「ヘルパーさん」こと「大木優」の報告④

 私と夏海ちゃんは事業所に到着した。事業所の中に入ると休憩していた同僚に声をかけられる。


「あれ?大木さん、今日休みだよね?」


「ちょっと所長に伝え忘れた事があるのを思い出したんです。すぐに退散しますよ」


「明日でも良いのに、相変わらず真面目ね~。あれ夏海ちゃんもいるの?」


「こんにちは!一緒にデザート食べに行ってました!」


「二人とも仲が良いのね~。所長なら春香チーフと所長室で話してるわよ」


「ありがとうございます」


 春香チーフという言葉が出た瞬間、夏海ちゃんがなぜか下を向いた。所長はともかく、チーフとも何かあったの?嫌な予感がする。


 私達はノックをして所長室に入った。


「パパ、ママごめんなさい!」


 夏海ちゃんが開口一番、いきなり謝罪をした。私は部屋の外に逃げようとしたが、夏海ちゃんに服をつかまれてしまった。これでは逃げられない。私を家族喧嘩に巻き込まないで!


「もしかして、充ちゃんのところに行ったの?」


 春香チーフの声が低い。かなり怒っている時の合図だ。というか夏海ちゃん、和田さんの家に行くって家族に言ってなかったの?


「はい、行ってきました。優さんに連れて行ってほしいって言って」


「なんで大木君は連れて行ったの?」


 所長も声が低い。なんで私はこの場にいるんだろうか。


「てっきり許可を取っているものだと思ったので・・・。すみません、確認すべきでした」


「いや、大木君は悪くない。悪いのは夏海だ。どうせ、充君にも怒られたのだろう」


 さすが所長。和田さんの性格を良く分かっている。ここから立ち合いの許可が取れるとは思えないよ?夏海ちゃん。


「ちょっと夏海、こっちに来なさい」


 夏海ちゃんが春香チーフに部屋の外に連れていかれる。良かった!これで所長に報告ができる。


「ごめんね。大木さん。巻き込んでしまって」


 口調が戻っている。良かった。いつもの所長だ。


「良いんです。私も気になっていましたから。それに私も怒られたので・・・」


 私は所長に今日あったことを伝えた。


「そうか、充君が襲われた件はまだ終わってなかったのか」


「はい、庭の下の方に埋まっているそうです」


「で、それを掘り起こすときに立ち会いたいと。充君は許可しなかっただろ?」


「えぇ、所長が良いと言ったら参加して良いと言われました」


「うん。ダメだね。許可できない。もちろん夏海も」


「な、なんでですか?夏海ちゃんはともかく、私は問題ないはずです」


「大木さん、これはもうヘルパーとしての業務ではないよ。心配なのは分かるが、少し首を突っ込みすぎだ」


 それは私も分かっている。今日のケーキの件もそうだか、ヘルパーが訪問日以外で訪れるのはおかしい。


「そうですが、心配で・・・。この間の件もありますし」


「それは僕もそうだよ。でも今、充君が心配しているのは君だ」


「どういうことですか?」


「仮に今度『守り人』が充君に謝罪したとしよう。そのあと、その『守り人』は自由になるわけだ。充君にはタワシ達や先生がついている。でも君はどうだ?もしその帰り道に襲われたらどうするの?手も足も出ないだろう。多分、充君はそれを心配しているのさ」


