冒険者ギルドの不可解な依頼

【闇魔導師の魔法カード店】


 店を開くにあたり、この店名にした理由はいくつかある。前世で闇魔法使い系のカードが大好きだったから、と言うのも大きな割合を占めているが、普通に考えれば店の実態に沿わない名前は避けるべきだろう。逆説的に、この店の名前は実態をきちんと表していた。


 魔法には属性がある。世間的に有名なのは地、水、火、風、空(あるいは霊)の5属性だ。魔法陣に記される五芒星の頂点がそれぞれの属性を意味している、と言うのも通説である。


 ただ、この5属性に当て嵌まらない魔法も多くあり、その中でもマイナーな属性の一つが闇なのであった。そう、店の名にある闇魔導師とは、ほかならぬ俺こそが闇属性魔法の使い手であることを示しているのだ。


 本当は色んな属性の魔法を覚えたかったんだが、この世界で行使できる魔法の数をただ増やしたい場合、ひとつの属性に絞るのが最高率であり。俺は最初に闇属性魔法を覚えてしまったものだから、そちらを極めることになった、と言うのがことの顛末である。


「指名依頼の詳細はこちらになりますが……断られますか?」


 さて、午前中に店を訪れる冒険者を捌き、午後はお偉いさんの接待を済ませた俺は、夕暮れ時に冒険者ギルドを訪れていた。お上から定期的にカードを卸すよう言われているからだ。いつもはこんなに忙しく無いんだが、俺は面倒ごとは出来るだけ同じ日に済ませたいタイプだ。普段面倒くさがりな引きこもりが、たまの外出に用事を全部済ませたがるようなもんである。


 で、窓口に行ったら受付の娘さんから一枚の依頼書を渡された。俺個人と言うより、一定ランク以上の闇魔法使いを指名してのものだが……まぁこのギルドの現状だと対象は俺くらいなもんだった。闇魔導師は中々レアだ、強いかどうかはさておいて。


「依頼は病気の治療、報酬は……へぇ」


 依頼書を渡してすぐに「断るか?」なんて聞いてきた通り、どう見ても厄ネタらしい内容だった。わざわざ闇魔法使いを指名して依頼することが"病気の治療"。そんなことは普通であれば回復術士ヒーラーに頼むことだ。それに報酬が相場の3~4倍になっていた。要するに、この依頼書は常識外れと言うか、馬鹿馬鹿しいレベルだった。


「依頼人に覚えは? 俺に見覚えは無いが」

「すみません……今朝持ち込まれたもののようで、私も引き継がれた立場でして……」

「なるほど」


 珍しいことでも無い。冒険者ってのはみんな生活リズムがバラバラだし、ギルドも24時間営業してて時間帯ごとに職員が代わるから、依頼書やそれを出した人の情報がしっかり伝わらないことはある。依頼者からギルド職員、その本人から冒険者へとスムーズに行き渡ることの方が稀だ。


 だがこの件に関してはおかしいことだらけ過ぎて、受付をしたギルド職員の方に不信感が募る。それが表情に出てしまったのか、目の前の職員は心底申し訳なさそうに眉を寄せた。


「その……受付をした者も、連日の勤務で疲れているようでして。依頼人も混雑時にいらしたようで対応が疎かになってしまったのかと。マナトさんにはご迷惑おかけしてしまいましたが……」


「あぁいや、別にそこまで気にしてないから」


 どうにか俺のギルドに対する心証を損ねないようにと言葉を選ぶ女性に、手を振って気にしてないことをアピールした。今世では無いことだが、日本でショップ店員してた頃は、大型連休に子供向けのイベントを開催したりしててんやわんやになったものだ。


 ショーケースのシングルカードが何枚目から半額! とか、この金額のカードを何枚買うと割引に! とか。中には採算度外視で、中学生以下はワゴンのカードを無料で摑み取りOK! なんてイベントもあった。


 枚数指定の割引イベントでは、客が持ってきたカードを価格帯ごとに並べなおして、割引対象になるものを弾いて再計算して……人が少ない時なんてマジで地獄だったし、枚数の数え間違いや計算ミスなんていくらだって起こった。俺だって客にも店にも迷惑かけまくったしな。


 俺は当時ストレスで雑な客対応になったりもした筈だが、それに比べればこの受付の人は優秀だ。俺の目には自分が原因じゃないのに心底罪悪感を覚えているように映る。これが演技だとしても、接客としては百点満点じゃないだろうか。


 ……良いなぁ。欲しいなぁ。うちの店員になってくれないかなぁ。


「……? あの、どうされましたか?」

「ん? あー……何でもない。それよりこの依頼、受けるよ。内金は?」


 いかんいかん、思わず顔をガン見してしまった。困惑する受付嬢を誤魔化して、依頼について話を進めることにした。


「申し訳ありませんが、そちらも……」

「了解、やり取りはこっちで済ませる」


 報酬の大きな依頼はそれだけ難事と言うことであり、ギルド側がトラブルを見越して代金の一部を預かるルールがある。俺が受け取った依頼書に提示されている報酬はこれに該当していた。朝受付をした職員がこれにも思い至らなかったとなれば、もはや当人のミスより人為的な何かを感じる。それこそ、依頼人が魔法で受付に何かした、とかな。


 それから職員といくつかやり取りを交わして、俺は冒険者ギルドを後にした。向かうのはもちろん、依頼書に指定されている場所。クライアントは街の外壁沿いにある廃教会での合流をご所望だった。

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