とある令嬢の視察

 俺の城である【闇魔導師の魔法カード店】は、他の一般的な店と比較するとそれなりに早い時間に開店し、早い時間に閉店する。具体的には朝の6時に開いて昼12時になったら閉める、って感じだ。


 余談だが、俺が転生する遥か昔にも同郷の人間が居て定義したのか、この世界でも1日は24時間で1ヵ月は30日とされている。これを常識として浸透するまで広めてくれた先輩転生者には感謝しないとな。時計なんて富裕層しか持ってないから一般人は時間にルーズだが。個人的には活動時間を決めやすくて有難い限りである。


 で、12時に店を閉める訳だが、特別な客を迎える際にはこれを過ぎても営業を続けることがある。と言うか、その特別に該当する人たちと、普通の客が同じタイミングで来店するのを避けるのが12時閉店の理由の一つだ。


 端的に言えば、午前中は一般冒険者向け。午後は事前に商談の約束をした商人だの貴族だのを相手にするためのバッファとして確保している時間なのだった。


「マナト様、本日はよろしくお願いいたします。こちらは騎士のアルス、わたくしのことはシアとお呼びください。アルス」


「はっ。シア様の護衛を務めます、アルスと申します。シア様の傍に控えさせていただきますが、私のことは居ない者と考えていただければ幸いです」


 と言う訳で、午前の営業を終えた俺は、かねてより話を受けていた貴族の娘さんを店に迎えていた。赤髪の長髪で、穏やかな顔つきの女の子。そして、その護衛らしい白髪の男性。シアと名乗った少女は人目を惹かないようにか貴族にしては地味な装いだが、アルス氏がそれを台無しにしている。いや、うん。大分鍛えてらっしゃいますね……。30代半ばに見える彼は威圧感がとんでもなかった。


 転生してからちゃんと測って無いが、俺の身長は170前後だ。対してアルスさんはどう見たって2メートルを超えてる。身に纏う武具も相応の実力と地位を感じさせるものだ。これではシアさんがいくら市井に紛れる努力をしたところで大した意味は無いだろう。


 まぁ、その辺はどうでも良いっちゃ良いんだが。俺の仕事は彼女らがどういう経緯でここに来たとか、街ではどういう振る舞いをしたのかなんてことを探ることじゃない。


「ご紹介ありがとうございます、シア様。アルス様。既にお聞き及びかと存じますが、改めて名乗らせてください。当店の主を務めております、マナトと申します。本日はご依頼通り……魔法紙片マジック・カードについてご紹介させていただきます」


「えぇ、よろしくお願いいたします」


 つまり、そういうことだ。本日の主題は、お忍びで来店した貴族の娘さんの社会勉強を手伝うことなのであった。そう依頼されただけで、実際はお偉いさんの視察ってとこだろうけどな。





























魔法紙片マジック・カードとは、『どこでも誰でも簡単に魔法を発動できるアイテム』を目指し、私が研究・開発した道具です。こちらをご覧ください」


 互いに自己紹介してから早速とばかりに説明に入る。伴って、俺は資料として1枚の魔法カードをシアさんに渡した。彼女はカードの表面を指で撫でつつ、ぽそりと口を開く。ちなみにアルスさんはシアさんの背後霊状態である。


「魔法陣と、封じられた魔法の名称……初めて拝見しましたが、実物は意外と簡素な造りなのですね。……これは、わたくしが今使用する意思を持てば、即座に魔法が発動するのでしょうか?」


 小鳥の囀るような声音だったので、独りごとなのか俺への質問なのか判然としなかった。けれど、無視する形になるよりはマシだろうと考えて、彼女の疑問に答える。


「それは模造品なので何も起こりませんが、実物をお持ちの上で魔法の行使を念じていただけば、お考えの通りすぐに封じられた魔法が発動する仕組みとなっております」


「お話には聞いていましたが、とても凄い発明ですね……!」


 目を輝かせているらしいシアさんに面映ゆくなるが、カードに夢中らしい彼女はそれに気づかず居てくれたようだ。


「どういった原理なのかを伺っても……?」


「もちろんです。ご覧の通り、カードはその大部分が魔法陣となっていますが、本質は陣を描く塗料にあります。魔力を封じることが出来る特殊な塗料によって魔法陣、さらに封じる魔法の呪文を記すことで、カードに魔法を宿すことに成功しました」


 少しだけ気が咎める様子を見せた彼女に、俺はむしろ誇るように解説を続けた。普通はこういう技術は隠すものだし、直接問いただすのも憚られるものだが、別に俺はカードの製法については隠していないのだ。説明した通り、大事なのはインクであり、さらにはカード本体と併せてそれらの材料である。


 これが割れない限り、魔法カードを俺以外の人間が作ることは出来ない。モノは買えるしバラして調べることが出来るんだから、そりゃいずれは材料もバレるだろうが。少なくとも数年から十数年かかるはずで、その頃には俺だって別のステージに進んでいるだろうからな。


「なるほど……見た目こそシンプルですし、用途も単純ですが。きっと途方もない研究の末に完成したのでしょうね……」


 感動したように呟くシアさんに、俺の中で彼女の好感度が若干上がった。貴族の人たちって、技術者や職人に対する態度が結構別れるんだよな。小汚い労働者と捉える者も居るし、その存在が国の土台となっていることを深く理解してる者も居る。前者は当然俺らを見下して便利に使おうとするし、後者は敬意を持って接してくれる。シアさんは恐らく後者だった。


 恐らく、ってのは別にシアさんの言動に不信感があるとかじゃない。これは当事者にしか実感出来ない感覚なんだが……おそらく彼女は、変身魔法かなんかで外見を偽っているのだ。赤い長髪。穏やかな顔つき。視界に入っていれば当然表情の動きやそこから感情を見て取ることも出来るが、少し目を離すとすぐに彼女の容姿が曖昧になる。


 まぁ別に良いんだけどね、俺が事前に受け取った依頼の手紙は間違いなく由緒正しい貴族家からのものだったし、そこが身元を保証してるのなら正体だってどうでも良いのだ。ただ、頭の中で正確な像を描けないから、彼女が本当はどういう人間なのかを決めかねているだけで。


「私だけの力で作った訳でもありませんから。開発に協力してくれた友人は勿論、カードに魔法を封じるにはその使い手が不可欠です。自身の修めた魔法が誰かの助けになると、気高い心でカードに己が術を刻んでくださった人々無くして。私も、無論この店も存在し得なかったでしょう」


「まぁ……素敵です! 素晴らしいお話を聞かせていただきましたっ。ねぇアルス!!」

「はい。私も心揺さぶられました」


 ホントは誰かを助けたいから~なんて理由で無償協力した人間なんざ居ないけどな。金。カネである。魔法と魔力を金で買っただけなのであった。聞いてないだけでもしかしたらそんな高潔な人間も居たかもしれないし、まるっきり嘘とも断言できないが。好印象を得るために話を盛っただけなのは間違いなかった。


 貴族サマとは適度な距離感で良好な関係を築きたいからちょっと綺麗に話をまとめたが、反応は概ね狙い通りだ。アルスさんは口先だけで全く揺れてなさそうだが、彼とはカードの販売以上の商談なんて成り立たないだろうし、そこはどうでも良いな。

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