらもう一人の子供が入ってきた。先に侵入してた方が、悔しそうに歯噛みしているのがフードの口元から見えた。


「よぉし良い子だ。ほら、こっち来い」


 縛られている子供を無理やり立たせて、もう一人を背中合わせになる様に指示する。そのまま床に座らせてから、


「影の鎖よ。偉大なる王を飾る金よ。連なりし我を助けたまえ。我が敵を縛り、その力を封じたまえ──【シャドウ・チェイン】」


「ぐぁ……」

「ひぅっ……!」


 敵を束縛する魔法を重ねてかけた。最初に侵入した子供を縛ったものと同じ魔法を、今度は俺自身がかけ直したのだ。二人の動きを封じたことを確認してから、俺はレジの金庫を開けた。その中に保管していた暗い色の石を取り出して、ポッケにしまう。すると、最初に発動していた拘束魔法が消失した。二重にかかってるとさすがに苦しすぎるだろうからな。


 俺はこの店に、防犯として結界魔法というものを仕込んでいる。主に土地や建物規模で使用する魔法であり、その効果は仕込んだ魔法によって千差万別だ。俺が選んだのは【シャドウ・チェイン】。闇属性の拘束魔法だ。暗黒から呼び出した影の鎖で指定した者を縛り、身動きはもちろん魔力すら封じる最強クラスの捕縛術。


 弱点は言うまでもない。捕まえ損ねた敵の仲間が強い光でも放とうもんならすぐに掻き消える。明るい場所では発動すらほぼ不可能。あと、これはほとんど無いと思うが、対象の身体能力があまりに強いと引きちぎられる場合がある。この辺は使用者の実力次第だが、へっぽこ魔法使いが歴戦のマッチョ兵士を縛ろうとしても無駄である。


「……なんだよ、ソレ」


 盗人を捕まえたってのに、さして興味もなさそうに、金庫から何かを取り出す俺の様子が気になったのか。先に侵入したほうが物怖じしない態度で質問してきた。店内は変わらず暗いから気づかれてないと思ってるのかもだが、その子供の目は店内のいたるところを舐めるように観察している。どうにか時間稼ぎして、脱出の糸口を掴もうって腹かな。


「ま、宝石だな。大した価値は無いが……結界魔法って言葉に聞き覚えは?」

「知らねぇよ」


 ぶっきらぼうな態度に思わず失笑した。現状を打開する気があるならもうちょっと媚びるというか、相手を立てるというか。そういう工夫が必要だと思うんだが……別に俺は気にしないけど。


「風水でも良いけどな。意味のある場所に、意味のあるモノを配置する。それらは記号であり、きちんと意図を持って繋げれば、最終的に大きなチカラを生むのさ……例えば、無人の場所で勝手に魔法が発動したり、とかな」


「…………」


 子供は自分の首から下、巻き付いた黒い鎖を見ているようだった。理解してくれたんだろうか? 俺が金庫から取り出した石も、意味のあるモノの一つだ。それを動かせば簡単に結界魔法は解ける。


 と、次いで子供が俺の足元に注目しているのが分かった。見下ろしても何も無かったが、すぐに意図に気づく。地頭は良いようだが、やはり見た目通りの子供と思っていいだろう。諦めない心には敬意を表しても良いかも知れないけどな。


「言っとくが、今お前らを縛ってるのは結界魔法じゃない。結界魔法が発動した後に、俺自身がかけ直して維持してる魔法だ。ちょっと俺を転ばせたくらいじゃ消えやしないぞ」


 一瞬で意識を飛ばされたりしたらその限りじゃないが、そんなことは現状起こらないだろう。この子供たちは魔力ごと動きを封じられてるし、他に仲間が居るとも思えない。


「アンタ……いま、見えてるのか?」

「まぁな」


 魔法カードで発動した【ダーク・テリトリー】は未だに健在だ。カードの併用、つまり二枚のカードを同時に使うことは出来ないが、自前の魔法とカードの魔法を同時に発動することは可能である。俺は【ダーク・テリトリー】で周囲の空間を掌握しながら、【シャドウ・チェイン】で子どもたちを縛っていた。


「……あたしはどうなってもいいからさ。この子だけ、見逃してくれない?」

「……っ!?」


 ここに至ってようやく諦めたようで、子供は片割れを見逃すよう懇願してきた。それに息をのんでいるのは、当の後から入ってきた方……いい加減面倒くさいな。別に盗人の素性にはそこまで興味はないが、円滑にことを進めるには名前くらい聞いといたほうが良いか。


「んじゃ、まずはお話し合いだな……俺はこの店の店主のマナト。お前らは? ……あ、言っとくが偽名使うのはおすすめしないぞ。お前らがどんな些細なことでも嘘をついてると判断した瞬間、俺はお前ら二人を衛兵に突き出す」


 盗人と言えど、脅し文句に使ったように殺すようなつもりは毛頭ない。そんなことはこいつらもとっくに悟っているだろう。なんせ今生きてるんだから。だから、見逃してくれってのは罪ごと見過ごしてくれってこと。要するに「警察だけは勘弁して!」ってことだ。


 自分のやったこと棚に上げてそんなこと頼むんなら、最低限誠意のある態度を見せてもらわないとな。


 俺の言葉に、子供らはちょっとした仕草だけで意志を共有したらしく。蚊の鳴くような声で名前を口にした。


「……あたしはプラン」

「…………チック」


「可愛げないのがプラン。おどおどしてるのがチックね。よろしく」


 背中合わせに座り込んだ子供の隣に俺も屈み、ようやく本題に入った。


「で、なんでこの店を狙った?」

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