奇妙な依頼者の分かりきった目的

 ほとんど陽が落ち、空は遠くに赤を残すのみで、夜と言って差し支えない時間になった。冒険者ギルドを出た俺は、依頼書に指定された廃教会を目指しつつ今回の件について思案していた。


 どっちなんだろう、と。


 高ランクの闇魔法使い冒険者を指定した、"病気の治療"依頼。法外と言える高額報酬に、今は使われていない教会を取引場所とする意図。


 闇属性の魔法のみで治療の真似事が出来るかと聞かれれば、まぁ可能だ。依頼人はそれを知っていて、かつ普通の回復術士ヒーラーでは治療できないような難病に侵されていると言う可能性も無くはない。病の影響で外見にも影響が出ていて、人前に姿を現したくないと考えれば、人目のつかない場所で会いたいって考えるのも道理ではある。


 ちぐはぐな街を歩く。この世界の文明レベルはそう高くないが、魔法なんて便利な技術や外界を闊歩する魔物なんかの影響で、地球とはまるで違った歴史を歩んでいる。前世で好きだったWEBノベル界隈でテンプレ化された、いわゆるナーロッパってのはこういうことだろうか、とふと考えた。例によって先輩転生者がこうなるよう誘導したんだろうか。


 なーんて本題から外れるようなことに意識を割くほどに、俺は依頼内容について興味を失っていたのだ。記載されてる内容の筋が通るようなストーリーは他にもいくらでも思いつく。病気の治療を求めているのは実は幽霊や妖、魔物の類であり、人間の回復魔法では逆効果なのだ! とかそれっぽいよな。


 でも、真相はまるで別だと予想する。どっちなんだろうかと首を傾げるのは、依頼主が俺をどうしたいのか、と言う点だ。とりあえずは廃教会に呼びたいのは確定だが、そこでクライアントはどんな顔を見せてくれるのだろうか。


「……冒険者ギルドで依頼を受けてきた! 闇魔導師のマナトだ! 誰か居るか!?」


 そもそも顔を見せてくれるのか、って話だけど。


 いくらか歩いて目の前に目的地を捉えるや否や、俺はすたすた歩きながら声を上げた。街のメインストリートから少し離れ、遠くに喧噪こそあっても周囲はそれなりに静かだ。この辺で依頼人が待機してるなら、俺の声が聞こえないってことは無いだろう。もし耳に不自由があるなら、最初から姿を現しておくべきだし、パッと見で視界に人気ひとけは無い。


「……病気の治療依頼に心当たりのある者は居るかー?」


 再び周りに聞こえるよう言葉を発するも、やはり廃教会一帯は無人なようで。


「……やっぱ、そっちのパターンだよな──【ダーク・フェザー】」


 大体依頼主の思惑を決め打った俺は、懐から取り出した魔法カードによって闇属性の飛行魔法を発動し、空高く舞い上がった。夜の暗闇に溶けるように背中から生えた翼が、羽ばたくこともなく俺の体を高速で運んでいく。どこへ向かうかと言えばもちろん、我がカードショップである。


「……うん、一応は実用レベルだな」


 もはや依頼のことなど頭の隅に追いやって、たった今使用した魔法カードについて考える。【ダーク・フェザー】の魔法は、暗闇の中か、あるいは夜間のみ、発動者に飛行能力を付与する翼を生やす、と言う便利なようで使い勝手の悪い魔法だ。しかも詠唱がそこそこに長い。


 習得するためには闇魔法士路線になってしまうこともあって、テレポート同様に覚えたがる人間は皆無と言える。飛んで移動したいだけなら風か空属性の方が覚えやすいし使いやすいしな。


 だが、テレポートと同じくカードで簡単に使えるとなれば話は変わる。使用者の周りが暗くなければ使えないって制約はあるが、その恩恵として闇の中を自由に移動できる。音もなく、だ。夜間の隠密行動には持って来いの魔法と言えるだろう。


 カードだから当然長ったらしい詠唱も不要で、発動前に敵にバレることもない。バレたとしても飛行できる状態に移ってからの話なのだから、最悪逃げに徹すれば良いしな。


 それなりに時間をかけて歩いた通りを眼下に、高速で引き返しながらも魔法カードの使用感に満足して頷いた。


 魔法カードには、魔法が封じられている。では誰が封じているのかと言えば、それは既にその魔法を習得している人間である。であれば論じるまでもなく、俺の店に並んでいる魔法カードは全て、誰かが魔法を込めてくれている訳だ。


