第54話
「あの子」ことマリモを地面から掘り起こし、勝手に掘り起こしたことでヘルパーさんと所長さん夫妻に怒られた。私としては良かれと思っての行動だったのだが、砂岩に「独りよがり」だと言われみんなに謝罪した。そしてヘルパーさんとは友達になった。
そして私は今、春さんから説教を受けている。
「だから退院時にこの場所ではなくてうちの近所に住もうって言ったのよ!こんな勝手ばっかりするといつか誰も助けてくれなくなるって分からなかったの?」
何回目になるだろうか。同じ内容を延々と聞かされている。しかも少し話がずれてきている。私がここで口を挟まないのは挟むと面倒なことになるからだ。小さい頃からよく怒られていたから分かっている。さっき砂岩が間に入ってくれたがダメだった。
肉が焼けるいい匂いがする。おなかが空いた。
「春さん、そろそろいいだろう。ヤヌシ君も分かっただろうし。ねぇ、ヤヌシ君?」
「はい、すみませんでした。二度とこんなことはしません」
「はぁ。分かったわ。これから何かあったら━ちゃんに言うのよ。分かった?」
「Uさんですか?なんで?」
「だって友達でしょ?それに娘も定期的に連れて来てもらうから。私の代わりに監視してもらうわ!」
「それは申し訳ないんですが・・・。とりあえず分かりました。よろしくお願いします。Uさん」
「よろしくお願いします」
なぜかUさんの声が小さい。距離があるのだろうか。
「やっとこれが食べれるのかい?待ったかいがあったよ!」
砂岩が耳元で大きな声を出す。
「砂岩、ちょっと声の大きさを落として!」
「ごめん、ごめん!これを食べてみたくてね~。楽しみだよ!」
「分かったよ。先生達も食べるでしょ?」
「私達もとりあえず少し頂いていいですか?」
「もしかしてそこまで惹かれない?」
「タワシは興味津々みたいですよ。私はどっちかというとケーキや果物とかの方が惹かれますね」
トウキが私の足を叩く。トウキも果物派か。
「マリモは?」
「俺は良く分からない」
そういえば、マリモは食べ物を食べたことがないのか。
「そうか、分かった」
するとトウキが私の体を登ってきた。
「どうしたトウキ?」
「あぁ、なるほど。ヤヌシ驚かないでくださいね」
「はい?何に・・・」
私の言葉をさえぎってドカッという音が頭の上で聞こえた。
「トウキはあなたの頭に直接話せるように訓練していたんですよ。それをマリモに先を越されてしまったから怒って殴っているんです」
「そうだったのか~。トウキ気にしないで。いずれ話すことが出来るさ!」
トウキが足に強く抱き着く。なぜかタワシが足踏みする。君も頑張ろうね。
「大丈夫?マリモ」
「今日は良く飛ばされる日だな。なんで俺が・・・。いえ何でもありません」
トウキが何か言ったのか?トウキの方が強いな。分かっていたけど。
「タワシちゃん達も可愛いですけど、マリモちゃんも可愛いですね~」
ヘルパーさんのスイッチが入ったみたいだ。こっちのヘルパーさんの方が安心する。
「Uさん。そういえばマリモはどんな姿ですか?」
「メジロって鳥に似てますね。小さくて可愛いですよ!」
手に乗ってくれないかな?聞くだけ聞いてみるか。
「マリモ、ちょっと手の上に乗ってくれる?」
私は右手の手のひらを上にして前に出す。
「ん?あぁ、これで良いか?」
手の上に何か乗る感覚がある。凄いな。手乗り『守り人』だ!
「きゃ~!チーフ!これ見てください!」
「まぁ、かわいい!写真撮っておかないと娘に怒られるわね。マリモちゃん!写真撮っていい?」
「ヤヌシ、写真とは何だ?」
「君に害はないからできれば許可してあげてほしい」
「ならいいぞ」
「良いそうですが、節度ある行動をお願いします」
「いい加減、あれを食べさせてくれ!」
砂岩が叫ぶ。ごめんよ、女性陣が盛り上げっちゃって。
「写真はあとにしよう。僕もお腹が空いたよ」
「では私は中を掃除してきますね」
「今日は良いのよ。━ちゃん。私がやっといたから。業務はここまでよ」
「でも・・・」
「ならヤヌシ君と『守り人』ちゃん達の面倒を見てあげなさい」
「チーフ・・・。分かりました」
『守り人』も含め全員に皿とコップが配られたらしい。
「じゃあ乾杯しようか?ヤヌシ君お願い」
「乾杯って何~?」
「ん~。説明するのが面倒だな。食べ始める合図みたいなもんだよ!ヤヌシ君が乾杯と言ったら君たちも乾杯っていうんだよ」
「分かった~」
所長さん、適当なことを・・・。じゃあ、一言だけ言いますか。
「はい、今日はいろいろとご迷惑をおかけしてすみませんでした。新しくマリモが我が家に来ることが決まりました。これからも私達をよろしくお願いします。では、乾杯!」
「乾杯!」
やっと始まった昼食のバーベキュー。私はとりあえずタワシ達の様子を伺う。
「どうかな?美味しい?」
咀嚼音が聞こえるが、反応はない。
「Uさん。みんなはどんな感じですか?」
「思ったよりも夢中で食べてますね。特にタワシちゃんは凄いですよ。あの小さな体のどこに入っているでしょうか」
「良かった。Uさんも食べてくださいね」
「そうよ!ヤヌシちゃんも食べるのよ!それにしても美味しいわね。もしかして良いお肉買ってくれたの?」
「普段、そこまでお金を使いませんからね。こういう時には奮発しますよ」
私も肉を取ってもらい食べ始める。昔みたいにこうやってこの場所でみんなで食べることなんで考えてもいなかった。最近は同じことを良く考える。タワシが来なかったらできなかったことだ。タワシに感謝だな。
今はこの瞬間をみんなで楽しもう。
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