「所長さん」こと「飯田守」目線②

 僕が職場で仕事をしていると私用の携帯電話が鳴った。明日、仕事を休むから今日はとても忙しい。仕事がひと段落してから後で掛けなおそうと思っていた。だが、目に入った電話番号には見覚えがあった。


 僕が小さい頃に何回もかけた電話番号だ。忘れるわけがない。でもどうやってこの携帯番号を知ったんだろう。教えてないのに・・・。あっそうか!自宅から転送されてきたのか。僕は仕事の手を止めて電話に出た。


「はい、もしもし?」


 もしも私が思っている番号なら電話相手は名前を言っても分からない。相手の出方を見守ろう。


「これで相手に聞こえてるんですか?え~っと・・・。飯田守さんですか?私は樹の守護者の先生と言いますが分かりますか?」


 なんで先生が?充君じゃないの?


「はい、あってますよ!びっくりしましたよ、先生。まさか電話してくるなんて」


「私も驚いていますよ。使っているところは見た事はありましたが、実際に使うことになるとは・・・。あ、はい。ちょっと待ってくださいね!」


 電話の奥で何人かが話している声が聞こえる。誰だ?明らかに2人以上いる!


「こんにちは、所長さん!ヤヌシです。すみません、所長さんの名前が分からないので初めだけ先生にお願いしちゃいました」


「もう驚かさないでよ!懐かしい電話番号ですでに驚いているのに、僕の心臓が持たないよ」


「すみません。次の機会があればもう少しいい方法を考えます。それで本題なんですが、明日参加する守護者が一人増えたので買って来てもらうものを追加できないかと思いまして」


「新しい樹の守護者かい?」


「いえ、大地の守護者です」


 充君、今日は飛ばしすぎじゃないか?僕は話についていけないよ。そうだ!


「充君、ちょっと待ってね」


 電話を保留状態にして僕は所長室から従業員の休憩室に移動した。いきなり僕が部屋に入ったから、休憩室にいた従業員の視線が僕に集まった。そこで休憩していた大木さんに声をかけた。


「大木さん!ちょっと所長室に来てもらえるかな?」


「はい」


 僕と大木さんは一緒に所長室に入る。


「どうしたんですか?所長」


「今、充君から電話がかかってきている」


「え?和田さんから?」


「あぁ、どうやら守護者がまた増えたらしい」


 大木さんの顔が何ともいえない表情になっている。分かるよ、本当に。


「そうですか、それで何で電話がかかってきたのですか?」


「それを今から聞くのさ。僕が君に伝えてもいいけど、こっちの方が手っ取り早いでしょ?」


「確かに、ありがとうございます。春香チーフは良いのですか?」


「彼女は利用者さんのお宅に訪問してるから今いないんだよ。じゃあ、保留を解除するよ!」


 僕は携帯の保留を解除した。


「あ、もしもし?大丈夫ですか?お仕事が忙しいならかけ直しますが・・・」


「違うんだよ、ヤヌシ君。ヘルパーさんを呼んできたのさ!」


「こんにちは!ヤヌシさん。ヘルパーです」


「ヘルパーさん、こんにちは!なるほど、確かにこの方が一度で済みますね。

 所長さん、ありがとうございます」


 僕一人じゃ耐えられない可能性があるからね。こういう時は大木さんも道連れさ。私は大木さんの方を見る。


「何ですか、所長。集中してください」


 大木さん、充君のことになると性格代わりすぎじゃない?充君が今日起きたことを説明し始めた。


「以上が今日起きたことで、明日来るのなら知っておいてもらおうと思って電話しました」


「いつもながら情報量が多いね。頭がくらくらするよ」


「なんでたった2日でこんなことになるんですか?ヤヌシさん」


「そう言われても・・・。私も巻き込まれているだけなので」


 確かにそうだ。充君もひとつは文句が言いたいだろう。だがその中でちゃんと順応している充君も凄いが。


「それで僕達は本当に参加しても大丈夫なの?」


「砂岩は・・・じゃなかった。大地の守護者は『見世物ではないんだよ』と言っていたのですが、先生が私を心配してくるだけだから問題ないと言ってくれたんですよ」


 さすが先生!ちゃんと伝えてくれて助かります。


「じゃあさっき電話越しで聞こえた声は大地の守護者だったんだね。良かった」


「たぶんそうだと思います。それでもう一つお願いがあります。所長さんの事だから明日ケーキ買ってくるんですよね?」


「あぁ、先生との約束もあるからね!どうしたの?」


「大地の守護者は甘いものがあまり好みじゃないみたいで・・・。ブラックコーヒーが好きなタイプなんです」


 もう飲み物とか出したの?充君の家、守護者達の喫茶店になってない?


「なら、コーヒーゼリーとかフォンダンショコラとか良いんじゃないですか?あれなら甘さ控えめですよ!」


 さすが大木さん、妻と娘の3人で一緒によくスイーツを食べに行ってるだけある。


「フォンダンショコラ?僕はよく知らないけど、それを買っていこうかな?」


「お願いしま・・痛いって砂岩!首を握りしめないでって!」


 電話越しの後ろの方から「ごめんよ~」と聞こえた。もしかしてまた体にはりついているのかな?


「充君、大丈夫かい?もしかして大地の守護者はタワシ達みたいに君の体にくっついているのか?」


「そ、そうです。おそらく私がおんぶしているような形になっています。明日みなさんに確認してもらおうと思ってますが」


「そうなんですね!今から明日が楽しみです!」


 大木さんを横目で見るととても嬉しそうな顔をしている。いつか問題が起きそうで怖い。


「ヘルパーさん、落ち着いて。君も次から次へと大変だね。明日、妻も連れて行くけどあまり引かずに対応してくれると助かるよ」


「どういう意味ですか?」


「明日会えばわかるさ。じゃあ明日楽しみにしているよ」


「私も楽しみにしています!」


「はい、よろしくお願いします」


 僕は電話を切った。充君の手前、明日は楽しみだといったが本当は少し憂鬱だ。 原因は春香さん。僕の妻だ。


「どうしたんですか、所長。変な顔して」


「明日の事を考えると少し怖くてね。明日はあんまりはしゃぎすぎないでよ」


「はしゃぐわけないじゃないですか。明日は仕事で行くのですから、私は話しませんよ」


「君は本当にブレないね。なら大丈夫か。問題は春香さんか」


「春香チーフに何か問題でも?大人しい方じゃないですか」


「明日になったらわかるよ。はぁ・・・」


 明日は充君を見守るために行くのに、違うことで頭が痛くなってきた。

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