 ここで大事なのは、そこに金銭のやり取りが発生している、と言うことである。当たり前の話だが、俺は魔法カードに封じる魔法を、別の魔法使いから買っているのだ。


 想像してみてほしい、自分が日ごろから勉強やら訓練やらをして、努力の末に習得した魔法を。ある日、なんの苦労もせずに指先で紙片カード一枚振って使ってる輩が居たらどう思うだろう? 俺なら殺したくなるね。それを可能にした人間を。魔法カードなんてモノを作りやがった人間とそれを売り捌いてる人間を。


 つまり、俺だ。普通に考えれば、魔法カードの開発・販売を始めた時点で、世間の魔法使いの多くから殺人レベルのヘイトを買うのは必至なのだ。みんながみんな簡単に魔法カードを使えると、魔法学校もそこを卒業して世に出た魔法使いも仕事が無くなっちまう。


 だから、無償でカードに魔法を込めさせることもしないし、カードそのものも手に入りづらくする必要があった。


 任意の未習得魔法を、どこでも誰でも発動させることが出来る、夢のカード。ただ、この売り文句には一つだけ注釈が入る。"誰でも"と言うのは、"金を持っているなら誰でも"と言うことだ。魔法使いの権利と技術の価値を損なわないよう、魔法カードってのは基本的に高額で販売しているのだ。じゃないとその辺の魔法使いに俺が殺されるから。


 要約すると。魔法カードは製造過程でどこぞの魔法使いから魔法を買うことが必須で。それも関係するが、大前提として簡単に入手できないよう価格は高額に設定している、ってこと。


 前置きが長くなったが、ここで俺が行使した【ダーク・フェザー】だ。この魔法をカードに込めたのは誰あろう俺だ。つまり……カード本体の費用を除けばタダで用意できるのである! 使い勝手のいい飛行魔法カードをほぼ無料で用意できるとなれば、店の大きな利益に繋がる。


 闇魔法のカードは他人の利益を損なう可能性も低いから、試供品として配りやすくもあるし良いことずくめだ。俺が覚えている魔法の中でも売れ筋になってくれる可能性大! 無人の廃教会までわざわざ行った甲斐があったな! ……別に行かなくてもテストはいつでもどこでも出来たけど。やっぱ用事は一度に済ませたいよな。こういうついでの積み重ねは、カードの研究を進めるうえで大切なことだ。


 無駄足を踏まされたことを嘆くでもなく、むしろまた一歩カードの研究が捗ったとほくほくしているところで、ついにショップが見えてきた。十中八九、依頼書の主はそこに居るだろうし、その目的もほぼ確定だ。今までにも何回か同じようなことはあったしな。


 トレカショップなら絶対に避けては通れない問題──窃盗だ。


 それこそ前世では、単体で日本円にして十万を超える商品が、パーカーやジーンズのポケットに簡単に収納できたのだ。善悪の区別がつかなかったり魔が差した際の自制心が利かなかったりする子供のみならず、大人であってもその誘惑に飲まれてしまう者は多かった。


 俺の生前大好きだったカードゲームの最盛期には、何度も警察が動員されるような暴動が起こったと聞いたし。それから十数年後に別のカードの人気に火が付いた時なんかは、買い物帰りの学生に暴行を加えてカードを奪うなんて言う事件も起こったほどである。


 カードゲームアニメで、悪役が他人からカードを強奪するなんて言うフィクションのイベントレベルの出来事が、現代日本で起こるなんて誰が予想しただろうか? そして遺憾ながら、それこそアニメみたいな剣と魔法の世界であるここでも同様に起こり得ることだ。金が欲しいって動機は現実でもフィクションでも大きな説得力がある。


 俺の店はトレカほどポピュラーでも無ければコレクションする意味も今のところ無いが、高額であり需要もそこそこにあり、なおかつ嵩張かさばらずに収納・運搬できるって意味では同じ懸念を常に抱えている。


 だからまぁ、俺に対しておかしなアプローチをかけてくる人間が居れば、それは残念ながらそういうことなのだ。


「……」


 音もなく、店の隣の家屋、三角屋根の上に舞い降りて【ダーク・フェザー】を解いた。そしてまたもや懐から別の魔法カードを取り出す。いくつかある、カードの使い勝手が悪い点の一つだ。魔法カードは併用できない、今のところはな。これが可能なら飛んだまま使えば良いんだから。いずれは同時使用できるようにしたいが、たぶん不可能なんだよなぁ……。この辺は要研究だ。


「さて、どこのどちら様かな……【ダーク・テリトリー】」


 呟きつつ魔法カードを発動し──闇夜は俺の領分となった。

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