闇魔導師の魔法カード店

TrueLight

ぼっち魔導師と試作品

「なぁ頼むよマナト、まとめて買うんだからもう少しまけてくれても良いだろ?」


 長い銀髪に鋭い瞳が冷たい印象を与える魔術師然とした女。美少女と言っても過言ではないだろう彼女はしかし、その様相を崩して懇願するように手を合わせていた。


 上目遣いに何度か絆されては金銭的損失を受けてきた俺は、制止するように右の手のひらを向ける。


「再三言ってると思うんだけどな、サレン。ウチの店じゃあ、まとめ買いはどっちかと言えば迷惑行為寄りなんだよ。品薄の商品をまとめて持ってかれると他の客の手に行き渡らなくなる。毎回欲しいモンが無いとなりゃ客足が遠のく。同じのばっかりまとめて買うなら、むしろ割り増しにしてやりたいくらいだぞ」


「そんな!? これ以上出費がかさむと明日のご飯にもありつけるかどうか!!」

「ならいくつか棚に戻せってんだ、半分も戻せば半年は飯に困らねぇだろ」


「必要なんだってば!! そもそもキミ、客足が遠のくなんて言ってさ? 魔法紙片マジック・カード売ってるのはここだけなんだから、品薄になったって客が減ることは無いんだろ?」


「まだねぇってだけだろ、俺の猿真似で店出す輩が出るのなんざ時間の問題だ。その手の中から俺以上にやり手の商売人が現れるのもな。殿様商売する余裕なんか無いんだ、出来るだけ大勢の客に満足してもらえるよう誠意ある対応をしないとな」


「だったら、まずはボクを満足させてみるのはどう?」

「申し訳ございませんお客様、当店ではご期待に沿えないかと存じます」

「ぐぬぬ……!」


 端正な顔立ちを悔しそうに歪める少女に、俺は面倒くさい内心を隠そうともせず、見せつけるように嘆息した。


 カードショップ店員、異世界転生して魔法カードショップの店長になる……なんて、好きだったWEB小説サイトに投稿するならそんな感じだろうか。


 日本でカードゲーマーだった俺は、趣味を仕事に活かしたくて地元のカードショップに就職した。で、ある日車に轢かれた際おそらく死んで、この剣と魔法のファンタジー世界に転生したのだ。おそらく、と言うのはその瞬間の記憶が曖昧だからだ。多分痛みを感じる間もなく即死したんだろう、その点だけは良かったのかも知れない。


 さて、カミサマにチート貰った訳でもなく、日本人として記憶を持つ以外は特筆すべき才能も無かった俺は、この世界にどう根を下ろすか常々考え続けてきた。


 その末にたった一つ、この世界には無かったモノを開発することが叶ったのだ。それこそが俺の店で扱う商品であり、今のところ市場を独占しているアイテム──魔法紙片マジック・カードである。


 カードゲーマーになら伝わるだろう、手のひらに収まるサイズ感。指を添えると感触の良い厚さ。その本質は、インスタントに魔法を発動させる、一種のマジック・アイテムなのだ。


 【ファイア・ボール】が封じられたカードなら火球を。【アイス・ピラー】であれば氷柱を。どこでも誰でも発動させることが出来る、これまでの常識を考えれば夢のような道具である。


 この世界で魔法使いと言うのはポピュラーな存在だが、決して万能ではない。すべての魔法を操る大賢者など存在しない。道を極めた魔導師にも、絶対に使うことが出来ない魔法属性と言うのはあるのだ。


 俺の店は言うなれば、弱点とも言えるような誰もが抱える属性的隙を埋めることが出来る。そこまで言わなくても、単純に汎用的かつ習得の難しい、あるいは面倒な魔法をお手軽に扱えるよう流通させることが可能なのである。


【闇魔導師の魔法カード店】


 それが俺の城。前世と今世で培った全てを以て作り上げた、今のところ世界に一つだけのカードショップなのだ。店名の由来は単純で、俺が闇属性の魔法に長けていること。そして、前世で好きだったカードゲームでも、闇属性ばかりの魔法使いデッキを握っていた影響だ。


