第40話

 我が家にヘルパーさんと所長さんの娘、ミカンちゃんがやってきた。


 キッチンでコーヒーなどの準備をしていると家のチャイムが鳴った。少し前からタワシがいないことを考えると先生だろう。私は玄関に移動して声をかける。


「どなたですか?」


「私です!先生です」


 自分の紹介で「先生です」って言うのは中々聞いたことがないな。私は外で先生を出迎える。


「こんにちは。先生。今日はどうしたのですか?」


「この間、所長さんと約束したんですよ。またヤヌシの家に来たらお茶会をしようと」


「そんな約束をしたんですね。だからタワシが先生の所に報告しに行ったのか」


「えぇ、よくやってくれました」


 いつの間にかタワシが私の肩の上にいる。タワシは足踏みして喜んでいる。


「お疲れ様」


 私はタワシを触る。タワシが私の指をつかんで上下させている。最近よくやる仕草だ。


「でも先生。今日は所長さんは来てないんですよ。代わりに所長さんの娘が来てます」


「なるほど。タワシ、物事はちゃんと伝えないとダメですよ」


 タワシの動きがピタッと止まる。


「次から気をつけましょうね。では私は帰った方が良いですね」


「え?いや先生さえよければお茶会に参加しませんか?たぶん娘さん、ミカンちゃんと私は呼んでますが、先生と会いたいと思ってますよ」


「良いんですか?私に会いたいとは変わった人間ですね」


「ヘルパーさんと同じ趣味の人って言えば分かりますか?」


「あぁ~、なるほど。そういうことですか。人間ってそういう人が多いんですか?」


「何とも言えませんね。人によりけりです」


「私は構いませんよ。ケーキはあるのですか?」


「ふふっ、ありますよ。先生はケーキが好きなんですね。でもお時間は大丈夫なんですか?」


「私の方は最近は暇なんですよ。良い事なんですけどね。ケーキは美味しいですから楽しみです!」


 先生はどんどん人間の食べ物に毒されてるな。


「ヤヌシ君、先生って方ですか?」


 家の中からミカンちゃんの声が聞こえる。声が高いからとても響くな。いきなり合わせても大丈夫だろうか。


「ヤヌシ、心配なくても大丈夫ですよ。今日はタワシと同じ大きさですから」


「そうなんですね。じゃあミカンちゃんに会いに行きましょう。先生は私の肩に乗ってください」


 先生が私の肩に乗ってきたので私は先生と共に室内に入っていく。すると廊下でミカンちゃんから声をかけられる。


「先生ですか?はじめまして。━━━━と言います。所長の娘って言った方が良いですかね?ミカンと呼んでください!それにしても可愛いですね!」


「はじめまして、ミカン。よろしくお願いしますね。所長に会えなくて残念ですよ」


「えぇ?別に居なくても良いじゃないですか~。ケーキの準備ができたのでみんなで食べましょう!」


「そうですね!食べましょう!」


 先生まで・・・。所長さんがいなくてよかった。所長さん、家でどんな扱いを受けているんだろうか。


 リビングに移動して私はキッチンで先生のココアを準備した。テーブルにはケーキがもう運ばれている。


 今日のケーキは『ロールケーキ』『ティラミス』『シュークリーム』だそうだ。若干ケーキではない物も混じっているが、先生からしてみれば名前など関係ないだろう。 全種類食べれるように買って来てくれたみたいだ。という事は1人3個食べれるって事でしょ?みんな食べすぎじゃない?


 私はシュークリームを一つだけもらい、後はタワシ達にあげた。素直に半分ずつ食べればいいものを、タワシ達はどちらが何を食べるか喧嘩してたみたいだ。だが先生の「私が食べますよ」の一言で仲良く半分にしたらしい。


 ここ数年1人で暮らしていたからとても賑やかに感じる。タワシと出会ってこうなるとは想像つかなかったな。


 私は食べ終わって肩に帰ってきたタワシを触る。タワシがまた私の指をつかんで上下させている。


「いいなぁ~タワシちゃん、私とも握手しようよ!」


 ミカンちゃんがタワシに話しかけた瞬間、タワシが私の首の後ろにしがみつく。もしかしてタワシに手を伸ばしてきたのかな?


