第50話

 ヘルパーさんが買い物に行き、所長さんの奥さんが私の部屋の掃除をしてくれている。私は奥さんに呼ばれたので寝室に移動した。


「はい、なんでしょうか?」


「ごめんなさいね。普段来ないから聞きながら掃除をしないと━ちゃんがあとで困ると思って。この箱はここで良いの?」


「何色の箱ですか?」


「青ね」


「ゴミ箱の横においてください。あと私の事はヤヌシと呼んでくれますか?」


「そういえばそうね、ごめんなさいね。気が利かなくて」


「大丈夫ですよ。奥さんの事は奥さん呼びのままで良いですか?」


「それ嫌ね。どうしようかしら。娘は何て読んでいるの?」


「ミカンちゃんですよ」


「なんでミカンになったの?」


「選択肢を何個か出してもらってその中で私が分かるものがら選んでもらいました」


「なるほどね~。なら私も同じやり方で決めましょう!じゃあ『かんざし』『━━』

『春』『香り』『━━』『━━━』ならどう?」


「そうですね。『かんざし』『春』『香り』なら分かりますよ」


「なるほどね~。なら『春』が良いわ!」


「分かりました。春さん、よろしくお願いします」


 急に反応がない。どうしたんだろうか。


「もう、ヤヌシちゃん!体にそれだけ『守り人』をくっつけていなかったら抱きしめていたわよ」


「もういい加減、抱きしめる癖をやめてくださいよ。私はもう30歳超えてるんですよ?」


「関係ないわ。何歳になろうとあなたが━━ちゃんの子供である以上諦めて頂戴。本当に━━ちゃんに似ているわね」


 少し泣きそうな声をしている。なんて言っていいのか分からない。


「あ、そうだ!悪いんだけど、みんなの写真を撮らしてもらえない?娘に『絶対お願い!』って頼まれててね~」


 先生達は大丈夫だけど、砂岩は写真撮影どうだろうか。私は砂岩に説明した。


「別にいいよ~。あとで私にも見せてね~」


 軽いな。まぁ拒絶されるよりかは良いか。


「じゃあ掃除が終わったらお願いします!━ちゃんから聞いてたけど、ヤヌシちゃん部屋を綺麗にしてるわね~」


「いや、綺麗にしておかないと何処に何があるか分からないんですよ。それにできないこともあります。床にいる虫とかはどうやっても無理ですから」


「でも虫なんていないわよ?ヤヌシちゃんがやったんじゃないの?」


 少ししてタワシが足踏みし出した。トウキから今の話の内容を教えてもらったんだろう。


「先生、タワシが何か言っているのですか?」


「僕がやったんだよ!と言ってますね。床にいた虫は食べていたみたいですね」


 なんてこった。というか家にいる時はいつも肩にいたはずなのに・・・。どうやったんだろう。


「先生、タワシにどうやったのか聞いてもらっていいですか?」


 急に寝室が静かになる。すると最初に口を開いたのは春さんだった。


「すごーい!」


「え、何があったんですか?何の音もしなかったですけど」


「タワシちゃんの舌が伸びて鞭みたいにしなってたわよ。しかも無音で」


「なるほど、タワシ今までありがとうね」


 私は右肩にいるタワシを触る。触っているにも関わらず足踏みし続けている。嬉しいんだろうか。


「ヤヌシちゃん、愛されてるわね~」


「そうなの?愛されてるの?」


 何故か砂岩が会話に入ってくる。


「そりゃそうでしょ。じゃないとこんな面倒な事しないでしょ?」


 すると肩の上のタワシが急に大人しくなり、私の足をつかんでいるトウキは震えだした。砂岩が何か直接聞いているな。


「砂岩、何を聞いているか分からないけどタワシ達は何も悪いことはしていないよ。だから、あまり虐めないでやってほしい」


「別に虐めてなんか・・・」


「この子達からしたら君は遥か上の存在なわけだから、緊張しちゃうんだよ」


「ん~、分かった」


「余計なこと言ってごめんね!ここの掃除は終わったから私は違うところをやるわね」


「よろしくお願いします。私は所長さんとお昼の準備をします」


 リビングで座っていた所長さんに声をかけて縁側に移動する。お昼はバーベキューにしておけば各々勝手に食べてくれるので楽だと私は考えた。あとはこういう機会にいつもと違う食材も焼いてみたいと思ったのもある。


 でも普段使っている焚火台は小さくて使えないよね?


「所長さん、これは使えませんかね?」


「ちょっとこの人数では小さいね。昔使っていたあれは今は使ってないの?」


「あれって何のことですか?」


「大きいバーベキューコンロだよ。君の父親が良く自慢してたやつ」


「私が大きくなってからはあまり家族でバーベキューはしたことがなかったので知らないですね」


「ちょっと倉庫を確認しても良いかい?」


「お願いします」


 父親がそんなものを持っていたとは知らなかった。いや覚えてなかったのかな?でも使えそうなものがあってよかった。


「あったよ~!一度ちゃんと洗浄してから使おうか。これは娘が悔しがるだろうな~」


 まさか帰って自慢する気なのか?何でそんな地雷を踏みぬくようなことを・・・。


「良かったです!そういえば砂岩達はお肉とかって食べれるの?」


「食べたことないけど大丈夫だと思うよ~」


「そうなんだ。良かった~。甘いもの以外はダメなのかと思ったよ。でも無理に食べなくていいからね!」


「ヤヌシはなんでそこまで私達に色々してくれるの?」


「だってタワシ達の仲間なら無下にはしないよ。お客さんとして扱うさ。それにみんなで食べたほうが美味しいしね」


「そうか・・・。分かった、ありがとう」


 砂岩は今まで人間の醜い部分しか見てこなかったのだろうか。一人ぐらいまともな人がいてもいいのに。

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