「とにかくっ、ボクはぜーったい全部買ってくからね!!」


 っと、ボーっとしている間にも一応は常連である少女が唾を飛ばしていた。巷ではクールな実力者で通っているらしいが、この店での振る舞いを見るととてもそうは思えないな。


「はいはいどうぞ……そもそもお前が値切ろうとするから相応の態度をとっただけで、ハナっから買うなとは言ってねぇよ」


 言いながら領収書をさらさらとしたため、レジカウンターの上でくるりと反転させてサレンに確認させる。


「【ハイ・ヒール】の魔法カード20枚。金額に間違いは無いな?」

「ぐぅ……な、ない、です……」


 高給取りだろうに、まるで取り立てされる債務者みたいな態度の彼女から、遠慮なく額面分の金額を受け取り、金庫にしまった。


「くそぉ、こうなったらギルドの討伐依頼片っ端から引っぺがしてやるぅ……!」

「……言っとくが、ギルドのルールに抵触したらウチで買い物させないからな」


「この人でなし! やっぱりギルドと裏で繋がってるんだ!!」

「そりゃ繋がってるに決まってるだろ、人聞き悪い言い方するな」


 悪人を咎めるように人差し指を向ける少女に、やはりため息を吐いた。誰でも簡単に魔法を使えるアイテムを売る店が、お上に目を付けられない訳が無い。個人経営とは言え、俺の店は始めたばかりの頃から国に首根っこを掴まれている。誰には融通し、誰には売るな。後者の具体例が、冒険者ギルドのルールに違反するような輩、ということだ。


「ふんっ、まぁいいさ。塩漬けになってるドラゴンなりゴーレムなりを一体倒せばとりあえずは食事にありつけるからね。キミ、ボクみたいな上級魔導師の力になれていることをもう少し光栄に思うべきだよ?」


「……そんな風に気取ってるから仲間が出来ないんじゃねぇの? 回復術士ヒーラーと一緒に出歩けたらそもそも俺の店なんかに用は無いだろうに」


「ヒトが気にしてることをぉ!! ぼっ、僕について来れる人材が居ないのが悪いんだ!!」


 だんだん涙目になってきてるサレンに、さすがに憐憫の情が湧いてきた。


 わざわざ回復魔法が込められた魔法カードを買い占める彼女は、当然のごとく回復魔法を自分で使うことが出来ない。攻撃的な魔法ばっかり覚えた弊害である。そんなヤツは世の中にごまんといるが、そういう人間はそもそも回復術士ヒーラーに伝手があるものだ。しかし、彼女にはそんな繋がりはない。


 理由はいくつか推測出来るが、大きな要因は彼女が優秀過ぎることに尽きるだろう。


 単独で龍種だの巨兵が守る遺跡だのを踏破してしまう十代の少女だ。同年代からすれば高嶺の花、年長者から見ればコンプレックスを刺激する存在である。遠巻きに視線を向けられてきたサレンの孤独は加速し、比例して鼻持ちならない振る舞いも助長されてしまった。


 つまり、彼女はバイタリティ溢れる、優秀なぼっち冒険者なのだった。


「もういい、そろそろ行く! 高難度の依頼を受ける時は色々計画を練らなければならないのでね!! 次来るときまでに回復魔法を仕入れておいてくれたまえよ!? 可能ならいくらか種類があると嬉しいねっ!! フンッ!!」


「まぁ待て、そう急ぐこともないだろ」


 鼻息荒く店を出ようとする少女の背に待ったをかけ、俺はレジカウンターの引き出しから品出ししていないカードを2枚取り出した。レジスターなんて無いからレジカウンターってのは正確じゃないかも知れないが……とにかく、非売品の魔法カードを取り出したのだ。