 私は言葉を失った。復讐の矛先が私に来るとは考えていなかった。あくまでその場を凌げば問題ないと。


「やっぱり所長は和田さんの事を良く知ってますね」


「そりゃこんな小さい頃からの付き合いだからね!」


 そういって手で赤ん坊を抱くような仕草をする。私もそれなりに長い付き合いだが、敵いそうにない。


「でも、参加したいんです!」


「えっ、話聞いてた?」


 所長が苦笑いしている。ここからは根競べだ。


「私を心配してくれるのは・・・。嬉しいんですが、私は彼の事が心配なんです!」


 少し顔が赤くなった気がする。自分で言って恥ずかしい・・・。


「ん~。5日後だっけ。充くんの家に訪問するの」


「はい」


 所長はパソコンをいじりだした。スケジュールを確認しているのだろう。


「わかった、僕も行くよ。それが条件だ」


「ありがとうございます!でも夏海ちゃんはどうするんですか?」


「それは妻に任せる」


 所長は所長室のドアを見ている。外では、たぶん夏海ちゃんが春香チーフに怒られているんだろう。


「和田さんには連絡しますか?」


「僕からあとで連絡しとくよ。迷惑をかけたから謝罪もしたいしね。今度行くときは美味しいケーキを買っていくことにしよう」


「すみません」


「良いよ、僕のせいでもある。でも定期的に行けそうな感じかな?」


「たぶん夏海ちゃんが言えば問題ないと思いますよ。良い理由も思いつきましたし」


「良い理由?」


「えぇ、夏海ちゃんの提案です。本人から聞いてください」


「僕が嫌われてるの知ってるでしょ?」


「それでもですよ。話さないと解決しませんよ」


 これがきっかけで少しでも仲が良くなってもらいたい。


「今日は他に変わったことはなかった?」


「そうですね。あっ!そうだ。私、タワシちゃんと握手したんですよ!」


「それは凄い!どうだった?」


「和田さんがタワシって名付けた通り、タワシ触っているような感じでした。でもびっくりしたのは手の指もタワシでした!」


「手の指もタワシって言い方が・・・。でもやっぱり未知数だね。『守り人』は」


「そうですね。いずれ私もトウキちゃんに抱きしめてほしいです」


「無理だろうね」


「そんなことないですよ。少しずつ懐柔してみせます」


「言い方。まぁ、頑張って」


 所長に全く興味がないのが良く分かる。ドアが開き春香チーフと夏海ちゃんが入ってくる。なんだでだろう。春香チーフがスッキリしている表情をしている。


「そっちはどうなったの?」


「僕が大木さんについていくことにしたよ」


「そう、こっちは行かせないから安心して」


 良かった。これでだい・・・。


「その代わりに私が行くから」


「分かった。それで行こう」


 良いの?今までの流れで春香チーフが行く要素はなかったですよね。夏海ちゃん、悔しそう。ちゃんと結果は教えてあげるからね。


「私に黙っていく夏海が悪いのよ。私もタワシちゃん達に会いたいんだから。あと充ちゃんにも」


 春香チーフ、本音が出ちゃってますよ。和田さんがメインですよ。


「でも春香チーフ、仕事どうするんですか?所長と違っていないと不味いでしょ?」


「大丈夫よ!ちゃんと調整するから。一日くらい休んでも問題ないわ」


「僕と違ってって言い方。辛辣だなぁ」


 さっき夏海ちゃんが同じようなことを言っていたような・・・。やっぱり親子ね。


「所長、春香チーフにはあっさり許可を出すんですね」


「正直連れて行きたくはないんだけどね。次に充君の家に行くときは連れて行くと約束したから」


「危ないかもしれないんですよ?」


「それは君にも当てはまるからね」


「優ちゃんは私が行くのが気に入らないの?」


「いえ、そういうわけじゃなくて危険が・・・」


「大丈夫よ!旦那が私を守るから」


「僕はどうなるの?」


「夏海のために犠牲になってもらうわよ」


 所長、家でどういう扱いを受けてるんだろう。


「今日はここまでにしよう。大木さん、悪いけど夏海を家まで連れて帰ってもらえるかい?」


「大丈夫ですよ。行こう、夏海ちゃん」


 私達は事業所を出て車に向かった。


「私も行きたかった・・・」


 夏海ちゃんが嘆いている。こればっかりは仕方ない。でも春香チーフと何を話していたんだろう。


「でも、やけにあっさり引き下がったね。何を話してたの?」


「怒られた後、ママと交渉してたんですよ」


 深く聞くのはやめておこう。巻き込まれる気がする。私達は車に乗って出発した。

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