「ミカンちゃん、勘弁してあげて。写真だけで我慢してほしい」


「ん~まだ親密度が足りないかな?━さんならいけますか?」


「えっ、私?どうだろう・・・」


 意外とヘルパーさんはタワシには触れそう。


「いけるんじゃないですか?私の次に付き合い長いですし。私もまだ出会って1か月経ってないんですから」


 ヘルパーさんから返答がない。考えているんだろうか。


「そうですね。やってみましょう!」


 なんだろう。絶対触ってやるっていう意気込みを感じる。タワシはまだ私達が何を話しているか理解できていない。まさか自分に触れるか相談しているとは思っていないだろう。


「タワシちゃん。こっちおいで~。シュークリームをあげるよ~」


 テーブルの上でガチャガチャ音がする。おそらくヘルパーさんがシュークリームをタワシに向かって差し出しているんだろう。タワシは私の首から降りて行った。ピコンと音がする。多分、ミカンちゃんが録画しているな。


「はい、どうぞ」


 咀嚼音が聞こえる。食べているみたいだ。


「先生、タワシちゃんに軽く触れてもいいか聞いてもらえますか?嫌なら嫌と言っていいと伝えてください」


「いいですよ。タワシ、ヘルパーさんがあなたに軽く触りたいみたいです。どうしますか?嫌なら嫌と言っていいそうですよ」


 急に静かになったテーブル。どうなっているのか。


「先生、テーブルではどうなってますか?」


 何故か小声になる私。


「ヘルパーさんとタワシが見つめ合ってます」


 先生も小声で返してくれる。タワシは考えているのだろうか。


「あっ!」


「ほう」


 ミカンちゃんが驚き、先生は感心しているのか?


「何が起きてるんですか!?」


 ちょっとテンションが上がってしまい、声が大きくなってしまった。


「ヤヌシさん!私、タワシちゃんと握手してます!」


 やっぱりヘルパーさんなら大丈夫みたいだな。いつの間にかトウキも足から右腕に移動している。様子が気になるのだろうか。


「いいな~タワシちゃん私とも握手しよう!」


 ミカンちゃんがそう言った瞬間、タワシが私の肩にすごい勢いで戻ってきた。そんなに嫌なのか。


「あ・・・。もうちょっと触れ合いたかったのに」


「ご、ごめんなさい。━さん!我慢できなくてつい・・・」


「ほどほどにしてあげてくださいね。この子達も今は楽しんでいますから。あまり無理して触ろうとすると嫌われますよ」


 先生が二人を諭す。さすが先生と呼ばれているだけある。生まれて3年らしいけど。


「ミカンちゃんもいずれ触れるようになるよ。たぶん・・・。会ったばっかりの人が触るのはさすがに難しいよ」


 私も一応励ましておく。タワシ、ごめんな。


「ヘルパーさん、どうでした?触り心地は」


「思った以上にチクチクしてますね。本当にタワシみたい。まさか指までチクチクしてるとは思いませんでした!」


 ちょっと興奮状態だな。怖いと言ったら怒られるだろか。


「もしかしたらいずれトウキとも遊べるかもしれませんね。でも本人が嫌がることはやめてくださいね」


 私がそういうとトウキが私の背中に移動した。


「痛いよ、トウキ!背中がちぎれる。ごめんって!」


 謝ると背中から離れてくれた。背中を握りしめられたような痛みだった。あの小さな手でどうやってつかんだんだろう。


「本当に仲が良いですね。ヤヌシ」


 先生の声が少し悲しそうだ。何かあるのだろうか。


「先生、どうかされたんですか?」


 私は何となくだが先生が言いたいことが分かってしまった。でもちゃんと先生の口から聞きたい。少しして先生が切り出した。


「私に言う資格がないのは分かっているのですが、できればで良いのであなたをケガさせた子にもう一度、謝罪の機会を与えてもらえませんか?」

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