 カードに興味を引かれたか、俺が呼び止めたこと自体が珍しいからか、肩越しに振り返って立ち止まったサレンが口を開く。


「……それは?」

「試作品の魔法カードだ、まだ売りには出してない。危険な依頼を受けるんだろ? 有用性を確かめてくれたら有難いと思ってな。ほれ」


「わっ」


 指先で無造作にカードを放ると、彼女は両手を広げて焦りつつもキャッチした。ジロリと睨みつけてくるのはご愛嬌だろう。


「効果は?」

「聞いて驚け? なんと──【テレポート】だ」


「!? ほっ、ホントかい!?」


 顎が外れんばかりに驚いて見せるサレンに、さもあらんとこちらも頷いた。テレポート、文字通り転移魔法だ。冒険者なら誰だって欲しがるだろう、最高レアリティのカードと言える。


 転移魔法ってのは、そもそも使い手が少ない。習得するのが難しいのはもちろん、これを覚えると他の魔法をほとんど使えなくなるために、覚えたがる魔法士が居ないのだ。さらに、転移魔法は詠唱がクソ長いから緊急回避として利用することもほぼ不可能ときた。転移魔法の使い手ってだけで地雷扱いされることも少なくない。


 だが……これが魔法カードとなれば話は180度変わる。


 魔法カードの売りは、「どこでも誰でも簡単に魔法を発動できる」ことだ。場所も人も選ばず、詠唱すら必要とせずに、封じられた魔法の効果を発揮してくれる優れもの。


 転移の魔法カード。間違いなく冒険者すべてが、喉から手が出るほどに欲しがるだろうレアカード。それは当然、目の前の優秀な魔導師サマも例外ではない。


「【テレポート】の魔法紙片マジック・カード……!」


 両手に持ってしげしげと、信じられないようにカードを凝視するサレン。その反応は嬉しいところだが、残念なことに良い話ばかりではない。


「繰り返すが、試作品だからな。まだ効果を保証できない。急場しのぎとしてはお守り程度の認識でいてくれ。討伐依頼が終わってから、周囲の安全を確認して発動することが好ましい。カードの発動から魔法効果発揮までの経過時間も覚えててもらえると助かるな」


 魔法カードの概念は俺が開発したものだが、だからこそ未知数の部分も多い。個人としても現在進行形で研究しているものの、サレンのような実力者が試作品の実験に付き合ってくれるなら、ともすれば俺以上に正確なデータが得られるだろう。


「わ、分かった。まずは安全に、だね……」


 話半分な彼女の様子に苦笑する。冒険者として実際にカードに助けられてきた彼女だからこそ、テレポートの魔法カードがどれほどの価値を有するか実感できるのだろう。それが未完成の試作品であろうとも、消耗品であろうとも。人によっては神器、伝説の武具なんかを差し出してでも手に入れたがるほどの価値がある。


「商品の値下げはしてやれないけどな、これでもお前が顔出しに来るのは嬉しいんだぜ? 死んでほしくないとも当然思ってる。ソイツみたいに試作段階からでも良いなら優先して回すし、カードの研究に繋がる情報を持ち帰ってくれれば、完成品に関しては安く売るのもやぶさかじゃあない。だから、まぁ……気ぃつけて行って来いよ」


 あれ、変だな。カードの説明してやってから、こんな凄いものをポンと渡してやるほどお客様の来店を嬉しく思ってますよ~ってゴマ擦るつもりだったのに。言い回しを間違ったかもな、なんか気恥ずかしくなってきた。


「~~っ、行ってくる! ありがとうマナト、これだからキミのこと好きだぜ!!」


 しかし、サレンは輝く銀の長髪を翻して、ひゃっほいとばかりに勢いよく店を出て行ってしまった。俺が照れるとこなんて察したらここぞとばかりにイジろうとするだろうし、テレポに夢中で気づかないでいてくれたようだ。逆にこっ恥ずかしいことを叫んで走り去っていく姿に、何度目かの苦笑いが漏れる。


 あんなんでも実力者で通ってるんだ、きっと良いデータを持ち帰ってくれることだろう。それまでに買い占められた魔法を取り揃えて、いつも通りに客の助けになればいい。


「──よぉマナト、急で悪いんだけどさ。【ファイア・ストーム】の魔法カード、置いてるか?」


 これまた見慣れた男性の冒険者が店を訪れ、商品を求めてくれる。誇るでもなく頷いて、属性ごとに区分けしている陳列棚を手で示した。


「もちろん、揃えてるよ」

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